ひどい人


「俺はいついなくなるかわからないからな。だから、君には毎日言葉を残すんだ」

あの人が言ったその言葉が頭から離れることはなかった。いつか、そんな日が来る気がしてたから。
鬼のいる汽車に乗ると言っていた。その汽車の乗客は全員無事に帰ってきたとの事。かえって来なかったのは、杏寿郎さんだけだった。


「いつかがこんな早く来るなんて思わなかったなぁ」
「なまえさん…」
「千寿郎くん、君のお兄さんは立派な人だった、ううん。立派な人だよ」

千寿郎くんだってつらいのに、私ばかりが泣いていていいわけがない。杏寿郎さんだって、ああ、なんでだろ。私の中にいる杏寿郎さんはすまないなって言って困ったように笑うばかりだ。そんな彼を見ると、どうしても涙が出てきてしまうのだ。


「ごめんね、千寿郎くん。大丈夫だから、ちょっとだけ、休ませて」
「ええ、ゆっくり休んでください」
「ありがとう」

本当なら今すぐにでも彼のもとへ行きたい。そんなことしたらきっと彼は怒るんだろうな。それに、今は私だけの命ではなくなってしまったのだ。


「杏寿郎さん、今でもお慕い申しております」

彼の羽織を握りしめて涙をこらえていると、外からお義父様の声が聞こえた。また、鬼殺隊の方がいらしたのだろうか。
それから、すごい音がしたので、お外まで見に行くと、気絶しているお義父様と、その上に倒れこんでいる鬼殺隊の方がいた。千寿郎くんは口の端を切っていた。
どういうこと?


「すみません…」
「顔を上げてください。元柱のお義父様に頭突きを入れられるとはなかなか、杏寿郎さんが亡くなってから初めて笑ってしまいましたよ」

竈門くんは申し訳なさそうにしているが私も千寿郎くんもすっきりした気持ちである。あの人に平手打ちするのは難しそうだったので。

それから竈門くんは杏寿郎さんの最期を教えてくれた。


「なまえさんにも煉獄さんから言葉を預かっているんです」
「私にも?」
「はい」

毎日、言葉を残すんだって言っていたのに…。


「俺の分まで生きてくれ。愛してる。と…」
「……は、あ…あの人…ごめんなさい。少し席を外します」
「あ、あの」
「竈門くん、ありがとう」

部屋を出て、自分の部屋へ向かう。その間も私の目からは涙か止まらない。ああ、あの人はなんて、


「ひどい人だなぁ」

口から出た言葉と私の表情はきっとあっていない。涙をこぼしながらも、眉を下げながらも、頬が緩んでしまっているのだから。

あなたを追いかけることも許してくれないなんて。それに、わかってたのかな。私のおなかにあなたの子供がいるって。意外といたずらをしてくるあの人を驚かそうと帰ってきてから伝えようと思ってたけど、わかっていたのかもしれない。

部屋に行く途中にお酒を買いに行っていたお義父様が戻ったところに出くわす。私の顔を見るとまた、眉にしわを寄せて口を開く。


「お前も、だから言っただろう!あいつと夫婦になっても幸せにはなれないと!!」

いつも、難しいお顔をしているお義父様。いつもは笑ってなだめていますが、今日は言わせて頂きます。


「いいえ、お義父様。私は幸せです」
「そんな顔をしてどこが幸せだっていうんだ!」
「あの人の子を授かりました。これ以上の幸せはありません」
「杏寿郎の…子を?」
「許可は頂かなくとも産みます。絶対に」
「……」

「その時は、1番に抱いてくださいね。お義父さん」

黙ってしまったお義父さまに部屋へ戻りますと伝え通り過ぎると、後ろを向いたまま声をかけられる。


「…体は冷やすなよ」
「…はい。お義父さんもお酒はほどほどにしてください」

杏寿郎さん。杏寿郎さん。
暫く先にはなりそうですが、きっとこの子を立派に育てて、あなたのところいくのでその時には沢山ほめてくださいね。


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