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 宿の風呂の時間が決まっているということで、サヤカたちはおのおの先に風呂に入ることにして、広場にぽつんとある噴水で待ち合わせることを決めた。ナフェリアとともに入った久々の風呂からあがり、替えの服に着替える。部屋に着ていた服を干して荷物を持ち、サヤカとナフェリアは広場へと向かった。
 宿の扉をあけると、ひやりとした風が沁みた。サヤカは襟巻を持ってきていてよかった、と思う。くるくるとそれを巻いて、先に歩いているナフェリアへと追いすがる。乾ききっていない髪のせいで、頭まで凍り付いてしまいそうだ。
「マコト、おまたせ」
「いや、たいして待ってな──……サヤカ?」
「……そう、だけど?」
「……いや、なんでもない」
 濡れた髪を結ぶわけにもいかず(ナフェリアは気にせず結んでいたが)、サヤカはそのまま髪を降ろしていた。夜風に靡くそれがやけに煽情的で、視線を逸らしたマコト。ナフェリアは目ざとく気が付いたらしいが、静かに笑うだけで特に何も言わない。それがむしろ怖い、というのは考えすぎだろうか。底冷えする夜の中、雪のちらつく風に吹きさらされているサヤカが体調を崩さないか不安で、マコトは自分の着ていたマントをそっとサヤカにかけた。冷たい髪が手に触れた。
 ありがとう、とサヤカが言う。マコトは笑い返しながら、小さく首を振った。ナフェリアはもう、お気に入りの飯屋だというところへ向かって歩き始めているようだ。石畳の上で足音を立てながら、ふたりはナフェリアへ追いついた。

 ガーリックパンにあたたかなスープ、野菜の煮つけと肉の炒めものが机に並んだ。ナフェリアだけは辛みの強そうな野菜炒めを小皿で頼んでいる。三人は祈りの言葉をささげた後に、おのおのそれらを口に運んだ。
「このスープ美味しいよ、マコト」
「……辛くないよね?」
「うん、辛くないって。いたずらしたのは最初の一回だけじゃない……」
 木の匙で根菜を救い上げながらサヤカが言った。鶏の出汁が使われているのか、一口で塩気と旨味が口内に広がる。食べられないほどの熱さではない、といった程度に冷めているスープだったが、サヤカは片手をぴったりと椀にくっつけて暖をとっていた。マントを貸してもらっていなかったらもっと冷えていただろう。マコトに感謝である。
 一方マコトは、行動を共にし始めて三日目ほどの時に仕掛けられた、パンに香辛料が振ってあるといういたずらを警戒して、サヤカの薦めたスープに手を付けていない。野菜の煮つけに先に手を伸ばしているようだった。
 外では、再び雪が降り始めていた。最初の晩のように吹き荒れる吹雪ではないが、こういう天気の時に野宿にならなくて済んだのはありがたい。
「本当、今年って冬が長いよね」
 ぽつりと洩らしたサヤカに、ナフェリアが匙を椀にいれてから指を立てた。待ってましたとでも言いたげに、ナフェリアが答える。
「そういえばね。今年の冬が長い理由を小耳にはさんだんだ。根拠は全くないから、一説にしか過ぎないんだけど」
 意味ありげな発言に興味をそそられたらしいサヤカが身を乗り出す。サヤカが何か言おうとしたのをナフェリアが遮るようにして続けた。
「聞きたいかい?」
「聞きたい!」
「それは僕も気になる。教えてよ、ナツ」
「勿論だよ」
 誰かに話したかったのかもしれないな、とサヤカはふと思った。マコトはナフェリアの話を聞きながら、ようやっとスープに手を伸ばしていた。