帰宅





「あれ?なまえさんの旦那さんって柱の方でしたよね?」


そう言われた瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。私の自慢の愛刀が鞘から顔を出し、本日の仕事の相方である隊士の横を通りすぎて壁に突き刺さる。
さっきまで妻の話をペラペラとしていた男は口を引きつらせて汗を流していた。



「私、べらべらネチネチ話す男って嫌いなんです。あと、旦那なんてものはおりません」
「………はい」


ああ、前はこんなにすぐ刀を抜くような性格では無かったのに…。

上で言ったように今の私には旦那なるものはいません。正確に言うなら、いた。が正しいのですが、思い出しただけでも拳に力が入ってしまう様な毎日でした。
出会ったきっかけは覚えていません。いつの間にか夫婦なんて関係になっていたんです。好きだったかと、言われると…はじめは想いを寄せていたとおもいます。しかし、日々過剰になっていく彼の行動に耐えきれなかったんです。


「なまえさん!今日のしご…っひ!!」
「?」

「なまえさん、鍛練をおね…が、ごめんなさい何でもないです!」
「え…」

「なまえさん、ご飯でも…あっいえ、なんでもありませんすみません!!」


そして、私の周りからは誰もいなくなりました。伊黒小芭内という男を除いて。



「………小芭内さん。男女問わず牽制するのはやめて下さい」

「そうだな。お前が俺の嫁なのを理解して、他のやつらに愛想をポンポンと振り撒かなければ俺がこうして出向く事もなくなるんだがな。そもそも鍛練をしてほしい?飯でも?別にお前が付きやってやる必要なんかないだろ。俺がいなくても断れ。お前は仕事が終わったらさっさと家に帰ってきて飯を作って待ってればいいんだ。それが嫁という者の役目だろ」


これ、これ!これ、割と毎日の様に言われてたんですが、耐えられますか?耐えられる方、本当に尊敬します。今のところそんな人あった事ありませんが。彼が目にかけている甘露寺さんくらいじゃないですかね?

彼、彼女に対して甘すぎですよね。いや、話がズレるので、いや、いや…ズレないですね。彼女がいてくれたおかけで、彼と別れる事ができたのですから。彼が、彼女に靴下をプレゼントしていたのを見て彼と別れる決心がついたのですから。

離縁状を机の上に置いて家を出てきてもう何ヶ月かが経ちました。あの人とは1度会いましたが会話とかはなく、私が会釈をした程度。とても清々しましたよ。1度くらいは精神的に痛い目にあって欲しかったけれど。



「さあ、山田さん。今日は鬼を倒して沢山体に無茶をしたと思います。ゆっくり休んでください」
「あ、同室なんですよね」
「すみません。ここしか部屋を準備出来なかったので我慢して頂ければと」


同室だろうが何だろうが今は関係ありません。仕事中ですからね。以前であれば直ぐ様、小芭内さんの鎹烏がつついて来ましたが。



「でも、なまえさんと離縁するなんて勿体ないな」
「貴方、懲りませんね」
「すみません。だってなまえさん顔も整ってるし料理も美味しいって聞きました!ちょっと怖いけど」
「何処からそんな話聞いてきたんですか…あと、最後のは余計な一言ではありませんか?」
「まあまあ…離縁してから隊士とかに割りと声かけられたりしてるんじゃないですか?」
「……いえ、そんな事はありませんね」


仕事が忙しくて制服以外で町に行くようなことはほぼないですし、隊士から声をかけられるなんて事も以前同様ほぼないままですよ。
山田さんには先にお風呂に行ってもらって、その間にここ最近の事を思い出していた。ご飯に誘われるような事もないし、鍛練もお願いされない。逆に私から誘ってもいい返事がくる事はない。



「っなまえさんなまえさん!!!」
「どうされましたか?襟元がはだけてますよ?ほら、こっち来てください」
「あ、ありがとうございます。わー、なまえさんがモテる理由がわかったかも……」

廊下を走ってやってきたのか急いで着たのか、浴衣がかなりはだけていたので、手招きをして浴衣の襟元を整え直す。よくわからない事を呟いていたので聞き返そうとすると、じゃなくて!と私の肩を掴んで眉間にシワを寄せていた。



「へ、蛇って温泉にも出るんですか…?」
「……へび…?」

やめてほしい。あの人を思い出してしまうので本当にそういう話はしないでください。


「え、なまえさんの元旦那さんってへ、ビ…」
「そ、の、話を、しないでくださいっ!!」
「いやいや、あの蛇だって見たことがっ」

「うるさい。宿でぎゃーぎゃーと煩い。お前らみたいにさわぐやつらがいるから隊の印象が悪くなるんだ。自覚をもて」



なんて事…鎹烏どころか本人が来るのなんて夫婦だった時にもなかったのに…。
ネチネチと始まる説教になまえの、頭は置いてけぼりになっていた。何時からいたのか、いや、何故ここにいるのか。柱であるなら忙しく、家で過ごした時間も夫婦としては長くない。なのに、何故こんな仕事先の町なんかにいるのか。



「そもそも、そこの男」
「えっあ、はい!」
「なまえから手を離せ。夫婦の契りを交わした相手がいるのにも関わらず、人の嫁と床を共にしようとは不誠実極まりないな。お前の嫁もさぞ苦労しているだろうな。そして、なまえ。お前も見ず知らずの男と部屋を共にするな。お前のだらしない体は男を惑わすにはうってつけだからな。鬼を退治したならさっさと家に戻れと何度言ったらわかるんだ」

「……ぶっころす」
「ひっ」

おっと、口に出てしまっていました。でも、まさに私の心情を表せた一言だと思います。


「というか、伊黒さん。もう私は貴方の嫁ではありません」
「…………」

「ていうか、伊黒さんなまえさんの事、好き過ぎでしょ…あ」
「は?」
「……………」

彼も思わず口に出てしまったとでも言うように手で口を押さえていた。いや、今の要素でどこに小芭内さんが私を好きってなったんですか?


「だって、こんな所までなまえさん追っかけてきたわけだし、それにさっきみたいな事を何度も言ってるって…心配だから早く帰ってきて欲しいからみたいなんですよね…別れてからもこんなに気にかけてるなんて好き過ぎるなって…」

口に出したらもう山田さんは止まらないようでぺらぺらと話はじめた。けれど、的外れですよ。その考え。どうせ、隊の規律がとか自覚がないからとかいい始めますよ。彼がそんな私の事なんて……



「当たり前だ。俺が嫁にした女だぞ」


……あたりまえ?え、私を好きな事があたりまえ?なに言ってるんですかこの人?
夜通し鬼と戦った体は頭と一緒でもう、疲れてるんです。もう、朝くらいゆっくりさせてほしい。そんな突拍子のない事を考えてしまっている間にも彼は苛立たしそうに私の腕をひっぱり部屋を出ていく。


「うわ…なまえさん顔真っ赤だ……」


なんか、山田さん言ってたな。
廊下を手を引かれながら二人で歩く。


「い、伊黒さん」
「名前で呼べ。いつも言っているだろ」
「…小芭内さん、何処にいくんですか。眠気が限界なんですが」
「家だ」

どっちだ。私の家ならまだ頑張れば歩いて行けるけれど、小芭内さんの家なら無理ですよ。もう、眠いんですって。
てかいうかずるくないですか?あんな風に現れて好きなのが当たり前?やっと薄れてきた貴方への好意がそれだけで戻ってきてしまうなんて…なんて自分は単純なんだろう。



「なまえ、早く帰ってこい」


絶対に帰ってやるもんか。
貴方に一泡ふかせたら帰ってもいいけど。




- 12 -