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 湯呑にお湯を入れてくれていたらしいシュカが、テーブルにことことと置いていく。四つ並ぶ湯呑を手に取れば、冷え切った指先に暖かさが染み渡った。暖炉の前に座りこみ、毛布にくるまりながら手先を温めるサヤカを、ナフェリアが揶揄う。
「なんだい、サヤカ。冷え性なのかい?」
「そうでもないかな。あの、ここに来る前の……ダダチの集落ってわかる? そこで、春に向けての服を揃えちゃったんだよね……」
「道理で薄着だと思ったけど。染物で有名だし、ダダチは知ってるよ。確か最近、そこの領主が代わったんじゃなかったっけか」
「あ、それ私も聞いたよ。確かえっと……なんだっけ、女の子にひどいことしてたから王様から怒られて土地を取られた、みたいな感じの話だったよね」
「…………いや、間違っちゃいないけど。随分とざっくりしてるねえ?」
「そういうナフェリアは、なんだかすごく物知りだよね。細かい話、知ってるの?」
「まあ、情報はたっぷり持ってるからね、もちろん知ってるよ。……さっきから黙ってるけど、マコトはどうなんだい? ここは旅人同士の情報交換と行こうじゃないか」
 そう問われて、半分目を伏せてサヤカたちの会話を聞いていたらしいマコトが、はっとした様子で顔を上げた。「いや、」と逡巡してから、ゆっくりと会話に混ざる。
 サヤカは、ふと出会ったときのマコトの瞳の翳りを思い出していた。太陽にも銀世界にも映える金色のひとみが曇るとき、マコトは何を考えているのだろう。前後の状況なんかを思い出せば、どこか規則性を見出せそうだな、なんていう考えが頭の片隅をかすめた。
「僕もダダチは通ったよ。聞いたけど、だれか……亡くなったんだっけ」
「ああ、そうらしいね。王様に告げ口したっていう当の娘が、領主様に抵抗したあと姿を消したんだっけ? 可哀そうな話だ」
 マコトはそれに返事をしなかった。こくりと、飲める程度に冷めたらしいお湯を飲みながら頷くだけだ。サヤカもナフェリアとマコトに同調して、こくこくと頷く。
 ナフェリアは、早々に話題を変えた。
「ところで、あんたらはなんであんな所に居たんだい?」
「暗くなってきたし、町に戻るには遅い時間だしで、野宿しようって話になったんだ。まさかナツに会うとは思ってなかったよ」
「私も。ナツは別の方角行ったんだと思ってた」
「ああ、今日は森を探索してたんだ。そしたら運良く、挙動不審な金髪の旅人がいてね。一応、と思って追いかけてたんだよ。まあ、吹雪で完全に見失っちまったんだけどね」
 尾行は得意じゃなくてね、とナフェリアが笑う。あの身軽さと、木の上から声をかけられるまで気が付かなかった気配の消し様から見て不得意そうな分野には見えないけれど。そう思ったサヤカは顔に出ていたのか、ナフェリアが言った。
「目が……悪いわけじゃないが、別段良いわけでもなくてね。少しでも霧だのがかかればすぐにわからなくなるし、距離をとりすぎても見失う。その点サヤカは目がよさそうでうらやましいよ」
「そうかな?」
「僕もそれは同意かな。ずいぶん遠くまで見えるんだなって思ったよ、はじめて会った時の森で、ずいぶん遠くにある崖とか城とか見つけてたし」
「ふたりがそんなに言うなら、そうなのかな。でも、私隠れるのが下手だから尾行はできないや」
 そう言ったサヤカに、ナフェリアたちが笑った。