図書館の主 01
思わずびくっとして振り向けば、そこにはちょっと人間離れしているともいえるほど美しい青年が立っていた。
ターコイズブルーの瞳が優しく細められた。
年齢は20代半ばくらいに見える。
青みがかったような繊細でさらさらな金髪が肩あたりまで伸びている。首を傾げるとふわりと揺れた。
学園の制服とも教師の服とも違う、若草色のニットを着ている。
「学園の子だね。驚かせてごめんね。この分野の文書を読みに来る人は珍しいから、つい声をかけてしまった」
驚いている俺を見て、彼は少し申し訳なさそうに言った。俺は我に返って答える。
「……あ、いえ、すみません。誰かいるとは思わなくて」
……あと、あまりに綺麗だったので驚いて。
慌てた様子の俺を見て、青年はくすくすと笑った。
「静かだもんね、ここ。僕も静かなのは好きだから分かるよ」
悪い人には見えない、が……
俺はおずおずと青年に訊ねる。
「あの、あなたは?生徒でも教員でもないと見受けますが……?」
俺の問いに青年は日が差したような笑みを浮かべて答えた。
「僕?僕はね、この図書館の管理者みたいなものかな。あまり人前には出ないから誰も知らないかもしれないけど。……そうだな、ビブロ、とでも呼んでほしいな」
「……ビブロさん、ですか。俺はノエ=エトワールといいます。学園の生徒です。高等部1年」
俺も応じて自己紹介すれば、ビブロと名乗った青年は嬉しそうに俺の名を反復している。
その仕草がなんだか子供っぽくて、見た目とちぐはぐで面白い。
「それで、ノエくんは何をあんなに悩んでいたの?僕、ここには詳しいからなにか役に立てるかもしれないよ」
ビブロさんはこてりと首を傾げて俺に言った。
ううん、人伝に話を聞いてもいいものか……
俺の逡巡を読み取ってか、ビブロさんは「どうしたの?」と俺を気遣ってくれている。
どうやら本当に俺は色々な感情が顔に出やすいらしい。
気まずさを拭えぬまま俺は答えた。
「……うーん、人の噂で聞くのって少し気が引けて。情報に正確性がないような気がするものだから……」
俺の要領を得ない答えを聞いてビブロさんはその発想はなかった!と言うように目を見開き、すぐに微笑に戻った。
「なるほど!確かにその通りだね、……なら、答えが載っている本を僕が案内しようか?それなら、どうだい?」
凄くいい人だ!
願ってもない申し出に、自分の頬が緩むのがわかった。……やっぱりポーカーフェイスは苦手だ。
「良いんですか!是非お願いします。俺1人では難しいかと思っていたところだったんです。この家の事情についてなんですが……」
そう言って開きっぱなしになっていた家系図の頁を指して問う。すると、
「……ノエ、これが知りたいの……」
途端、ビブロさんの美しい顔に陰が差す。
なにかを躊躇っているように視線を泳がせて、逆に俺に質問をした。
「どうしてこんなことを調べているのか、聞いてもいいかな……?」
やはり、簡単に口には出せないような事情をスレイ家は抱えているのか。俺は軽く唇を噛んで、隠し立てせずに答えた。
「友達が、この家の人間なんです。俺になにか、できないかと思って。できなくても、なぜできないのかを知ることは大事だと思って。」
ビブロさんは目を閉じて、どこか悲しそうに黙っていた。やがて、
「……きみは、優しいんだね」
諦めたようにそうこぼすとぶつぶつと呪文を呟き始めた。十数秒の詠唱の後、ビブロさんが軽く指を鳴らす。
ぱちん。
その瞬間、不思議な光景が広がった。
遠くにあったはずの本棚が近くに、近くにあったはずの本棚が遠くへと追いやられる。高いところの本が手の届く範囲に、手の届く本が高くへと。
空間が歪むとしか言いようのない、酔ってしまいそうな1分間が過ぎた。
気付けば俺達は相当昔のものであろう、貴重そうな本ばかりが並ぶ本棚に囲まれていた。
「こっちだよ」
ビブロさんがそっと俺の手を引いた。
俺は逆らうことなく足を踏み出す。
この人は何者なのだろう?
図書館の管理者、と言っていたけれど、今の魔法。かなり大きな魔力が動いたように感じた。それこそ1人で動かすのは不可能な規模の……。
この人は、もしかして…?
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