02


――連れていかれたそこは、何を隠そう、奴隷小屋だったのである。

12のガキにしては頭が回る部類であった俺は、ここでようやくパニックから脱した。
そしてパニックの代わりに襲ってきたのはどうしようもない現実であった。

”あ、俺、ここで死ぬんだ”

……いや、まあ結論から言えば幸運にも死なずに済んだのだが…
当時の俺が現実的に”奴隷”という立場について、そして言葉がサッパリ通じない現状について考えた時、「この状況、何かしないと絶対死ぬ。何かしようとしても多分死ぬ」――この結論が弾きだされた。

この直観は今でも間違っていなかったと確信している。
今俺がこうして生き永らえているのは「何かしようとした結果、俺が思ってもいなかった何かが起きたから」といえるからだ。「何か」が起きていなければ。或いは起きるのがもう1ヶ月遅ければ。俺は今頃天国にいたに違いない。
その部分を掻い摘んで説明しよう。




奴隷小屋に引っ立てられて俺が絶望の淵に立っていることなど”保護者”は気にも留めず。俺は現代の服や持ち物を引っぺがされた上で、ちくちくして動きにくいぼろの服に着替えさせられた。
そして比喩が思いつかないほどに不味い食事を1日2回与えられて、ひたすらに鞭打たれて働かされる。

この食事の不味さはもう、天元突破としか言いようがなかった。
ウチのマリコ(飼い猫。6歳メス)の方がまだ良いもん食ってる!

死んだ方がまだ楽なのではないかと思うような苦行の中で俺は必死に考えた。
何かしなければ。まず、何を?

――言語だ。何を知るにもまず言葉が通じなきゃどうにもならない。

幸いにして奴隷仲間の男たちは皆良い人ばかりだった。
この地獄の中で唯一の救い、光明に思えたものである。
30代中ごろの年の男たちは息子くらいの年の俺を、言葉の通じない俺を彼らなりに可愛がってくれた。

俺の黒髪にちなんで、この世界の言葉で「黒」を意味する「ノエ」という呼び名を与えて。
(この世界では純粋な黒髪はかなり珍しいそうだ)
奴隷という身分の都合上文字こそ分からないものの、身振り手振りや絵で少しずつ言葉を教えてくれた。
俺も必死だったから、2ヶ月で片言程度に会話ができるようになった。
この時ほど自分の地頭の良さに感謝したことはない。




2ヶ月。
俺がゼロの状態から片言程度まで上達するのにかかった時間。
これを早いと思うか遅いと思うかは判断が分かれるところだろう。

しかし、少なくとも俺にとっては遅すぎた。
日々の重労働に加えて言葉の練習。これを2か月間続けたガキの俺の体は、自分で思っていたよりも早く限界を迎えることになる。

”奴隷”というモノは、基本的に使い捨てだ。
仮に奴隷一匹が足の骨を折ったとしても使用者は手当などしない。
手当をするコストよりも、新しい奴隷を持ってくるコストの方が安いからだ。
では、新しい奴隷を持ってきた後、骨折した古い方の奴隷はどうするのか?
――簡単だ。処分をする。
生かしておいても穀潰しになるだけだからだ。

つまり。奴隷にとっては捻挫ひとつが、軽い風邪ひとつが致命傷になりうるのである。

……そう、お察しの通り!
俺は、2ヶ月と1週間で風邪を引いた。

熱にうかされてうつらうつらしながら、俺は迫る終わりを感じていた。
俺、結構頑張ったよな?
ウルトラスーパールナティックエクストラハードモードな世界で、かなり頑張った方だよな?

どうすることもできずに目を伏せる奴隷仲間たち、そしてガキの奴隷1匹を処分するための道具を準備してきた”保護者”たち。彼らを横目で追いながら、俺はこの世界に落ちてから初めて泣いた。

――ああ、やっぱりまだ死にたくない!

ぎゅっと目を閉じれば、まなじりに浮かんでいた涙が零れ落ちる。
生きたい、と強く念じた瞬間に「何か」は起きた。

俺を中心として衝撃波のようなものが発生し、
処分用具を粉々に砕き、
その場の人間たちを吹き飛ばし、
壁を崩して渦巻いて、そして静かになる。

あとには何をやらかしたのか分からず呆然とする俺と、驚愕している仲間たち。
加えて顔を真っ青にして慌てふためく”保護者”たちがいた。

この世界における「貴族」たる資格、魔力の目覚めだった。


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