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「そういえば、お前いつもどうやってオレの部屋入るの? パスコードとか、教えたことないよな?」
「顔パス」
「あ? あれってID認証とパスコード以外に顔パスあったんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ? ガンダムの部屋の電子キーだけ、ぼくがナノマシンで作り変えたんだよ」
さらりととんでもないことを言われ、開いた口が塞がらなかった。
「いつそんなの仕込んだんだよ」
「えー……このまえかな」
なるほど、パスコードをいくら変更しても突破されるわけだ。もう諦めよう。今更、プライバシーなんてものは∀の前にあってないようなもんだ。
とりあえずホールに着くと、∀はガンダムから手を離し、さっさと座ってエネルギー供給のためのコードをテーブルから引っ張り出す。よほど腹が減っていたのか、ガンダムを待たずしてレセプタを接続している。
一方、ガンダムがRXシリーズのレセプタのある場所へ向かうと、RXシリーズのレセプタを強く握ったままの真っ黒な機体が倒れていた。その横には、真っ白な機体が仲良く床に伏せっている。
「うわ、なんだこの死体たちは」
「あ……RXシリーズとおれたちは……コネクタの形状が違うんだな……」
そのカサカサの声は、バンシィだった。その隣で気絶しているのはユニコーンだ。ところどころ、沈んだグレー色のサイコフレームが剥き出しになっている。中途半端にデストロイモードのまま、力尽きたようだ。
「二機とも、デストロイモードで思いっきり遊んでいたら、エンプティに気づかなかったらしいな」
レセプタの変換アダプタを持ってきたジ・オが、やれやれと言いたげに肩をすくめつつ、床に倒れたままのバンシィにエネルギー供給コードを接続する。
「応急処置のために変換アダプタを使って接続させるが、動けるようになったら、専用レセプタのある場所で補給しろ。ちなみに、お前たちはRXシリーズではあるが、レセプタはサイコフレーム専用だ。いいな」
「えー、ここで満タンまで補給しちゃダメなの?」
バンシィが訊いた瞬間、ジ・オの表情があからさまに不機嫌になる。
「何のために専用レセプタがあると思っているんだ! 開発系統に使用されているフレームや素材に合わせて、最適な補給を受けさせるためだと分かっているはずだ。大体、お前たちはエネルギーが切れる前に補給することをいい加減覚えろ。何回死にかけてると思ってるんだ!」
「わあーんジ・オが怒ったー」
補給中はコードがあるから動けない。遊び呆けるモビルスーツたちを叱るには最適な時間だ。
「前回補給したときだって、エンプティギリギリだったよな。∀のように毎日補給しろとは言わないが」
突然名指しされて、∀がビクッと反応する。
「さ、最近なんだかお腹が空いて……えへへ」
ばつが悪そうに笑う∀は、未だに供給のレセプタを外していなかった。
「とにかく、ターンタイプやサイコフレームは特にエネルギーを放出する割合が高いんだ、せめて三日に一度程度でいいからここに来い」
「ハイハイわかったよ、悪かった」
「返事は一回」
「はぁーい」
ある程度動けるようになったのか、バンシィはコードを外し、ユニコーンを引きずってサイコフレームの専用セレプタのあるテーブルまで向かっていった。入れ替わるように、補給の終わった∀がにこにこしながらやってくる。
「がーんだむ、ほきゅーはおわったー?」
「まだ。今から補給するんだよ」
「えー、そうなの?」
「オレのやつ、バンシィが使ってたからな」
ガンダムは近くにあった椅子を引っ張ってきて、それに座って腹を開ける。バンシィから受け取ったコードを接続すると、ようやく一息ついた。
取り外した変換アダプタを弄びながら、「オレも、エンプティ近かったんだよな。もう少し補給頻度上げようかな」と、とりとめのない話をするが、∀は「早く補給してよー、部屋戻りたーいー」とワガママを言うだけだ。
「先に部屋に戻ってていいんだぞ。オレが行ったらドア開けてくれればいいんだし」
「やーだ」
文句を言いつつもガンダムの隣で補給を待ってくれるあたり、今日はいつもよりも少しおとなしい印象を受けた。いつもならとっととこんなとこ飛び出して、一足早く部屋に戻っているはずだ。
「はーやーくー」
「もうちょっと待てってば。……そういやお前、最近は毎日補給受けてるらしいな」
「だってお腹すくんだもーん」
それにしても、毎日補給は少し多い。個体差はあるが、本来ならモビルスーツのエネルギー補給は五日に一度、軽く行う程度で充分だ。極論を言うなら、エネルギーを放出させる機会が無ければ、しばらく補給しなくても事足りる。
「確かに、∀は前から補給する頻度が高かったとは思うけど……腹が減るってことは、無意識にエネルギーを放出してるってことだよな」
ターンタイプは装甲がナノマシンのためか、他のモビルスーツに比べてエネルギーをよく使う。その分だけ燃費はいいはずだが、ケガなどをした場合は特にこまめに補給させないとエンプティになってしまう時もあるらしい。
外側から見た限りだと、ケガらしきものは見当たらないし、ナノマシンがどういう動きをしているかなんて分からない。
「ケガとかしてないか? どこかをぶつけたりとか、スリキズとか作ってないか?」
