15

 広場を越えて少し歩くと、宿屋と思わしき建物が見えてきた。その向こう側には、広場から続く大通りの最終地点である教会が見える。ステンドグラスの向こう側は暗がりになっているが、時折揺れる炎のような光が見えていた。その隣にある比較的大きな民家が孤児院だろう。教会と共用になっているらしい庭には雪が降り積もっていた。
 宿屋の大きな両扉を開くと、宿泊客の相手をしているらしい娘がこちらを振り向いた。「あ、ナツさまと……お友達ですか?」と首を傾げる。茶に紺の刺繍の入ったバンダナが彼女の動きに合わせて揺れた。
 暖炉で火を焚いているのか、中は暖かかった。温度差に、サヤカの持っている方位磁石が一気に曇るのが視界の端に映る。
「そう、あたしの友人さ。部屋は空いてるかい?」
「ええと、一部屋だけなら。今日はありがたいことに賑わっているんです」
「一人部屋かい?」
「はい、寝台はひとつしか……部屋に長椅子ならあるのですが」
 そうかい、とナフェリアが礼を言って、扉を閉めたばかりの二人に問う。
「どうする? 無難に男女で割って、サヤカがあたしのところに来てもいいけど……今日出会ったばっかのあたしと同室なんてあんたらは流石に不安だろう。ふたりが一緒に旅してるなら、同じ部屋でも構わないかい?」
「私はそれでいいよ。座って寝ることのほうが多いから、長椅子あるなら十分寝れるし」
「流石に宿屋に来てまで一緒に寝るのはまずいような気もするけど……僕、野宿でもかまわないし、外に行こうか。サヤカが部屋を使えばいい」
「おや、マコトがそんなに気を遣うってことは……、ふたりは恋仲じゃなかったのか。てっきりそうなのだと思っていたよ」
 その言葉に、サヤカが屈託なく「私の旅の相棒です」と笑ってみせる。マコトは目を逸らして適当に口角をあげていた。そんなマコトを意にも介さず、サヤカが続ける。
「相棒だけ外で寝かせるわけにはいかないでしょう? 今日までだってほとんど一緒に寝てたし、今更気にすることないって」
「室内と屋外って大分違うと思うんだけど……」
「はは、マコトはサヤカをちゃんと女性として意識してるんだねえ。紳士だ」
 そういわれて、マコトがかっと頬を赤く染めた。サヤカは一瞬硬直したのちに、マコトの様子を見て言葉になっていない音を口から漏らす。ナフェリアは面白そうににやりと口の端を吊り上げていた。恋仲を疑われても恥じないくせに、こういうことを言われると頬を染めるのかとマコトは不思議に思った。
「……ナツの部屋に行ってもいいかな、私」
「もちろん。あたしは構わないよ」
「……僕だけ部屋を独り占めするのは申し訳ないような気がするんだけど」
「サヤカとの同室を気にするんだから、あたしとの同室だって気になるだろう。……いや、そうでもないのかい?」
 明らかに揶揄われていることがわかり、マコトは肩を竦めた。そんな三人を見つめていた宿の娘が、カウンターの中にあるらしい引き出しを開ける音がする。やがてその手が取り出したのは、植物で編まれたらしい小さな飾り物が付いた鍵だった。マコトがカウンターに近寄ると、娘が笑ってそれを差し出す。
「マコトさま。これがお部屋の鍵になります」
「ありがとう」
 金属でできたそれはそれなりの重量感があった。