しない



大人ってとても勝手だと思います。

自分勝手で、お家の都合しか考えていない。男の子が産まれたなら万々歳。女の子が産まれたならどう上手く使おうか。

私の家はそこそこ裕福なお家。鬼と戦っている鬼殺隊の隊服を作るのを手伝っているお家です。そんな家は炎柱の楝獄様のお家と仲が良かった…というか、家がグイグイと差し出がましくも仲良くさせて頂いたというのが正しい。

そこで、勝手に許嫁という風に話も進んでいた。そんなの、子供の私にはわかるはずもなく。定期的に広いお家に連れていって貰えて、ちょっと年上の遊び相手もいて、楽しみだったわけですが……



「あんた、それ、嫁がされるんだよ」
「と、とつぐ……?」
「家から出ていかされるって事」

何故か私の女友達はませていて、私に夫婦のあれやこれやを教えてくれた。そのお陰で私は見事、男嫌いになりました。

子供だったから間違えた情報も恐らくあっただろうけど、先入観って凄いよね。男の「しない」は信用出来ないからね。なんて、言われてたし。


「あ、杏寿郎くんも、酷いことするの…?」
「しないに決まっているだろう!」
「(ほ、本当にしないって言ってる!しないは信用出来ないんだよね…)」

当時の私は少し頭が弱いと言うか、素直、素直だったんです!

それから彼との間はギクシャクとしていた。いや、私だけが彼を受け入れる事が出来なかった。
問題の彼はそんなこと諸ともせず、近寄ってきて、そんな彼がやっぱり少し怖くて……でも、結婚出来る年は着々と近づいてきていた。

まあ、彼が結婚出来る歳になるとすぐに式が、行われたわけですが。

いいのか、楝獄家。何か私に不満とかないのか?とか思いながらも楝獄家に嫁入りを果たした。いつもキリッとした表情のお義母様が、その時、初めて笑って下さったのは嬉しかった。

でも、夜はやっぱり怖かった。いつ、あの優しい杏寿郎さんがくるのだろうと。
彼が優しい人なのは知っている。毎朝、早くから刀の腕を鍛えて、終わりに手拭いを渡すと笑顔でお礼を言ってくれる彼が、そんな酷いことなんて、してこないだろう事も。

そして、彼はお義父様と同じように、鬼殺隊へと入られた。
それはもう、毎回の様に傷だらけで帰ってくる彼にハラハラとしながら手当てをする事が何度もあった。すまんな!と笑いながら言う杏寿郎さんが怪我をしてるのになんでこんな顔が出来るのだろうと、何度思ったか……。いつか、安心して出迎える事が出来るのだろうか、と。




「なまえ、少し話をしよう」
「はい」

それは、足も手も骨折して帰ってきた杏寿郎さんの看病をしている時の事だった。


「俺は、いつ死ぬかわからない男の元へ嫁がされた君を可哀想に思っていた」


なんて縁起でもないことを言うの。


「……なら、可哀想にならないように長生きして下さい」
「っははは!昔から君は難しい事を言ってくれるな!」

こんな風にお話が出来るようになったのも極最近。子供の頃はもっと、愛想よくお話が出来ていたのに今ではこんなに不細工になってしまった。夫婦、なのに。昔、思い描いていた夫婦はもっと、寄り添って縁側で穏やかに話をする仲睦まじい後ろ姿だった。



「だから、俺は君に申し訳ないと思っているんだ。普通の幸せを与えてやることか出来ないと。幼い君は沢山の笑顔を俺にくれたのに」

「え…」

幼い頃の君は玉虫とか、持ってきて見せてくれただろ?と口にした杏寿郎さん。顔は彼の目の前の襖か、どこかを見ていたのでいまいち表情が読み取れない。
そんな、昔の事まで覚えてたんですか…?


「俺は、君を幸せにしてやることが出来ない。今からでも遅くはない。俺ではない他の人と共に歩むことだって出来る。俺は、その方がいいと思っている。好いた人には幸せになって欲しいからな」


ベチャリ。
濡らした手拭いを床に落としてしまった。杏寿郎さんは、今、なんて言った?

布団と枕を積み重ね、上半身を預けている杏寿郎さんを見つめる。そんな応えもしない私を不思議に思ったのかこちらを向いた杏寿郎さん。包帯でグルグル巻きになっている腕にそっと自分の手をおいた。



「杏寿郎さん、今なんと…?」
「俺以外の人と幸せになれと」
「……」

なんだろう。この気持ちは。けして、良いものではない。心地悪い。胸が苦しい。



「!……君に泣かれてしまうと、どうしたらいいかわからなくなってしまうな」

目からハラハラと落ちていく雫に自分では気づけず、杏寿郎さんの言葉で泣いているのかと認識した。
そもそも、どうして私はずっと彼に会いにきたのか。男嫌いになった私もどうして何度もこの家にきたのだろうか。親が決めたこと。だったとしても、きっと私は嫌なことは意地でも拗ねて言うことなんて聞かなかったはずだ。

彼は動かないだろう体をゆっくりと私に近づけて頭と頭をくっつけた。


「俺は、君の笑った顔が好きなもんでな。笑ってはくれないか?」


少し、離した杏寿郎さんの顔はとても優しく笑っていて、その表情を見たら、胸にストンと何かが落ちてきた。それはすぐに私の口から出ていく。


「私も、杏寿郎さんが好きです。お側に、いたいです」
「…やっと、もらえた嬉しい言葉なのにな。俺では君を幸せに出来ない」

「……いいえ、私の幸せは杏寿郎さんの側にあります。こんな馬鹿みたいなお話、もうお終いです。私は貴方の側にいます。私は貴方の隣で笑っているので、貴方は私を幸せにして下さい」


ポカンとしている彼にここ数年で宙ぶらりんになっていた自分の想いをぶつける。まだ、呆けている彼に稽古中にお義父様から言われていた言葉を思い出す。


「判断が遅い」
「っ!…よもや、よもや!君から説教をされるなんてな!」
「……すみません」
「いや、そうだ。君のいう通りだ。男なら腹を括らんとな!」


側に居てくれ。
そう言って彼が笑顔をくれたので、私も口の端を上げて返事をする。



「杏寿郎さん、私を置いて1人にしないでくださいね」
「ああ、君を不幸にしないように励まないとな!」




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