03


「……へえ、あいつと同室だったんだ。知らなかった」

ぼそりと呟いたエミル副会長の表情は今まで見たことがないほど冷たく、嫌悪感に満ちたものだった。この台詞も謀ったかのようにリールと同じものだ。
……もしかしなくても地雷を踏んでしまったらしい。
まずったなあと内心顔を顰めていると、エミル副会長は俺の手首を引っ張り立たせて、

「ちょっと場所、変えようか」
色のない笑顔でそう言ったのだった。




エミル副会長に手をひかれるままに連れてこられたのは、休み時間の喧騒から離れた空き教室だった。

「……」

副会長は乱暴に音を立てて座り、座った目でじっと、俺ではないどこかを見ていた。
俺はどうすべきか迷い迷った末に、躊躇いがちに副会長の向かい側に腰を下ろした。

そのまま数分が過ぎただろうか。俺が居心地の悪さに限界を覚え始めた頃、ようやく副会長が口を開いた。

「……そうか、知らなかったよ、あいつと同室だったなんて」

平坦な声だ。
弟の新しいルームメイトを知らないほど、兄が新年度になって就いた役職を知らないほど、仲が悪いのだろうか。それとも、互いに興味がない?

――いいや、興味がない訳はないだろう。
先ほど副会長が見せた嫌悪むき出しの表情、リールの悲しみと諦念に満ちた「嫌われてしまう」という言葉。いずれを取っても無関心とはとても言い難い。

副会長は自嘲するように言った。

「あいつ、俺のことなんて言ってた?魔力量が及ばないから嫉妬してくるいけ好かない兄貴だって?ことある毎につらく当たってくる碌でもない兄貴だって?」

俺は首を振る。
教室の静けさを破って、ゆっくり答える。

「いいえ、具体的なことはなにも。『嫌われてしまう』とだけ。」

俺の答えを聞いたエミル副会長の表情が歪む。そして吐き捨てるように言った。

「……そういう所が、余計に嫌いだよ……!バケモノのくせに、人を気遣ったつもりか……!」

『化け物』。
不穏な単語に俺は眉を顰める。
慣用句や褒め言葉として「化物じみている」という言葉を使うことがあるが、そういう意味であるというより、これは……

「先輩、バケモノって、どういう」
「文字通りの意味だよ?」

俺が疑問を投げかけ終える前に、エミル副会長は被さるようにして答えを言う。

「文字通りの意味だ。――比喩じゃなく、あいつは化け物なんだよ!」

引きつったような笑顔で発せられるその言葉には、悍ましい、言ってやった、そんな歪な感情が見え隠れしている気がした。

「おーい、ノエ?また迷子か?」

沈黙を破ったのは、遠くから聞こえてくるアルバの呼び声であった。俺がいなくなっていることに気付いて、どうせまた迷子だろうと探しに来てくれたようだ。

エミル副会長はアルバの声にぴくりと反応して肩の力を抜いた。そして低く抑えた声で俺に言う。

「……まあ、なんでもいいさ。ノエくん、君の交友関係は俺には関係ないし、軍科に入っても特に関係なく過ごしていけることを望むよ」

低く抑えた声は普段の明るい調子とは違ってリールとよく似ていて。これだけ嫌悪している相手と似ているという事実が、さらに彼を嫌悪させているのではないか?そんな気がした。

「"天才"同士、仲良くすればいいんじゃない?」

捨て台詞のように吐き出されたその言葉。
エミル副会長はアルバがやって来る前に去るつもりなのか、俺に背を向けて教室を出ようとする。

「先輩」

俺はその背中に一言、声をかけた。
エミル副会長の足が止まる。

「俺、天才って呼ばれるの、嫌いなんです。多分リールも、嫌いだと思う」

だってそうだ。
俺は天才ではない。本当に天に愛されていれば、この世界に来た時に言葉が分かるくらいのサービスがあってしかるべきじゃないか?

エミル副会長は冷たい瞳を俺に向けて、

「知ってるよ――だからだよ!」

嗤った。


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