03

「もう、日は落ちたでしょうか」
「たぶん。私がここに来たときは、もう暗くなりはじめてました」
「じゃあ、ご飯にしませんか? ……あ、サヤカさんが嫌でなければ」
「いいですよ」
 そう笑って、サヤカは自分の鞄からパンを取り出した。それから、殻に入ったままのくるみをいくつか。食料はそれなりに蓄えている。冬季は森での現地調達ができないから、食料の蓄えは大切だ。マコトのほうは干し肉を持っていたらしく、大きな葉にくるまれたそれを取り出していた。
「パンとお肉、少し交換こしませんか? マコトさんが嫌でなければ」
 口調を真似たサヤカの提案に、マコトが少し笑いながら頷く。持っていたふたつのパンのうちひとつと、くるみふたつを差し出せば、男性らしい手がそれを受け取った。それから、少し悩んだように言う。
「干し肉、炙ったほうが美味しいんです」
 美味しいんですけど、と繰り返したマコトが、ちらりと蝋燭のほうを見る。もちろんこんな小さな火種では、間違っても調理ができるほどの火力はない。サヤカはああ、と頷いた。薪は重いから現地調達せざるを得ない。この降り積もる雪の中、湿っていなくてよく燃える薪をあつめるのは大変だ。「吹雪になりそうだったものですから」と、マコトは言い訳した。
 サヤカはいちど、ぱちくりと瞬きした後、いたずらににこりと笑って見せた。
「じゃあ、炙って食べましょうよ」
「薪はありませんよ」
「それなら、任せてください」
「……炎の魔法使いなんですか?」
 不思議そうな、それから少し寂しそうな顔をしたマコトを一瞬視界にとめ、サヤカはゆっくりと立ち上がった。それから、顔の前で指を組む。
 不思議そうなマコトの顔も見ず、集中する。簡略化した呪文を唱えはじめれば、力がサヤカの周りを漂うような感覚があった。古代のことばで出来た呪文を詠唱しきると同時、どさりと重量感のある音が二人の間に響く。足元に積まれたのは、焚火にするのにちょうどいい形になっている、乾いた薪だった。
「……なるほど。土魔法ですか?」
「土魔法……なのかな。細かくはわからないんですけど、植物を出現させたり、あやつったりできます。薪がこれだけあれば十分、火は起こせるでしょう?」
「もちろん。それじゃあ、火を焚きましょう。薪がいつでも使えるだけで、だいぶ便利ですね」
 言いつつ、マコトが薪に手を伸ばした。洞窟の外でうなる吹雪は勢いを増し、洞窟の入り口付近にも吹き込んでいる。
 自分より大きな手が、現れた薪の中で細いものを組み立てる。蝋燭の火を一本の木にうつして、ゆっくりとそれを焚火に置く。だんだんと燃えうつり広がってきたところで、サヤカがそっと大きな薪を添えた。ぱちぱちと焚火特有の音が響く。煙が、入り口からどんどんと吹き込む風に煽られて外へ向かっていった。
 肩掛け鞄から刃渡りの短いナイフを取り出したマコトが、干し肉を薄く切った。それから、持っていたらしい串に二枚の薄切り干し肉をそれぞれ二つに折りたたんで刺す。そして焚火の火を避けるように体をずらして、反対側にいるサヤカに差し出した。
「ありがとう」
「いいえ」
 短く礼を言えば、人好きのよさそうな笑みが帰ってきた。マコトは自分の分も串にさすと、ゆらめく炎にかざした。サヤカは、自分が干し肉を食べないものだから、どのくらい焼けばいいのだろうか、よくわからない。見様見真似で串を火にかざしてみるが、
「……サヤカさん、焦げてますね」
「……焦げてます」
 数分と経たず、焦げ臭さが洞窟に充満した。すみません、せっかく分けていただいたのにと申し訳なさそうなサヤカに対して、くくっと堪えるように喉の奥で笑ったマコト。何とも言えない恥ずかしさを誤魔化そうと、サヤカはいただきますと言ってから焦げた肉を齧った。空腹は最大の調味料だといわれるし、好き嫌いはほとんどないから食べられる……と思ったのだが、勢いよく齧ったとたん襲い来る苦さに思わず声を上げてしまった。それを見てか、マコトがとうとう腹を抱えて笑い始める。
 なんとか苦みを飲み込んで、右も左もなく笑うマコトに苦言を呈する。しかしサヤカもなんだか面白くなってきて、つられて笑った。
「笑いすぎです、マコトさんっ」
「っは、……いやだって、サ、ヤカさんっ、おもしろっ……ははっ」
「何に笑ってるんですか、まったく……っ、ふふっ」
 今までどうやって旅してきたんだ、だとかなんとか、失礼極まりないことをマコトが言う。それでもなんだか嫌悪感はなくて、サヤカもいつのまにか大笑いしていた。なにがそんなに面白いのか、自分たちでもわからない。マコトが目に涙を浮かべ始めたあたりでようやく発作のような笑いは収まった。
 マコトが息を整えながら、自分の分の肉を一枚齧って、串から抜いた。齧ったほうを指でつまんで支えると、串に残っていたほうをサヤカにずいと渡した。
「あげます、はんぶん。ちゃんと美味しくやけたやつを」
「ありがとうございます……」
「ふふ、気にしないでください。それより、どうしてああなったか聞いてもいいですか」
「マコトさんと同じ時間だけ焼いてればいいのかな、と思ってました」
 まるで幼い子供のようないいわけである。マコトが「火が近かったんですね」と笑って言った。彼が焼いた肉は確かに美味しくて、先ほど齧った自分の肉がどれほど焦げているのかがよくわかる。
「僕も、ちゃんとサヤカさんのほうを見てればよかったですね」
「いえ、私が料理苦手なだけなので」
 きっぱりと言ったサヤカ。マコトはどうともとれる笑みをこぼした後、美味しそうにパンに齧りついた。