03


(side アルバ)

「なら、」

俺の説明を一通り聞き終えたノエが、爽やかな笑顔で何か言おうとしている。
い、嫌な予感。

「なら、俺が後ろ盾になるよ。だからアルバ、お前は心置きなく格上をやっちゃってくれ!」

そ、そう来たか――!

ノエは悪巧みをするガキのようないたずらっぽい笑みを浮かべて続ける。
「エトワール家は同格の家こそあれ、格で負ける家はそれこそ王族くらいだって聞いてる。なら俺がお前に命令した、ってことにすればお前が誰をこてんぱんにしようと誰も文句言えないんじゃない?」

自分の頬が引きつったのが分かった。
このノエという編入生、頭がいいのも強いのもカッコイイのも分かるが、なにより……豪快というか、無鉄砲というか。
気付かないうちにペースに乗せられていてちょっと腹立つくらいだ。

そして何より腹が立つのは、

今まで貴族社会なんぞクソ喰らえと思っていた筈だったのに、いつの間にか染まりつつあった自分に対して、だ。

――くそ、面白いじゃねえか!

毒を喰らわば皿まで。
平凡な底辺生活を捨てちまった以上、とことんまで波に乗らなきゃ損ってものだ。

逡巡は、一瞬。
俺は片頬を上げ、ノエの肩に手を置いた。そして、

「なあるほど?お前、面白いこと考えんじゃねえか。完全実力主義のエトワール派閥を作ろうってか。いいぜ、協力してやる」

了承の意を示したのだった。ノエもにやあ、と笑って応じる。
「そう来なくっちゃ!」

「ま、前途多難だけどな。こんだけ苦労させられるんだ、成人して政界進出したらお前の右腕にしてもらうくらいじゃないと割に合わねえなあ?」
そう軽口を叩いてみる。
すると、思いもよらない答えが返ってきた。

「あー、どうだろう。それはどうなるかわからないな」
今まで子供みたいにきらきらしていた黒曜の瞳からすっと輝きが消えて、
「……ノエ?」
俺ではない、どこか遠いところを見ているような視線で、穏やかに言った。
「……うん。できればそうしてやりたいけど。俺、いつまでエトワールの養子でいるか分かんないからさ。」

「……どういうことだ?」
思わず問うた俺の言葉には曖昧に笑うだけ。

「うん、俺の右腕になるかは分からないけど、養父に口添えはしておくし。な、一緒に学園で馬鹿騒ぎしようぜ。」

「ああ、……うん、やろう」
半ば呆然としつつ了承すれば、ノエの瞳に光が戻りにかっと笑った。
「ありがとな!……あ、寮、着いたな!」

まだ突然の雰囲気の変化に置いてけぼりな俺は寮に向けて歩みを進めるノエの背を見送った。
去り際に、

「あ、俺708号室なんだ。アルバ、良かったら遊びに来いよ」
ノエは振り返り、微かに首を傾げて言った。
「あ、ああ、俺は512だ。こっちもいつでも来ていい」
「ありがと!」

荷物を背負って歩むノエの背を見送りながら、俺はこの不思議な編入生について思いを馳せた。

何か、誰にも言えないものを抱えているのだろうか。
平民から有力貴族に養子として取られたのも、なにか深い事情が?

考えたところでどうにもならないのだけど。
『いつまで養子でいるか分かんないから』
そう言った彼の悟りきったような表情が、なぜだか心に引っかかってどうしようもなかった。

(side アルバ 終)


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