不器用なあいさつ





「あらま、お兄ではありませんか?」
「……なまえか?」



山で会った少女は俺と同じ顔をしていた。

出掛け先からの帰り道、近道の為に山を越えて帰ろうと歩いていたところに突然、小柄の女が降ってきた。何かいるなとは思っていたがまさか女が降ってくるとは思わなかった俺はつい、そいつを凝視していまった。



「こんなところでお散歩ですか?」
「お前こそ、何してんだよ」


厳しい父に忍として育てられた俺たち。兄弟もそのせいで何人死んだことか。人を人として思わない親父の考えについていけず、俺は親父の元を去った。生き残っていた弟は父親の写しの様に育ち、妹のなまえは何をされても笑っていてよくわからない奴だった。だが、親父には従順だったのは覚えている。



「今時の娘らしくお買い物帰りです」
「はっ、親父の操り人形だったお前がか?」
「…そうですか。お兄も騙せていたなんて、私は役者になれるかもしれませんね」
「あ?」
「本当にあいつを慕っていた様に見えたんですか?あはは、まさか。技だけ習得すればもう私があそこにいる用はありませんので、出てきたんですよ」
「……」


これすらも演技の可能性がある。しかし、本当ならその考えがもう親父に感化されている。使えるものは使って用済になれば捨てる。それが物であっても人であっても。



「ところで、お兄」
「なんだよ」
「その腕と目、どうなさったんですか?」

自分の顔に指を指し、俺の欠損した部分を指摘する。表情は相変わらず笑ったまま。なんだかその表情が見透かされているようでどうにもいい気になれない。



「あー…ケンカだケンカ」
「嘘つかないで下さいます?化け物にでもやられたんでしょ。あんなに優秀だったお兄が、人になんてやられるわけないじゃないですか…」
「鬼の事も知ってんのかよ」


足を進め近づいてきたなまえは何の躊躇いもなく俺の左腕を持ち上げた。手首から先がない俺の腕をゆっくりと擦って見つめている。その顔はもしかしたら初めて見る表情だったかもしれない。


「頭を撫でてくれる、お兄の手……好きだったのにな」
「……………」
「何ですか?あまり見ないで欲しいのですが」
「いや、珍しいなと思ってな。いつも地味にへらへらしてたお前がそんな顔をするなんてな」
「そうですかね」


それより、そろそろ日が暮れますね。と話を変えられるが確かに、日が山の麓に隠れようとしていた。ああ、今日のうちに帰れっと思ったのにな。



「この先に泊めてくださるお家があるんです。お花の紋のお家なんですが」
「…お前、どこまで知ってんだよ」
「さて、何の事でしょうか」


こいつの事を知らない奴なら首を傾げる姿に頬を染めてただろうな。
こいつは鬼の事も藤の紋の家の事も鬼殺隊の事も知っている。知った上で知らない振りをしているのだ。どうしてそんな演技をしてるか知らねぇが全くよくわからない奴だ。



「さあ、家を出ていってからのお兄の活躍っぷりを聞かせてくださいまし」


結局、今日は泊まる事になったんだが何でこいつと同じ部屋…。



「俺は嫁がいるから別の部屋にしろよ」
「いいじゃないですか、兄妹ですし。お嫁さんいるんですね!顔はいいけれどお兄とくっつくなんてどんなお方ですか?」
「ケンカ売ってんのか?」

まあ、こいつがこんなに話すのなんて珍しいからな。少しくらい話してやるか。


「まず1人目だな。美人で体つきもいい。派手に飯が上手い」
「…?」
「次はそうだな、美人で体つきもいい。派手に可愛げがある」
「ちょ…」
「もう1人も美人だ。体つきが良くて派手に元気だな!」

「待って、同一人物ですよね?美人で体つきがいい?」
「いや、嫁は派手なのが3人いる」
「は?」

今日だけでこんなにこいつの珍しい表情が見れるなんてな。でも、何処と無く怒ってんな。何でだ。

やっと笑顔のお面がとれたかと思うと目をひきつらせて眉間に皺を寄せているなまえ。何処かで見た顔だな…そうか、善逸もこんな顔をしてたな。こんな顔をした後、でけぇ声出して……



「3人?!嫁、3人!?嫁、いるって聞いてたけど、3人ってどういう事!?」
「今日は本当に珍しいな。お前がそんなに声を荒らげるなんて。つか、聞いてたってどういう事だよ」


口を開けて驚いているなまえに質問を投げ掛けるとビクッと体を固めて歪な笑顔をこちらに向ける。



「もう言っちゃいますが、私は隠として鬼殺隊に所属してるんです」
「まっ?!」

日は浅いですが、と言って懐から取り出したものを頭に被る。確かに、見たことのある被りだ。



「宇髄天元が柱を辞めると話を聞いて来たんですが、目も腕もとられてしまったなんて」
「………」
「…何ですか?」

何だか、見たことのある光景だと。なまえが鬼殺隊に所属していた事に驚いてはいる。しかし、それよりもこの光景を自分はいつ見たのかと頭ん中を引っ掻き回すことに夢中になっていた。

ああ、あん頃の時か。



「お前、変わんねぇな」
「いきなりですね」


まだ、親父のところにいる時。俺が任務から帰ってくると家から少し離れたところでなまえはいつも待っていた。怪我をして帰ればまたですかと手当てをしてくれて、無傷で帰れば遅いと愚痴をこぼし先に歩いて行ってしまう。
だが、俺が笑ってあいつにいつものように声をかけると不器用に笑うんだよ。



「派手に帰ってきたぜ」
「そうですか」


ほら、派手に不器用だろ?



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