つよいひと






鬼殺隊の隊士なら、誰かしらは鬼から助けた娘に想いを寄せられるという経験をしたことがあるのではないか。
柱であるなら尚更、助けてきた数が違う。



「杏寿郎さん!」
「よもや…君はどこから湧いて出てくるんだ…」


かくいう私もその1人であり、思いを寄せる方だ。私が思いを寄せているのは煉獄杏寿郎さん。
家を鬼に襲われ、身よりのない私を引き取って下さった鬼狩り様。



「杏寿郎さん、刀の稽古をつけてくださいませんか?」
「うむ、君は女子なのだからもう少し…」
「大好きな杏寿郎さんに教えて頂けるのがとても幸せなんです!それに、見込みがあると教えて下さったのは杏寿郎さんですよ?」


はじめの頃は家事をする合間に竹刀を持って手合わせをして貰う程度でしたが、今では手合わせの合間に家事をするくらいに、稽古が好きになりましたし刀を覚えました。
たまに一本とれる!と思うときもあるくらいです。まあ、相手はあの鬼殺隊の柱である杏寿郎さんなので毎回負けて終わってしまうのですが。



「う、うむ…そうか…」
「…はい!稽古をしているとどんどん杏寿郎さんの事がわかってくるような気がして、杏寿郎さんの事がもっと知りたいんです」
「……そうか」
「……あの、ダメですか?」


いや、ダメではない。と言って稽古場に着いてくるように言う杏寿郎さんはこちらを見なかった。片手で口元を覆って、視線は明らかに私から反れていた。

いつも、そうなのだ。私が彼への思いを口にした時は、いつも目線が余計に合わなくなる。

鋭い彼の事だから、私の好意には気がついているはず。それに気がつかない振りをしているのだから、そういうことなんだ。それでも諦めがつかない私は往生際が悪いなと。





「君、他に身よりはあるのか?」
「いえ、私の両親は駆け落ちした身なので」
「なるほど!だからこんな辺鄙なところに家があるわけだ!」


彼女の最初の印象は凛としている女性だなと。たった数刻前まで生きていた両親が鬼に殺されたと言うのにこの落ち着きようだ。

たまたま、任務の帰りに入った山で雨宿りの為に見つけた民家。少しの間だけでもと家へ近づきハッと気がつく。血の臭いと鬼の気配を。
直ぐ様、刀を抜き民家へ飛び入るとそこには殺された男女が倒れ、口元を赤く染めた鬼と刀を握る女がいた。


「なんだ。まだ居やがったのか」
「うむ!そこの二人を殺したのはお前だな!」
「ああそうだ!こいつを食うのに邪魔だったからな!」
「そうか!なら、罪を受け入れろ!」

鬼の返事は聞かず一瞬で間合いを詰め鬼の首をはねる。短くぎゃっと鳴いた鬼は直ぐ様、塵になり跡形もなく消えていった。



「君、怪我はないか?」
「…はい。怪我はないです。両親が守ってくれたので」
「そうか」


他に行く宛てがあるか聞けば、ないと答える彼女。困ったな。ここの鬼を倒したとしても、また違う鬼がやって来るのは時間の問題だ。しかも、こんな女子1人で。

それに、1つ気になる事があった。



「一先ず、俺の家にくればいい。俺の家は父と弟の三人暮らしだが、家は広いんでな!」
「ありがとうございます。見ず知らずの女にここまでして頂いて…二人の埋葬だけはしたいのでお時間を頂けないかと」
「構わない!俺も手伝おう!」


雨が止んで、朝になってから綺麗にした彼女の両親を埋葬する。
夜が明けるまで一切、嘆いたり涙を流したりをしなかった彼女。夜の間に話をして分かったことがある。



「君の持っていた刀は刀身が赤かったな」
「…父の刀なんです。父は名家の出身で代々、刀を振るう仕事をしていました」
「なるほど」
「しかし、母に出会った父は名家を捨て、母と駆け落ちをしました。その時に使っていた刀を持ってきたと言ってました」


彼女の家系は恐らく鬼殺隊であること。彼女の持つ刀が赤く輝いていた事から、彼女の父は炎の呼吸の使い手であったということ。それに、彼女は鬼の存在をしらなかった。

俺の家に行く際も淡々と後ろに着いてきて、家に着いてからは父に、女なんぞ連れ帰ってどういうつもりだ。と俺が声を荒らげられた時にも彼女は静かにすみません。と謝って頭を深く下げていた。
父にとりあえず、身寄りが見つかるまでの間だけだと説明をするが、父は納得いかないように鼻を鳴らして部屋へと戻っていく。



