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 一番最後に入ったサヤカが、吹雪が吹き込む前にと急いで扉を閉める。それでも入り口付近に敷いてあった絨毯は濡れてしまっていた。
 小屋の中はそれなりに広く、そのうちの一部にはほとんどものが置いていなかった。見るからにふかふかとした絨毯が敷いてあるそこだけは家具がなく、旅人数人が雑魚寝するにはちょうどよさそうである。もしかしたら、小屋に旅人を泊めることに慣れているのかもしれない。小屋に入って右奥に吊るされているランプの下には椅子が置いてあり、どうやら火をつけたり掃除をしたりするのに使っているようだった。そのほかには、そのランプのあるすぐそばに二つの寝台と、手前に大きなテーブルがある。
 少年は、寝台のすぐ傍にある引き出しまで駆けていくとなにやら取り出して、すぐさま戻ってきた。そしてそれを、一番近くにいたマコトに手渡す。
「手拭いです。よければ」
「えっ、……ありがとうございます。使わせてもらいます」
 三枚の手拭いを受け取ったマコトが、言葉に詰まりながら礼を言えば、不愛想だった少年はふわりと顔を綻ばせて「どういたしまして」と言った。ナフェリアとサヤカが次々に礼を伝えると、少年は「お気になさらず」と続けた。
 暖かな部屋に入ると、急に濡れた髪の感触が意識される。雪自体はさっきの少年の風魔法に巻き込まれて飛んで行ったが、すでに濡れている衣服はどうしようもない。とりあえず、と帽子を脇に挟んで、片手で顔を拭ったのちに髪を拭いた。
その間にも深い茶の髪の少年は、暖炉で湯を沸かしているようだった。場所を借りられれば良かったはずが、「たいしたおもてなしはできませんが」と言いながらの少年の行動に驚いて、サヤカは声をかける。
「あの、そんなお気になさらず……私たち、場所を借りられればそれでいいんです」
「ここ、割と旅の方が訪ねてくるので。おもてなしするよう言われてるんです」
「……ありゃ、ここはあんたの家じゃなかったのかい?」
「樵の家です。留守の間、好きに使っていいと言われてるんですが、その条件が『旅の方をもてなすこと』なので。どうか寛いでいってください」
 樵は木を切って生活する職業であり、一つ所にとどまっていると森を殺してしまう職業でもある。ゆえに、数年おきにいくつかの森を転々として生活するのが定石だった。そうやって暮らす樵の家のひとつを、少年は借りているのだろう。
 ナフェリアがそうかい、と言って笑った。サヤカはお礼を言って頭を下げる。それを見てか、ぼんやり話を聞いていたマコトも慌ててお辞儀した。
「あたしはナツ。すまないけれど、少しの間世話になるよ」
「僕はシュカです。多少狭いかもしれませんが、ゆっくり休んでいってください」
「こちらこそ、ありがとうございます。サヤカっていいます」
 ナフェリアが雑に、「そんでこいつはマコトだよ」と紹介した。それに文句も言わず、マコトがぺこりと頭を下げる。シュカは最初の不愛想な印象とは裏腹に、微笑みながら会釈を返してきた。
 すっかり日の落ちた森に吹きさらす吹雪は勢いを増しているようだった。意図せず二晩の宿を共にすることになったナフェリアは、それに対してなにも思っていない様子だ。
「サヤカもマコトも、ずいぶん濡れたねえ。着替えたほうがいいんじゃないのかい」
「それはナツもだよ。私たち、向こうの角で着替えてくるね」
「分かった。僕もなるべく早く着替えるね」
 シュカもその話を聞いていたらしく、マコトの返事に便乗して頷いた。
 皮の鞄に入っている替えの服は、雪が浸みる前だったらしく無事だった。素早く着替えるが、暖炉のあたたかさが充満した部屋でも寒い。体を震わせたサヤカに対して、ナフェリアは飄々と着替えていた。白い肌が惜しげなく晒される。さっきまで黒いポロネックを着ていたが、いつのまにやら薄茶のものに変わっている。どうやら、その形の服が好きらしい。寒さに慣れているのか体質なのか、てきぱきと着替えを済ませていくナフェリアに、サヤカは慌てて追いすがった。
 サヤカの着ていたセーターは水を吸い込んでいて、重く冷たかった。その上に着ていた上着も、中に着ていたシャツももはや使い物にはならない。あとでどこかに干させてもらわねば黴が生えてきてしまいそうだった。膝まである臙脂色のワンピースと、分厚い布でできた茅色のズボンに着替える。ひざ掛けように持っていた小さな毛布を肩からマントのようにかぶり、暖を取ることにした。
 マコトはすでに着替え終わっているらしかった。