無理やり起こされて不機嫌な声で、∀がおもむろに起き上がり始めた。が、接続された多数のコードが邪魔で身体を起こせずに、ふたたび横になる。
「なにこれ。ぼく、どうなってるの」
「みんなの声に反応して起動したみたいだね。とりあえず最悪の事態は免れたかな」
 不意に、ディスプレイを見つめていたゼータのアゴが引けて、目が揺らぐ。
「ガンダム、こっちにきて。ヅダも」
「どうした」
 自分と同じ顔をしたSDを抱いたまま、ゼータと共にディスプレイを見る。そこには確かにChと名前がついた不明なデータがあった。
「このデータのサイズ、少しずつ大きくなっていくの、わかる?」
 ゼータが指したデータは、一定のペースを刻みながら、サイズが着実に大きくなっている。
「なんだ、このデータは」
「まさかとは思うが、どこかからダウンロードしてる……訳じゃないよな」
「違う。∀のエネルギーを使って、このデータ自身で成長してる。このまま成長し続ければ、ウイルスと認識されて攻撃される危険性もある。最悪、∀の人格を乗っ取るかもしれない。だからこそ、なるべく早く取り出してあげたい」
 別のウインドウを表示させて、ゼータは目を細めて唸る。
「一度、ここにある別のデバイスに転送するには重すぎるかな。メタスはどう思う……あれ、メタスは? みんなもいない」
 ゼータは、一度集中してしまうと周りの様子が見えなくなってしまう。∀のストレージ内を映し出したディスプレイに気を取られて、今のバタバタも気付いていなかったのだろう。
「あ、メタスならさっき隊員たちを誘導してくれて、多分ホールに戻ったと思う」
「じゃあいいや、ガンダムはどう思う?」
 突然話を振られて、言葉が詰まった。一人の技術者としてのそれらしい答えは浮かぶが、一機のモビルスーツとしての答えはすぐに出せなかった。悩んでいると、ゼータが「難しく考えなくていいよ」と助け船を寄越した。
「ガンダムなら、この重さのデータを転送するにはどうするかって話」
「うーん……別のデバイスに転送するのは、効率が悪い、と思う。抽出とクレンジングの作業中にも、データサイズが大きくなっていくんだろう? 時間を無駄にはできない。SDへの転送時の負担も大きくなるはずだ。それならいっそ、直接転送させたほうが、まだ」
「ねえ、どういうこと? ぼく、どうなるの?」
 ∀の不安そうな声と顔を見て、ガンダムはできるだけ柔らかな表現を使って、この状況を説明しようとした。
「ええと、お前のストレージに保存されているデータを、このSDに移行させるんだ」
「そのデータはCh。childの頭文字をとって付けられている。子供のデータって思ってくれればいい。それで、これからそのデータを∀のストレージから取り出して、このSDに移行させる。手っ取り早く言えば出産だ」
 ガンダムがきつい表現を避けるためになんとか言葉を選んでいたのにもかかわらず、ゼータがオブラートに包むことなくストレートに全部言ってしまった。∀の目が大きく開かれる。ガンダムがとっさにゼータの肩を叩くと、「それ以外にどう言うの」と怪訝な顔をされた。
「言い方ってもんがあるだろ」
 ∀の「なにそれ」という声は、震えていた。
「いや、∀。そのままでいると∀の記憶装置に負担がかかって」
「面白そう、ぼくの中に子供がいるの? なにそれなにそれ、すごい! その、シュッサンって、どうしたらいいの?」
 彼の目は、キラキラ輝き出していた。「説得する必要性はなさそうだね」と、ゼータが一息つく。
 単純なやつでよかった、と失礼ながら安堵する。なまじ好奇心が旺盛だと、こういうときに面倒くさくなくて楽だ。
「∀、少し大変かもしれないけど、手伝ってくれるかな」
「うん!」
 ピリピリして固かった空気が、∀の柔らかな笑顔でほぐれていく。
「あー、水を差すようで悪いが、私には全く訳がわからん」
 ため息をついて、頭を横に振ったのはヅダだった。
「出産って、何の話だ。なにがどうなっている?」
「ヅダ、巻き込んでごめん。ちゃんと説明するから、手伝ってほしい」
 エメラルドグリーンとリズロンの視線がぶつかり合う。ゼータがゆっくり頷くと、ヅダは「わかったよ」と根負けしたように肩を落とした。
「乗りかかった船だ、今更降りるとは言わん。だが、説明はちゃんとしてくれ。できれば、どう動けばいいかの指示もある程度把握しておきたい」
「ありがとう。じゃあ、まずは∀にエネルギーを補給させる。その間、ガンダムはそばにいてあげてほしい。あ、SDは∀が寝てる隣のベッドに寝かせてあげて」
 ヅダとゼータが、∀に接続された配線をテキパキと差し替える。
 一通り終えて、いったん格納庫から出ようと扉を開けると、外で聞き耳を立てていた隊員たちがバランスを崩してなだれ込んできた。さしづめデスサイズヘルあたりが言い出したのだろうか、下敷きになりながら気まずそうに笑っている。
「ごめん、ゼータ。みんなを連れて行けなかった」
 メタスが心底申し訳なさそうに頭を下げると、ゼータはメタスの頭を撫でて「ありがとう」と微笑んだ。
「ぼくが今から一通り説明する。今はまだ入っちゃダメ」
 ゼータがそう言うと、大将がハッとしたように咳払いをして、「ホールに戻るぞ」と踵を返した。それに合わせ、隊員たちがぞろぞろと付いていく。
「補給が終わった頃に戻ってくるから。ゆっくりしてて」
「ああ、ありがとう。ゼータ、ヅダ」
 みんながいなくなって、格納庫は静かになった。SDを隣のベッドに寝かせ、∀の近くに椅子を引っ張って座る。ふふ、と、∀が嬉しそうに笑みをこぼした。
「子供だって。楽しみだなあ」
「∀、怖くねえの? オレすげー怖いし、心配だよ」
 ガンダムの言葉に、∀はキョトンとして見つめ返してくる。相変わらず素直で真っ直ぐな瞳に、思わず見惚れてしまう。
「なんで? みんないるもん、怖くないよ。そんなことより、SD見せて」
「そんなことより、って……まあいいけど」
 立ち上がり、寝かせたSDのガンダムを抱き寄せて、∀の近くまで持っていく。
「わー、ガンダムと同じ顔してる」
「そりゃそうだよ、小さいオレだもん」
 ∀は自身に取り付けられた配線を気にしつつ、腕を伸ばしてそっとSDの頬に触れる。
「楽しみだなあ。どんな風に笑うのかな。どんな風に喋るんだろ。あっ、名前は? どうしようか」
「いや、それは∀が決めた方がいいだろ。∀のデータなんだから」
 そこで、再び心配になる。"モビルスーツがデータを孕んだ"。"モビルスーツが子供を産んだ"。そんな話は聞いたことがなかった。Chデータや妊娠、出産に関して知識を持っているらしいゼータたちのことを信用できないわけではないけれど、やはり不安なのは変わりない。しかも、ゼータの説明を自分は聞けないことで、さらに不安が募る。
「そんなに心配しないで。大丈夫だよ」
「大丈夫、ね……」
 と言いつつも、なんとなく考えてみる。∀の隣で、自分より小さな機体が笑っていて、その中に自分がいる光景。だが、やはり想像はできなかった。
「ぼく、がんばるから。ね?」
 誰か来る。この気配は、恐らくアイツだ。