02


「ノエくんに関しては種々様々な噂が飛び交ってるみたいだよね。俺もいくつか聞いたよ」
口元は弧を描いたまま。表情の読めない笑顔でエミル副会長は言った。
「そうみたいですね」
俺の相槌を受けて、彼は口元に手をやって訊ねる。

「そのうちのいくつかは根も葉もない噂かもしれないねー。でも火のないところに煙は立たないとも言うよねー。――貴族制度に真っ向から喧嘩を売ったって、ほんと?」

ふむ、やはりそこは気にされているか。
俺は言葉を選びつつ答える。
「捉え方によってはそう聞こえなくもない内容のことは言いましたね。始業式の日に」

探るような瞳が俺を刺す。
副会長はふんふんと頷くと、こう切り込んできた。

「――んーでも、それにしては俺にもイザーク会長にも、あとはサリバン先生にもそれなりに礼儀正しかったよね。様付けでこそないものの」

ふむ?その切り返しは想定していなかった。
どうも誤解が生じているようだ。俺は少し片手を上げて発言する。

「先輩、そこは誤解されているようです」
「んー?」
「俺は、尊敬すべき人は尊敬します。イザーク先輩もエミル先輩も、サリバン先生も敬うべき相手と現状認識しているから敬語を使っているまでです」
俺の答えにピンと来ないのか、エミル副会長は首を傾げた。俺は続ける。

「『敬うか否かの判断基準が実家の格にない』と言えば分かりやすいですか?」

するとエミル副会長は合点がいったように頷いた。
「あー、なるほどねえ。そういうことか。その発想はなかった!」

「分かってもらえたようで何よりです。実家の格が高いことって、それって凄いのは本人じゃなく親じゃないですか。本人を見て決めてます。そういうことです。」

エミル副会長は暫く黙り、やがて顔を上げた。興味津々といった表情でこんなことをたずねてくる。

「……ノエくんは、そのスタンスが少数派であることは分かるよね?」
もちろんだ。俺は頷く。
「その状況を変えていきたいってこと?」
この答えも、yesだ。俺は頷いて付け加える。
「急に変わるとは思っていませんが。少しずつです」
「……ふーん」

エミル副会長はここまで聞くと八重歯を見せて笑顔で言った。
「変えようと思ったら大変だろーけど、負けるなよ」

――『変えようと思ったら大変だと、思うけど…負けるなよ』

その笑顔が、台詞が、リールに被る。
ああ、やっぱり兄弟だなあ、そう感心した内容はまたも口に出ていたらしい。

「ああ、やっぱ兄弟なんだな…」

エミル副会長の顔が訝しげなものに変わる。
「なにがー?」と問われたので、俺は特に隠し立てせずに答えた。

「ああ、俺、寮の部屋がリール=スレイと同室なんですよ。リールと全く同じ事言うからやっぱ兄弟なんだなと思って……」

言い終えることはできなかった。
リールの名を聞いた途端、エミル副会長ががたんと音を立てて立ち上がったからだ。

「……」

大きな音に驚いて、エミル副会長を遠巻きにしていた生徒達がびくりと震える。

「……へえ、あいつと同室だったんだ。知らなかった」

ぼそり、副会長が呟いた。



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