ねつのせい



朦朧とする意識の中、最後に見たのは左右色の違う鋭い瞳。重くなっていく体はきっと地面にたたきつけられるのだろう。次、起きた時にはきっと右肩が痛いんだろうな。

そこで私の意識は途切れた。




暖かくて、ふかふかしてる。お日様の匂いがする枕に重い頭を埋める。



「おい」
「…ん…ふぅ……」
「おい。俺はお前と違って柱だからな。いそがしいんだ。お前に費やしている時間はない。熱ごときで伏せてるんじゃない。さっさと応えろ」
「……伊黒さん…恋人に対して冷たく、ないですか…?」

顔は枕に埋めたまま、私に話しかけてきた人物に返事をする。視線は向けなくても、独特の話し方でわかる。彼は伊黒小芭内。私の恋人に当たる人物だ。



「ふん。それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫だな。喉もやられてるんだろう。声がくぐもっていて聞きづらい。第一、任務が始まる前に自分の体調は整えておけ。それとお前自身、報告が足りないと言うことが今回でわかっただろう。俺に手間をとらせるな」


なまえは未だに顔を上げないまま、伊黒のお小言をひたすらに黙って聞いていた。いつもの調子なら、そろそろ何かしら言い返す頃だが、ピクリとも動かない。
さすがの伊黒も様子がおかしいと思い、肩を掴もうとしたが、なまえの声によりその手は宙で固まる事になる。



「…………ぅっす…」
「……………な、、、わ、わかったなら寝ろ!俺はやらなければならない事がある。柱だからな」


伊黒は戸惑っていた。いつもなら、伊黒の気持ちを読み取って返事をしてくるなまえ。だから、今回も伊黒はこいつなら笑って「心配してくれてありがとう」と言葉を返してくると思っていた。
しかし、実際に帰ってきた声は弱々しく、顔を見なくても涙を流しているのがわかる。本人は枕をぎゅっと掴んで隠しているつもりだが。

一旦、時間をおこう。そうしなければきっと自分はもっと目の前の恋人に、涙を流させる事になる。そう思い席を立とうとした。しかし、控えめに捕まれた袖口に足止めされる。




「………い、いって、らっしゃい…」
「……言動に矛盾がある。その言葉を使うなら手を離せ」
「…………」


そして、なまえも不思議な感覚に戸惑っていた。早く言えば熱のせいなのだが、寝起きより覚醒してきた筈なのに朦朧としてくる意識。意味もわからず不安になってくる自分自身に対応しきれないでいたのだ。

伊黒が忙しいのも知ってる。知っているからこそ、今回の失態で彼に手間をとらせてしまっている。その罪悪感は大きい。なのに、側にいてほしいと今も我が儘を言おうとしている。



「…い、伊黒さん………いつお戻りになりますか…?」
「やることが終わったらだ」
「…伊黒さん」
「なんだ。何度も…」

「…っは、早く……ごめん、なさい…早く帰ってきて欲しくて……」

「……………」


伊黒の口からはいつものネチネチとした言葉は出てこなかった。むしろ、声すら出すことができなかった。
こんなに弱々しく、我が儘を言うなまえを初めて見たからだ。しかも、こんな泣きながらなんて…伊黒には手が負えない。

今のなまえはいつも以上に自分の心を掻き乱してくる。やらなければいけない仕事も実は後で出来る書類整理などだ。逃げる口実にしたが、果たして、このなまえを置いて行っていいのか。もし、自分以外が来てこのなまえを見られる、そんなことは許せそうにない。

袖から離そうとしていたなまえの手を右手で掴む。



「いぐろ、さん…?」
「…早く、寝ろ」

布団の横に胡座をかき、なまえの首もとに左手を当てるとなまえの熱が伝わってくる。思っていた以上に伝わってくる熱に少し目を瞬かせると、辛いだろうなと、小さな声で呟く。



「いぐろさんが、おそばにいてくれるので、しあわせ、です…へへ」
「…いつも以上に締まりのない顔だな」


自分の手に左手を添えてすり寄ってくるなまえ。伊黒は自分の体が勝手に動いていくのを感じていた。しかし、それに抵抗する気はなく、口元の包帯を少しずらしてなまえの額に唇を寄せる。
元々赤かったなまえの顔は耳まで赤くなり、目を見開いてこちらを見ていたかと思うと布団で顔を隠してしまうが、瞳には涙が集まっているのが見える。



「ね、ねつが、あがってしまいます……」
「そうだな。早く治せ」


続きは治ってからだ。という言葉になまえの熱が更にあがってしまったのを、伊黒は鼻をならし満足していた。


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