さっきの無線で∀に何かあったんだと気付き、ガンダムは哨戒を切り上げ、哨戒のパートナーだったメタスとともに格納庫へ駆けていく。
「なんで私まで一緒なの?」
「あれ、間違いなくオレに向けた無線だっただろ。オレ一機で怒られるより、メタスと二機で怒られるんなら多少マシかなって……」
「あら、肉壁役ね」
 肉壁という言葉につい笑ってしまいつつ、「まあそんなもんだな」と返すと、メタスは困ったように笑った。
「ガンダムくんって、結構強引だよね」
「んーまあ、ほら、オレ軍人だから」
「それを言うなら、ここにいるみんなが軍人でしょう」
 お互いに失笑しつつ格納庫に入ると、サザビーとヅダが出迎えてくれた。ひやりと冷たい空気が二機を包む。
「おー、ガンダムにメタスか。今ちょうど∀が起きたところだぞ」
「かなり涼しいな」
「クーラーをガンガンに掛けているからな。こっち来い」
 ヅダに連れていってもらったその先に、眠たげな表情の∀が、クーラントプールに浸かってボーっと呆けていた。
「よくこの重いのを運んだな」
「手の空いている機体たちを総動員させたからな」
「他のみんなは?」
「一旦出てもらった。少しでも部屋を涼しくするには、熱源は少ない方がいい」
 ガンダムたちが入ってきたことに気付いてないのか、ボンヤリと虚空を見つめたまま、動かない。
「あらあら∀ちゃん、大丈夫? 一体なにがあったの?」
「突然倒れたんだよ。わたしが駆け付けたころにはオーバーヒート寸前でね」
 メタスが∀に伸ばした手が、ピクリと宙にとどまり、「サザビーくん、それ本当?」その声色が変わる。
「ああ」
「……ちょっと気になることがあるから、こっち来てくれないかな」
 メタスはサザビーを連れ、バタバタと∀の元を離れる。∀はその音でようやくガンダムの存在に気付き、ゆっくりと顔を上げて「あれ……来てたんだ」と力なく笑う。
「ああ、今来たよ」
 プールのふちにかけられた∀の手を握る。∀の反応が明らかに遅い。オーバーヒートのせいなのだろうか。いつもより動作も重く、遅く感じる。こんなに弱った∀を見るのは、はじめてだ。
「ヅダ。今朝、ゼータが∀に長官室に行けって言っていたんだが、大将から何か聞いていないか」
「ああ、それはさっき∀本人も言っていたな。だが、私は何も知らない。大将ともさっき話したが、知らないみたいだぞ」
 なにか関係していると思ったのだが、違うのだろうか。悩んでいると、メタスが慌てた様子で「ガンダムくん。悪いんだけど、哨戒リーダーに私たちが戻ったことを先に報告しに行ってもらってもいいかな。私は後で、必ず向かうから」と早口で伝えてきた。
「ああ、わかった」
 少し遠くで、スクリーンを見つめて思い悩んでいるようなサザビーの様子を伺いつつ、ガンダムは報告のために部屋を出た。
 本来なら、哨戒リーダーへの哨戒報告はパートナーと共にしないとならない。メタスが率先してルールを破るような子ではないことはわかっている。何か理由があるのだろう。
 先ほどのメタスの表情は、重かった。なにに気づいて、あんな顔をしたのか。色々考えてみたけど、もちろん答えは出ない。
 悶々としながらリーダーのいる士官室へ向かう途中で、後ろから声をかけられた。
「ガンダムくん、ちょっといい?」
「メタス、ってうわ!」
 ガンダムは腕を取られて、くるりと反転する。メタスが向かった先は、士官室ではなくメタス自身の部屋だった。
「ちょっと椅子に座って待っていてね」
 室内にまで連れてこられたガンダムは、勧められた椅子には座らず、拳を強く握り「∀について、話があるのか」と切り出す。ガサガサと何かを探しているメタスには聞こえなかったのか、返事はない。
「なあ、メタス」
「よし、あった。ガンダムくん、今から三日か四日ぐらい休みをもらって、∀ちゃんと一緒にここに行ってみてほしいの」
