二人とも



「はーるみくん、お父さん今日帰ってくるってよ」
「うぶぶーんっまぶーーっ」

鎹烏が知らせを持ってきてくれ、夫の帰宅が近いことを教えてくれる。嬉しくてまだ話せない我が子に教えてあげるとちょっと、不満げで笑ってしまう。
まあ、帰ってきて珍しく我が子、悠弥を抱っこしても、実弥さん無言なんだもんなぁ。



「今日は上手くお話出来るといいねぇ」

またも、うぶーっと不満そうに声を出す悠くんの頭を撫でてあげる。

実弥さんとの間に授かったこの子はあまり、彼に抱かれた事はない。本人いわく潰れそうだから。そんなことないのになぁ。

お仕事で忙しい彼の為に帰ってきた日にはとびっきり美味しいおはぎを準備して待っておく。悠くんも作ってる時に餡を少し舐めさせてあげると、とても喜んだ声を出す。味覚はお父さん似みたいですね。性格も…多少、彼に似ている感じがする。気に入らないものは気に入らない。あとね、この子、7ヵ月で立ったんですよ。
最近の寝返りもよくするし、そろそろはいはいも出来るようになっちゃうんじゃないかなと思ってたんです。そしたら、寝返りしてそのまま立ったんですよ。これには腰抜かしましたね。さすが実弥さんの子供。

それからはずーーーっと私の後ろをついてまわって来るんです。可愛いけど、実弥さんを無視して横を通りすぎないであげて。



「おい」
「あっ!お帰りなさい、実弥さん!」

洗濯物を干していると門から直接こちらへ向かってきてくれた様子の実弥さん。
私の足元で、着物を掴んでいた悠くんも実弥さんの方を向いたけれど、すぐに私の足へとしがみつく。その光景をみた実弥さんはなんとも言えないような表情を浮かべていた。
それでも、実弥さんがこういったことで悠くんに怒る事は滅多にない。何だかんだ自分の子供だし可愛いのかな。



「お父さん帰ってきたよ、悠くん!おうちの中で遊んでもらおう!」
「……う」
「…………」
「さ、実弥さん!ほら、抱っこ」
「…おう」


いつも、割りと大きめの声で話してた実弥さんも今では借りてきた猫の様に大人しい。足元の悠くんを抱っこして実弥さんの腕の中へおろしてあげると控えめに彼の上着を握っていた。



「お父さんに抱っこして貰えて良かったねぇ」
「んんまっんま!」
「実弥さん、喜んでますよ!」
「お前が話しかけたからじゃねぇのか?」
「それでもほら!何か言ってあげて下さい」
「………よ、よしよし…」


あれー実弥さん長男で兄弟も沢山いたって言ってなかったっけ?
でも、何か二人して可愛いなぁ。私はニコニコと笑いながら、悠くんを抱っこしてる実弥さんの隣を歩く。



「最近、寝れてのか?」

玄関で草履を脱いでいると突然、質問が飛んできた。
まあ、その質問が飛んでくるのもわかる。長期の仕事が入っていたので最後に実弥さんが悠くんに会ったのはまだ昼も夜もわからずおっぱいを欲しがっていた時だから。
夜、泣き出した悠くんに戸惑う実弥さん。それとのそのそと起き上がり覚醒しない頭のままおっぱいをあげる私。その光景がまだ頭に残っていてくれたのだろう。



「ええ、最近の悠くんは夜よく寝てくれるんですよ!しかも、お粥とかも食べるんですよ!」
「そうか、男ならさっさと母親に楽させてやれ」
「ん"ま"っ」

あ、赤ん坊のくせになんて野太い声…。
実弥さんの言葉にまるでわかってるとでも言うように返事をする悠くん。


「そんなぁ、まだまだ面倒みてあげたいです!」
「お前は子離れしなそうだな」
「出来ればこの子に可愛いお嫁さん候補が出てくる迄は面倒みてあげたいです」
「さっさと一人立ちさせろ」

そんな話をしているうちに抱っこされていた悠くんは寝息をたてて実弥さんの腕の中にいた。規則的に背中をポンポンと手を当ててる実弥さんはやっぱり小さい子の扱いが上手だな。
私がお布団を引くと実弥さんはその上に悠くんをゆっくりと降ろす。



「おはぎ、作ってありますよ」
「あぁ」
「悠くんも味見して喜んでたので美味しくできてますよ!」


そうかよ。ってわたしの頭に手を置いた実弥さん。あー、久しぶりの実弥さんだ。実弥さんに触って貰えてる。嬉しいなぁ。
気づけばもっと、と、思って実弥さんの手を両手で包みこんで頬を寄せてしまう。実弥さんは黙ってその行動を許してくれていた。けれど、そろそろ離れないと怒られそうと思い顔をあげるが、そのまま私の頬は実弥さんの大きな両手で掴まれる。がっしりと。



「さぁ……ん……」

何だろうと名前を呼ぼうとしたけれど、殆ど音が出る前に私の口は実弥さんの口で塞がれてしまった。長い口付けの後、もう一度口を塞がれた時には実弥さんの舌は簡単に私の中に入ってきてしまう。


「んっ……ふ…ぁ……さねみ、さん?」
「………俺にも…」
「?」

やっと十分に息が吸える様になった時、実弥さんが何か口にする。酸素の回りきっていない頭には彼の言葉がよく聞こえなかった。
どうしたんですか?と聞くと、彼は舌を鳴らしてちょっと不機嫌そうに顔を歪めた。



「色々、触らせろっつてんだよ」
「……さ、さわる?」


さわるって何だろ?何に?色々?


「お前、悠弥産んでから、夜もヤってる最中に寝ちまうだろ」
「んっ?!」
「んじゃねェよ!」
「……あっ、えっと…す、みません…」


思いもよらない言葉を貰ってしまい、へんな声が出てしまう。ぺしっとおでこを叩かれ、苦笑しか出ない。
そう、悠くんを寝かしつけた後に夜の営みをね。しようと思ってたんですよ。ってか、してたんですよ。で、私だけ一人で達してしまって、その後猛烈な眠気に襲われて、そのまま実弥さんの下で寝てしまった事があったんです。実弥さんほったらかして。でも、実弥さんが私を起こすような事はなくて、次の日にめちゃくちゃ謝った。
それからも、絶妙なタイミングが悠くんが泣き出したりとかでちゃんとした行為はここ最近出来てない。実弥さんも悠くんの事は優先的に考えてくれるから。



「おい、なまえ」
「は、はい…?」


そして、今回の長期の仕事。
こ、これは実弥さん。もしかして、もやもやしてたり……?



「しっかりと声、聴かせろよ」
「んっぶ!!んば!!」
「「………」」


しっかりと声出ましたね、悠くん。

ですよね。昼間にあれだけ騒いだら悠くんも起きるよ。ゼロ距離だった私たちの間にグリグリと入り込んで私に抱きついてくる悠くん。



「さ、実弥さん」
「……」

実弥さんは黙ってしまったけれど、すぐにこちらに体を寄せて、悠くんごと私まで抱き込んで横になる。悠くんは遊んでもらってると思ってるのか、きゃきゃっと楽しそうに声を出していた。
実弥さんは悠くんを見て笑って頭を撫でる。やっぱり、悠くん大好きだな。私もつられて笑ってしまう。すると、おでこにあたたかくて柔らかい感触。



「えっ」

「お前は夜まで体力残しておけよ」
「……はい」


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