05


――扉を開けた先はホテルのスイートルームであった。

キッチン、リビング、ダイニング、浴室、手洗い。
それぞれの部屋に必要な家具・調度品がきちんと揃えられている。
リビングを抜けた奥には2つの扉があって、この先がそれぞれの個室なのだろうと想像できた。

「……あほらしいくらい広いな」
俺は本日何度目かの溜息をついた。
まあ、何はともあれ今日から同室になる生徒に挨拶せねば始まらない。
奥の個室のドアを観察すれば、向かって左側の扉に名札がかかっていることが分かった。

『リール=スレイ』

これが同室者の名であるらしい。
ということは、向かって右の部屋が俺の部屋になるということか。

綺麗な扉についているノッカーを鳴らして反応を待つ。

「……はい」
ややあって返事があり、扉がそろりと開いた。

身長は俺より少し低い。
アッシュがかかった茶色のストレート。
前髪を長く伸ばしているため瞳の色は窺えないが、少し上目遣いの目線が俺を慎重に観察し、警戒しているのが分かった。

「はじめまして、ノエ=エトワールです。今日から同室になるんだ、これからよろしく」
表情を和らげて軽くお辞儀をすれば、同室者は少し警戒を和らげて答えた。

「……ああ、リール=スレイ、です。あまり人付き合いは得意ではないけど、分からないことがあったら、聞いて」
低く抑えたような穏やかな声だ。本人の申告通り人と話すのはあまり得意ではないのか、一言一言区切るように確認するような話し方だった。

俺は少々驚いた。アルバのような慇懃無礼を想定していたからだ。……もしかしたら、スレイ家というのはエトワール家に近いのだろうか。
……こういうのは後になればなるほど聞きにくいだろうから今のうちに確認しておこう。

「あ…じゃあ早速ひとつ、いいかな」
「…なにかな」

「俺、貴族事情に詳しくないんだが、スレイ家というのはエトワール家に近い格なのか?学舎の案内をしてくれた奴は実家の格が低いからって言ってめちゃくちゃ慇懃無礼に接してきたもんで、驚いた」
俺の問いにリールは少し考えるような素振りを見せて、逆に質問を返してきた。

「……敬語の方が、良かったか?」
「いやいや!とんでもない!敬語オブ敬語で話されたらどうやって説得しようか考えていたくらいだ。楽で助かる」

思わず慌てる。敬語にされたら困ってしまう!俺の食い気味の否定にリールはくすっと笑った。
微かに笑いを含んだ声で説明してくれる。

「…ええとね、家同士の格でいえば、おれの家が少し低いくらい、だと思う。ただ、おれの家はすこし特殊だし、なによりおれが敬語、得意じゃないから」
「……特殊?」

「うん、おれの家、技術屋の名門なんだ。技術系の家ではスレイ家より格上はいないから、事実上、うちがトップなんだ」
ふむ、学科によっても力関係があるらしい。これも新たな収穫である。


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