10
「体力は温存しなきゃあ。敵は回復を待ってくれないからね」
……なーんて偉そうに説教をかましている俺だけれど、実際のところ俺は本物の戦闘経験はない。当然だけど。
ただ、『体力を温存しなければ死ぬ』――これは実感として、実体験としてよくよく身に染みていた。
何を隠そう奴隷時代の経験からである。
体力はきちんと配分しなければばてる。
ばてたら最後、処分される。
あの時はなんで俺がこんな目に、と運命を呪っていたものだが、事ここに至ってはあの経験も役立ったといえよう。
そんなふうに感傷に浸っている俺に歩み寄ってくる人間がいた。振り向くとそこには、射るような金色の目で俺を見据えるイザーク軍科会長がいた。
「……ノエ=エトワール。お前は……」
イザーク会長は俺を見下ろしてこんな問いを発した。
「……お前は、俺に勝てるか?」
――何を聞くかと思えば。そんなの、答えは決まっている。俺は自信満々で答える。
「まさか!多分無理でしょう。イザーク先輩の実力のほどは存じませんけど、勝率にして5%あればいい方では?まぐれ当たりレベルでしょう」
「……ほう?」
イザーク会長の表情が少しだけ変わった。後方からエミル副会長が合いの手を入れる。
「その心はー?」
俺は真っ直ぐ会長の目を見て淀みなく言う。
「俺の手の内が知られてしまっている、というのもありますが……それ以前の問題です。絶対的な経験の差があります」
「……」
イザーク会長が黙っているので、俺はもう少し話を続けることにした。
「これは決して埋まらない差です。今の俺は、『体力配分をしておかないと死ぬ』と身をもって知っているだけの一般人です。そんな俺が2年間戦闘に特化した訓練を積んできたイザーク先輩に勝てるなんて、どんなに驕っていたって言えませんよ」
俺の言を無言で聞いていたイザーク会長はふーっと息をつくと、言った。
「……それが分かっているなら、俺から言うことは無い。驕り高ぶった人間はどれほど才に恵まれていようと要らない、と言うつもりだったが……」
上等な紙で書かれた契約書のようなものを渡しながら、イザーク会長は言葉を継いだ。
「ノエ=エトワール。軍科会長の名において、軍科への推薦状を渡す。答えはいつでも構わない。心が決まったならば、この推薦状に署名をして軍科棟まで持ってくるように」
「……えっ?あ、はぁ……」
俺がどう反応していいやら分からずにぼんやりしているうちに、イザーク会長はすいっと俺から目線を外し、手元の名簿らしき紙に目線を落として言った。
「……それと、アルバ=ダグラスだったか。ノエ=エトワールの立てた戦術を一瞬で見抜いたその観察眼は、高等部1年にしては評価に値する。今後、実戦面に関しても見させてもらおう。その結果いかんによってはアルバ=ダグラス、君にも推薦状を渡す意欲がある」
エミル副会長が「いやー今年は豊作だねえ」とか軽口を叩いて笑っている。
アルバは「お、俺ですかァ?!」と慌てていた。
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