「すまない。部屋を案内しよう」
「いいえ、ありがとうございます」


部屋に案内して、少し休む様にと、後で食事を持ってくる事を伝えるとまた頭を下げてお礼を言う彼女。
若い女性はこうまで強いものだろうか?
食事の準備している間に彼女の態度について考えていた。鬼から助け親しい人をなくした人は皆、腰を曲げ肩を落とし下を向く人ばかりだった。だが、彼女は違った。彼女は刀を持ち、鬼に立ち向かう姿も助かった今でも背筋をピンと伸ばし前を見据えていた。しかし、どうにも感情が読み取れない。

だからなのか。俺は真っ直ぐに伸びている背中を向け窓の外を見ている彼女に無意識で声をかけていた。



「大丈夫か?」
「………はい、だいじょうぶ、です…大丈夫」
「それは、大丈夫とは言わないな」

こちらを向いた彼女は、驚いた顔をしていたがだんだんと歪んでいき、瞳には涙がこぼれそうになっていた。
ゆっくりと食事を置き、彼女の肩に手をおく。




「すまない。あまりにも凛と立つものだから大丈夫だと思ってしまった。しかし、大丈夫なわけなかったな。今は存分に泣くといい。それから前を向いて歩いていけばいい」
「…ぅ、わ……私は1人に、なってしまったので…つ、強く在らねばならない、だからっ…」

「大丈夫だ!俺がいる!」
「……へ…?」
「ん?」

気がついたらそんな言葉が出ていて、彼女は不思議そうにこちらを見ていた。よもや、自分も何故、そう言ってしまったのかがわからない。


「だから、君はゆっくりと前を向けるようになればいい」
「……はい、ありがとうございます」
「うむ!いい笑顔だ!」


これが彼女との出会いだったのだが、今では我が家の家事を全てこなし、刀の鍛練もするようになった。刀の腕は父親譲りなのか、たまの隙を見逃さず突かれそうになる程だ。


「私は大好きな杏寿郎さんからご指導頂けて幸せ者です」
「…そう、か」

そして、最近の悩みはこれだ。会話の所々に見え隠れしている…いや、もう隠す気すらない彼女からの好意。

始めは、鬼から助けてもらったという敬意か何かだと思っていたが、いや、違うと気がついた時には遅かった。
生きる事を諦めず、前を向いて歩いていこうとする姿にだんだんと惹かれていく自分がいたのだ。正直に言おう……可愛い。俺に向けてくれる笑顔に可愛らしい言葉、俺は対処しきれないでいた。よもやこんな事に自分がなるとは思いもよらなかった。

しかし、彼女は一般人。鬼狩りの男と結婚するよりは普通の男性と普通の暮らしをして欲しいのだ。



「…杏寿郎さん、ごめんなさい。やっぱり迷惑ですよね。いつまでも居候して…」
「いや、それに関しては構わない!」
「私の好意については迷惑ですよね…」
「っぬ…いや…」
「わかってはいたんです。私が好意の言葉を使う度に迷惑をかけてしまっていると、不快な気分にさせてすみません」
「いや、いや!それは違う!」
「でも、いつも顔を背けてらしたじゃないですか」


なんと…だらしなく上がってしまう口角を隠したかったのだが、そう、思われてしまっていたのか。



「不快だと思ったことは一度もない!君には普通の暮らしをしてもらいたい。それにはやはり普通の男性と結ばれるのが一番幸せだろう」
「…………………はい?」


稽古場で向かい合わせに座っていたなまえはゆっくりと立ち上がって俺の直ぐ目の前に立つ。そして、ビタンッと耳元で肌と肌が打ち合う音がした。その次に頬に走る鋭い痛みと柔らかく小さな手の感触。



「貴方、何を聞いていたんですか?私が何の為に毎日毎日毎日、あの言葉を使っていたと思っていらっしゃるんですか?」
「あの言葉?」

「大好きな杏寿郎さんといられる事が幸せ。これが私の最上級の幸せなんです。勝手に私の幸せを決めつけないで下さい」


ああ、やっぱり君は凛としているな。


「……俺もなまえと共に生きていけたら、幸せだろうな」
「ーーっ」


ほろっと思ったことが勝手に口から溢れてしまっていた。それに気がついたのは、目の前の彼女の顔が赤い果実のように染まったのを見た瞬間だった。



「すまない!これでは余りに格好がつかないな!」
「……いいえ、杏寿郎さん。もう、お互いに言ってしまったのならいいですよね?私を受け入れて下さいますか?」

「ああ、俺と共に歩んでくれ」



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