「彼の正体がなんにせよ、助かる話だよね」
横から口を挟んできたのは溝口(みぞぐち)。
薄い付き合いの友人の一人で、眼鏡を掛けた小柄な生徒だ。俺よりは良い家柄の出身だったはずだが、ドがつく真面目のガリ勉くんなので周りからは距離を置かれている。
そんな溝口は左手でずれた眼鏡を直しながら声を落として言った。
「誰が“そう”でもおかしくないっていうのが、少なからず良い方向に働いているよね。実際、目立ちすぎたり綿密な計画が必要な“制裁”はここ2週間で減少傾向にあるんだから。神様は言い過ぎにしてもヒーローではあるよ」
「溝口、わざわざどこでどんな制裁が何件あったかとか数えてんの!?」
城元が素っ頓狂な声を上げて笑った。
溝口はムッとして言い返す。
「体感の話だよ!城元くん、細かいことを気にしていると禿げるよ」
「は、は、禿げねえよ!」
じゃれ合う2人。
こうして見ると、金持ちとはいえごくごく普通の男子高校生だ。
2人が漫才のような掛け合いをするのを俺はぼんやりと眺めていたのだが、どうでも良さそうな顔をしている俺に気付いたのか溝口はぴっと人差し指を立てて俺に言った。
「そんな他人事みたいな顔して。高瀬くんも気をつけないとダメだよ。裏風紀のおかげで減っているとはいえ僕らみたいな貧弱一般生徒が絡まれやすいことは確かなんだからね!」
「ん、うーん、うん」
「なんでそんな気のない返事なのかなあ、高瀬くんって不思議だよ」
俺の適当な相槌に、溝口は呆れて肩を竦めた。
『なんでそんな気のない返事なのか』だって?
そりゃそうだ。
だってその“裏風紀”って、俺だもん。
まあ昨夜のは我ながらちょっとやりすぎた自覚はある。不本意な仕事で溜まっていたストレスが、レイパーくんの下劣な冗談でドカンと爆発してしまったのだと思う。
……本当に、どうしてこうなったんだ。
俺は深ぁくため息をついて、久瀬先輩との2人きりでのやり取りを思い出していた。
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