そんなところで、場面は冒頭に戻る。
「で、どうだ?風紀委員に入ってくれないか?」
唐突に呼び出された風紀室で俺にそう依頼してくるのは、風紀の副委員長。
名を久瀬 壮悟(くぜ そうご)という。
3年S組、黒い短髪にグレーの瞳を持つ、精悍な雰囲気の美男子だ。性格は実直、質実剛健といった感じ。親衛隊持ち。
彼に関しては特筆すべきことがひとつある。
彼は、親衛隊持ち役員ズの中で唯一、桜田真尋に陥落していない。
ゆえに彼の“公認”親衛隊は未だ健在であり、ことここに至っては校内で最もマシな組織といえるだろう。
しかし、陥落していないとはいっても所詮1人。しかも委員長ではなく副委員長。
平風紀委員の7割以上は委員長の方に心酔していたので、久瀬壮悟先輩個人が使える手駒は決して多くない。
そんな貧弱な手駒では学園の再生は無理だろう。だから手駒をどうにか増やそうとしている。それは分かる。分かるけども。
「せっかくのお話ですが僕には荷が重いと思います」
俺には何の関係もない。
メリットもない。風紀なんてさらに悪目立ちするだけじゃないか。
「……なぜかな?」
久瀬さんの目が細められる。
普通の生徒なら震え上がってしまいそうな眼光だが、生憎俺は怖くもなんともない。
…あ、怖がったフリすれば良かったのか。不覚。
「……なぜもなにも。僕のような強くもなく頭が良いわけでもない平凡な生徒に風紀が勤まるとは思えません」
怖がるタイミングを逃してしまったので、仕方なく俺はすまして答えた。
「平凡、な。俺に睨まれて平然としてる人間のどのへんが平凡なんだろうな?」
…どうしてこうなっちゃったんだろうなあ。
さっぱりわからん。
いや、嘘だ。実は心当たりがひとつだけある。
先週、夕暮れ時にふらふらと散歩していた時、レイプされかけている生徒を助けたのだ。
面倒くさかったので見捨てても良かったのだが、見捨てて帰ろうとした時に被害生徒と目が合ってしまった。
見捨てて帰ったのがバレるのはいただけない。悪評が広がってしまう。
……という訳で適当に加害者を伸して通報はせずに帰ったのだが……
「……。」
「……先週、生徒を助けてくれたそうだね」
この様子だと久瀬さんの手駒の誰かに見られていたのだろう。
俺は仕方なしに頷いた。
「見られていましたか。しかしあんなものはまぐれですよ。暴行に夢中で背後がおろそかになっていたところを狙い打っただけなんで――」
そこまで話したところで背後から悪意を感じた。勘に従うままに体をひねると、
――びゅん、がしゃん。
一瞬前まで俺の頭があった所をクリスタルの灰皿が猛スピードで通り過ぎていった。
灰皿は久瀬さんの顔の横を通過して壁にぶつかり、粉々になった。
体を捻った体勢のまま後ろを確認すると、そこには美しい投球フォームを終えたところで静止している1人の生徒の姿があった。
……確か、2年A組の風間だったか。ハンドボール部のエースだったはずだ。俺が危なげなく回避したことに驚いたようで表情を引き攣らせている。
久瀬の手駒の1人、か。
「……暴行に夢中で背後がおろそかに…なんだっけ?」
ニコリ、と笑う久瀬先輩。
嫌味かこの野郎。
俺が黙ったままでいると、久瀬先輩はどこか嬉しそうな声で言った。
「……風間くんには“殺す気でやれ”と言ってあったんだよ」
俺じゃなきゃ死んでたぞこの野郎。
……と心の中で言ったつもりが口に出ていたようだ。久瀬先輩は可笑しそうに笑った。
「君じゃなきゃやらなかったよ」
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