丑三つ時の密談。01
ふわり。
誰かの手の平が額に当てられた気がして目が覚めた。
「……ここは、」
ぼんやりとしたまま独りごちてあたりを見渡すと見覚えのない空間にいた。
白を基調とした部屋。俺のものではないデスクに、薬棚。俺はベッドに寝かされていたようだ。
左手には窓があり校内の森がよく見えた。
右手に視線をやると、
「……アルバ?」
俺の眠っていたベッドに突っ伏してうたた寝をしているアルバが目に入った。
「……そうか、俺寝ちゃったんだっけ」
「そう、ご主人はぶっ倒れたんだ」
答えが返ってくると予想していなかった俺は思わず肩を震わせた。いつの間にか開いていた窓の桟に例の猫又が腰掛けて笑っていた。
「ぶっ倒れて、そこで寝てる人間に姫抱きで運ばれて、そんで今医務室?というところにいる。ご主人はストレスと過労で寝てただけで、タランチュラの毒は残っていない」
猫又はどこか楽しそうに解説してくれるが――ひ、姫抱き?……その情報はいらなかった。
ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
いい歳して、しかもそれなりにタッパもある男子高校生が姫抱きとは……
俺のげんなりした表情に気付いたのか、猫又は少しだけ真面目な表情になって肩を竦めた。
「何度も起こそうとしたんだけどよ、ご主人って人望あるのな。入れ代わり立ち代わり人間が入ってきて見舞っていくし、そこで寝てる人間ときたらずっと寝ずに見張ってるもんだから話しかけるタイミングがねえの。」
「それは、……悪かったな」
俺は素直に謝罪しておく。人望についてはそこまででもないと思うが、約束は深夜だったのだから。壁にかけられた時計を確認すると午前2時を回ったところだった。
元の世界でいう丑三つ時ってやつだ。
……ん?
俺はふと不自然なことに気付いて思わず時計を二度見した。
「……気付いたか?ご主人」
猫又が悪戯のバレた子供のような笑みをこぼして言った。
「……どうなってるんだ?」
俺は問う。
俺が先ほど見た時計は2時5分14秒を指したまま動きを止めていた。
それに気付いてから改めてあたりを見渡せば、深夜にしても静かすぎるし何より、傍らでうたた寝をするアルバの肩が1ミリも動いていない。髪の1本すらも、動かない。
猫又は軽く首を振って答えた。
「言っとくけど悪戯したつもりはほんの少ししかないぜ?さっき言ったように入れ代わり立ち代わり人間が来るもんだからご主人に話しかけるタイミングがなかったんだ。だからその人間がほんの一瞬眠った間に時間を止めさせてもらっただけ。」
猫又はふうヤレヤレ、といったジェスチャーとともに「まさか魔物との交渉を第三者に見られたいわけないもんな」と付け加えた。
ほんの少しはあるのかよ。
「だからまあ安心していいぜ。今なら時間の制限もない。質問は納得いくまでいくつだって答えられる」
魔物は獰猛な歯を見せて嗤った。
「さ、腹を割って話そうじゃねえの、ご主人?」
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