「んー、ここ最近ではないかなあ。ケガするようなこともないし」
「そうか……なら単純に腹が減ってるだけかな。しばらくしたら燃費も良くなるだろ」
レセプタを取り外したガンダムは、コードを片付けつつ立ち上がる。∀はガンダムの補給が終わったことに気づくと、ガンダムの手を取り、「行こ!」と走り出した。ガンダムがまとめていたコードがばらけても、∀を止められない。
「あージ・オすまん、コードは頼んだ」
「は? ちょっと待て。せめてこれぐらい片付けてから」
ジ・オの怒った声を背中に受けながら、ガンダムと∀はホールを出ていく。
「あーあ、コード片付けないで出てきちゃった。ジ・オ、怒ってるだろうな」
「気にしなかったらいいんじゃない? 明日にはきっと忘れてるよ」
「お前じゃないんだから」
「そんなことないもん、ねー扉さーん」
顔認証システムを作り上げたのは本当の話らしく、∀がガンダムの部屋の電子キーに向かって微笑むだけで、部屋の扉が開いた。
「ほら、扉さんだって、そんなことないって言ってるよ」
「うわ、本当に作り変えたんだな」
「ガンダムもちゃんと登録してあるから、笑えばできるよー」
一足先に部屋に入っていった∀の背を見ながら、ガンダムは電子キーを前に立ち止まっていた。
扉が閉まるのを確認し、さっき∀が微笑んだ場所に立って、∀と同じように優しく笑ってみる。反応はない。精一杯の笑顔を作ってみる。反応はない。顎に手を当ててキメ顔を作りつつ微笑んでみる。反応はない。憂いを帯びたように意味深長な笑みを浮かべてみる。反応はない。
「あれ? 反応しないな……」
「がんだむ、なに、してるの」
そこに通りかかったガンタンクとカプルが、不審者を見る目でガンダムを見ていた。
「ぼくたち、みちゃいけないものをみたかな」
「ア……アア、あ! いやあ、今、カメラのキメ顔を考えてて、その、あ、アハハハ! じゃあオレはこれで! いやーいい顔ができたなあ! アハハハハ!」
乾いた笑みを浮かべつつIDを認証させて、逃げるように部屋に駆け込む。ベッドの上で∀が震えていた。
「反応しないぞアレ! なんでお前笑ってんだ」
「カメラで全部見てた」
∀はガンダムを一瞥すると、再び腹を抱えてケラケラと笑いだす。
「わ、笑いすぎだろ」
「だってガンダムのあんな顔初めて見たし、慌てて変なことも言ってたじゃん。カメラのキメ顔ってなに?」
「オレそんなこと言ってた? つーか、そんな笑うなよ。恥ずかしいんだから」
「ふふ、ごめんごめん。なんか楽しくなっちゃって」
一通り笑うと∀は一息ついて、甘えた顔で「抱っこして」と、いつものように両手を広げた。ぎゅっと抱きしめてあげて、そのままベッドへ寝転がる。
「大丈夫か、そっち狭くない?」
「せまいー」
狭いベッドの中でギュウギュウに寄り添って眠ると、正直せまくて仕方がない。もともとシングルサイズなのだ。二機で寝るにはあまりにせまい。
「ねえガンダム、そっち向いて」
ガンダムは言われるがまま、∀に背を向けると、抱き枕のように抱き寄せられた。が、すぐに離れていく。
「バックパックも取ってよ、邪魔」
「あ、悪い悪い」
いつもならベッドに入る前にちゃんとバックパックを取るのだが、完全に忘れていた。一度ベッドを抜けてバックパックを下ろし、いそいそと抱き枕にされにいく。言われるがまま、なすがまま。なぜか、彼のわがままには付き合ってしまう。
「ん? 何気なくいるけど、ここ、オレの部屋だぞ。さっき∀の部屋に行くって言っただろ? お前ここで寝るのか」
「こっちのほうが落ち着くもん。それにもう動きたくなーい」
「まあ、どっちでもいいけど……オレも抱き枕にされるの、慣れちまったよ」
「ぼくより小さくて、収まりがいいもんね。すっぽりハマって落ち着くでしょ」
「オレが気にしてることサラッと言うなよ」
ふふ、と小さく笑う声が聞こえて、ガンダムはため息を一つついた。少しの間。振り返ってみると、その頃には∀は心地好さそうに寝息を立てている。
「寝落ちか。ずいぶん寝付きがいいんだな」
安心しきっている顔が憎めなくて、今日一日くらいならいいかと許してしまった。甘いよなあ、とは思いつつも、∀の顔を見るとどうしても甘やかしてしまう。
一度スリープモードに入ってしまえば、少しばかり身体を動かしても起きることはない。∀が眠ったことを確認してからベッドを抜け出そうと目論んでいたが、まさしく抱き枕のようにガッチリとホールドされて抜け出せそうにない。
その状態のまま、精いっぱい腕を伸ばしてみたが、本棚に整然と並ぶ雑誌たちには届かない。精いっぱい足を伸ばしてみたが、机にも届くはずがない。足がつりそうになったので、物理的な移動は諦めた。
「ニュータイプ能力でこう、ちょっと、動いたりしないかな」
ただの本に、サイコミュが搭載されているはずがないのに。暇潰しに、部屋中の物に向かって動けと念を飛ばしてみる。と、∀がガンダムの身体を改めて抱き締めた。……動いたのは、動いた。
「オレって結局、ちょっと勘が鋭くて、ちょっと人と話ができて、ちょっと戦うのが上手いってだけのヤツか」
独り言ち、抜け出すことを諦める。そうしてただ黙っているうちに、あまりにもヒマすぎて、寝てしまおうかと思ってきた。電源を落とすわけではないし、少しくらいならいいだろう。夢うつつにうとうとしていると、いつの間にかぐっすり寝落ちてしまっていた。