07


バットやストレといった下位の魔物の行動原理は簡単である。
火の周りに蛾が群がるように、下位の魔物は魔力のあるところに安直に群がる。その相手に勝てるかどうかなど思考の範囲外なのだ。
ゆえに。

「『篝火』。――こっちだ、雑魚ども」

俺が掲げた手のひらの上にバスケットボール大の火の玉を浮かばせて、大声を上げて注意を向けてやれば……

ぎゃあ、ぎゃあ、

不快な叫び声を上げて彼らは襲いかかってくる。ある程度まで引きつければ、救助対象の小動物まで巻き込むことはないので……

『爆ぜろ』

火の玉を彼らの方に適当に投げて軽く爆発させてやる。
すると、なんということでしょう。バットの丸焼きと焦げたストレの出来上がりだ。3分クッキング、完了である。

魔力消費も最小限で片付けることができた。俺はほっと胸をなでおろしつつ、倒木の近くで震える小さな影に近付いた。

俺に怯え、ふーっふーっと威嚇してくるその動物は、

「……猫だ」

真っ白な猫だった。

しなやかな体躯に、飼い猫かと錯覚するほどに全身真っ白な美しい毛並み。瞳は真紅とスカイブルーのオッドアイ。血のような色の右目が、飼い猫などではなく確かに魔物であるのだと主張している。

そして、真っ白な尾は先端で二股に分かれていた。

「ケットシー(猫又)か!……にしたってこんなところでこんな色は珍しいな……」

俺は思わず感嘆の声を上げた。
大きな声を出しすぎたのか、ケットシーはびくりと反応して威嚇してくる。

「ああ、悪い悪い……でもどうして逃げないんだ?……あ、」

謝りながらよくよく観察すると、倒木に後ろ足を挟まれてしまっていることが分かった。

ケットシー(猫又)とは、元々普通の猫だったものが長く生きたことにより魔力を得て、死してもなお魔物として存在し続けているもの。
ゆえに、見た目以上に永く存在しており高位の魔物である場合が多い。

ケットシーほどの高位の魔物であれば、倒木程度どうにでもなりそうなものだが……おそらく、別の要因で元々消耗していたところにさらに木の下敷きになったのだろう。

「……んっ、……よっ、これで出られるか?」

俺が全体重をかけて倒木をずらすと、ケットシーはかろうじて這い出はしたがそれ以上動けずに座り込んだままだ。推測通り元々消耗していたようだ。

俺は適当に拾ってきた枝を持っていた水で洗った。そしてハンカチを破いて枝と一緒にケットシーの後ろ足に巻きつけ、添え木にしてやった。

その過程でケットシーは弱々しく暴れ、俺の手を引っ掻き、逃げようともがく。

「あ、いって!おい、手当だって言ってんだろ暴れんな!……っと」

こんなことを言いながら悪戦苦闘すること数分。ようやく危害を加えられているわけではないと理解したケットシーは俺を見上げ、大人しくなった。

……うん、大人しくしてれば可愛いじゃないか。

「……よし、これでひとまず大丈夫だろ。もうドジ踏むなよ」

俺がそう言って笑うとケットシーは暫く俺を見つめて、俺の手を引っ掻いた傷を舐めた。

ん?謝ってくれているのだろうか?

……と思いきや、がぶり。その手に思いっきり噛みついてきやがった。

「うわっ」

少量ではあるが血と一緒に魔力が奪われたのが分かる。それを俺が知覚するや、

「なー、なーお。」

ケットシーは一鳴きして、空気に収束するように掻き消えて見えなくなった。

…………。
俺から奪った魔力使って離脱しやがった。

「……あー、油断した。可愛くてもやっぱ魔物は魔物じゃねーか!」

あとには、憮然として立ち尽くす俺だけが残されたのだった。


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