 椅子に座り、引っ張り出してきた紙に何かを書いて渡してくる。ガンダムはそれを受け取ろうと腕を伸ばしたが、メタスは手首のスナップを生かしてメモを渡さなかった。
「ちょ、?」
「……ごめん、やっぱりちょっと待って」
「なんなんだ。さっきから」
「よくよく考えたら、その前にこっちのエンジニアに相談しなきゃいけないかな、って。私の早とちりかもしれないし。ゼータにも訊いてみないと」
 何かを書いた紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱へ向かって投げる。だがそれはゴミ箱には入らず、跳ね返って床に落ちた。
「うーん……ゼータみたいに上手くはいかないや」
 投げ捨てられた紙を拾い、「振り回してごめんね。リーダーに報告してくるから、座って待ってて」と改めてゴミ箱に捨てて、さっさといなくなってしまった。
「……なんなんだよ」
 身体の力が抜けたガンダムは、メタスに勧められた椅子に、崩れるようにして座り込んだ。
「それって、∀がなにか悪いバグでも保有しているってことなのか……?」
 誰もいない室内に、ガンダムの声が搔き消えていく。
 思いつく心当たりといえば、この前ガンダムが直接手を出したストレージだ。まさか、そのせいで変なバグが生まれたか? ぞわ、と全身が冷たくなる。
「あのとき、なんかやっちまったかな……」
 頭がいたい。∀の中で、いったい何が起きている? メタスも、ゼータも、何を知っている? あの二機の中だけで通じる話があるようで、訳がわからない。机に突っ伏すと、嗅ぎ慣れないオイルの匂いがする。
「おいガンダム、生きてるか?」
 突っ伏したまま、声が聞こえた方向に顔だけ向けると、百式がいた。そういえば、今夜の哨戒のリーダーだったなあ、と輝く外装を見てぼんやり思う。
「今日の哨戒、異常なしでした」
「ご苦労であった」
 一応、哨戒における格式に則って哨戒報告を行う。正式には直立姿勢で敬礼をしながら、などという規則があるものの、立ち上がることも、伏した上半身を起こすこともできなかった。ヘロヘロと、右手だけは敬礼をする。だらしない、などの小言は聞き流すこととする。
「部屋の扉を開け放したままなんて、メタスは無防備だな」
「哨戒途中なのに、リーダーが現場を離れて大丈夫なのかよ」
「哨戒自体をほっぽりだしたお前らに言われたくはない。それに、メタスが私の代わりに立っているから大丈夫だろう。そんなことより、∀はどうなんだ。オーバーヒートして倒れたそうじゃないか」
 ガンダムが再び机に額を擦り付け、うなるように言い淀んだところで、百式は「だいたい分かった」とだけ返してくれる。
「大将に報告はされているのか?」
「ヅダがやってくれてる」
「ガンダムには無理だったか。お前、∀のことを溺愛しているから、冷静にもなれんのだろう」
 そう言われて、驚いたも驚いた。声を詰まらせながら顔を上げて百式を見ると、今更何を驚いているのか、と言いたげに目を見張っていた。
「驚く要素がどこにあった? 周知の事実だろう」
「いや、だって、その、正式には公表してない、というか」
「お前たちの様子を見ていたら、わざわざ公表なんかしなくてもさすがに分かる。∀の行動にも顕著に表れているだろう。それに、お前のその慌て様は肯定も同じだ」
「あー……まあ、それもそうか」
「素直な奴らだな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 ノックが聞こえて、部屋のドアを見る。大将のガルマザクが立っていた。いつもより真剣な表情に、思わず息を飲んでしまう。
「なぜ哨戒リーダーが持ち場から離れているのかは不問としよう。緊急招集だ、ホールへ来い」