ぼくのもの

「あ、時透くん。こんにちは」
「………」
「どこかお体の具合でも?」
「…傷」
「大変、傷でしたか。それならこちらへ」


ここは極少数の方しか知らない鬼殺隊所属の医務室。
医務室なのだから誰でも使えるようにすればいいと思われると思います。私も出来るのなら、そうしたい。けれど、それは私の体質のせいで許されない。



「すみません。少し、失礼しますね」
「そういうのいいから、早くして」
「…失礼します」


自分の腕に爪を宛がう。尖った爪は簡単に肉を切り裂き赤い血が滴る。垂れてくる血をすくい彼の深く傷ついている脇腹に塗り込む。
傷口はゆっくりと新しい肉が盛り上がって裂けていた皮膚もどんどんと繋がっていく。

これは血鬼術、鬼が使える不思議な力。

私が公に医療行為が出来ないのは私が彼らと対立している存在である鬼だからだ。




「君、血は飲んだの?」
「いいえ、まだ平気なので」
「まだ平気って、正気が保てなくなったらどうするつもり?ほら、今飲んでおきなよ」
「ーーっ」


そういって、刀を抜いて自分の腕に傷をつけて、血が落ちる前に彼女の口に押し付ける。



お館様は鬼を飼っている。

なまえという鬼は人を襲わない。炭治郎の妹が現れる前からここにいる。なまえの血鬼術は傷を治す力がある。彼女の血を傷口に塗るとその傷はきれいに治ってしまうのだ。

そして、鬼であるかぎり食事は必要になってくる。治療に来た隊士から血をもらって、正気を保っているのだ。しかし、この鬼はなかなか血を飲もうとしない。だから、こうでもしないとまた死にかけるのだ。



「お館様にまた迷惑をかけるつもり?」
「……すみません」
「君、最後に誰の血を飲んだの?」
「……」
「ねえ」
「…時透くんです」


ほらね。僕が前にここに来たのは何ヵ月も前だ。それからずっと血を飲んでいなかったのにまだ平気?そんなわけないだろ。


「何ヵ月か前に来たときも同じことを言ったよね?」
「……時透くんに気にしてもらう必要はないです」
「ダメだよ。僕はお館様に君の事を頼まれているんだ」


僕が拾ってお館様のところに連れていったから。それから、僕に気にして欲しいって言われたから。いろいろと忘れてしまっていた僕は何度か彼女の事を忘れてしまって、血を飲まなかった彼女は死にかけた事がある。

たまたま、お館様が様子はどうだい?と聞いてくれなければ、あのままこの鬼は死んでたんじゃないのかな?

あまり、よく覚えてないけれど、初めて会った時も彼女は死にかけていたと思う。


「死にたくなったら僕が首を切ってあげるから」
「…ええ、お願いします」





私はもともと、医学を学んでいた。けれど、何年か前に病気にかかり寝たきりの生活を強いられるようになったのだ。
夜、人目を盗んで庭まで月を見に行ってしまったのが行けなかった。


「可哀想に」
「!?」

足音も何もしなかった。白い帽子を被りスーツと言われる洋服を身につけている男が、月明かりに照らされて佇んでいる。庭は塀で囲まれているのに、どうやって入ってきたのか。
狼狽える私に近づいてきた男は私の手を取り、爪を食い込ませてきた。


「っう!!いったい!!」
「今にも死にそうな白い肌。その内良くなってくるだろう…しかし、日の光に当たってはいけないよ?君は跡形もなく消えてしまうからね」

体が、体の中に何かが入ってくる。隅々まで這いずられているような感覚が止まらない。それに、お腹が減る。お肉が食べたい。鉄の臭いのする赤々とした肉が。


「姉ちゃん?」
「ーーっ?!」
「ひっ!!」

お腹が減った。柔らかそうな健康的な肌に噛みつきたい。

ま、って……私は今、なんて…?

やだ。やだ…絶対、人を食べるなんて、したくない。大事な、私の弟は豹変した私を見て転んだせいか足から血を流していた。そこから目が話せない。ヨダレが止まらない。思考がどんどんなくなっていく。歯を噛み締めて何とか、意識を留めようとする…弟は私に近づいて来ようとしたから家を飛び出した。人を、救おうと学んできた私は今、人を傷つけ殺そうとしてる…?嫌だ。こんな……。

家を飛び出してから向かったのは山の中。こんな、月明かりにしかない場所、普段なら暗くて走ることなんて出来ないけれど、今は鮮明に景色が見える。しかも、病弱だった私の体は今、いくら走っても足が、肺が疲れる事を忘れてしまっていた。洞窟を見つけてからは、そこで何日かわからないが籠っていた。唇はかさついて意識もはっきりとしない。




「辛そうだね」
「………血の、臭い…」
「怪我をしたから。君、鬼?」


鬼…?突然やって来た子。弟と、同じくらいの歳だ。女の子かな、でも、声が男の子だ。
体に纏わりついている甘い鉄の臭い。美味しそう。でも、この臭いがする時は、誰かが怪我をしてるって事だ。



「…………血…」
「欲しいの?」
「な…て……」
「ん?」

「…な、おして、あげたか、ったなぁ……」

「……」

私はこのまま死ぬ。それがいい。人を救いたかったのに全く逆の事を考えてしまうなら、このままいなくなってしまうのが人の為…。



「……」
「……変な鬼」

そこからは良く覚えてないけれど、たしかお館様から鎹烏が飛んできて気絶した彼女を連れて帰ったような…。




「時透くん、あんまり無茶はしないで下さいね」
「…君の方が無理をしている様にみえるけど」
「私は鬼ですから」

倒れたり、無理をした時に必ずいう言い訳。これを言うときなまえは絶対に目を合わせない。その姿をみると何故か嘘を言っている時の兄の姿を思い出す。


「なまえ」
「何ですか?」
「君は確かに鬼だけど、心の中は鬼じゃないよ」
「!」


じゃなきゃ、血鬼術が鬼に必要ない傷の回復なんて能力にならない。自分より相手を優先してしまう。人でも難しい事をこの鬼はやってのけているのだ。

片手で顔を覆って涙を流している彼女の手を握る。



「ねえ、もっと君を知りたい」
「時透、くん」
「だから、勝手に死んだりしないでね」
「……善処、します…」


だから僕以外に彼女を殺させたりはしない。




- 16 -