04

 ぱちん、と指を鳴らした音に合わせ、薪がその空間から姿を消した。一瞬残像のように残った炎が、寄る辺を失い虚空に消える。マコトが目を輝かせながら拍手したので、サヤカは照れ臭そうに笑った。
「すごいですね……灰まで消えた」
「便利でいいんですけど、長くは保てないんです。すぐ消えちゃう」
 それでも便利ですねと言って、マコトが荷物の鞄を枕に寝転がった。自分のマントに包まるようにしている彼は、仰向けに天井を仰ぐ。吹雪は少しは収まってきたらしく音は控えめだが、焚火が消えて寒さは倍増だ。火を焚いたまま寝ることも考えたけれど、何かに燃え移ったら大変なうえに火の番が必要で、その上場所をとるということで消したのだった。
 サヤカは、旅を始めてからは座って寝る癖がついていた。もともと座位で眠ってしまうことも多かったので当たり前といえば当たり前かもしれない。ひざ掛けを鞄から取り出して、大きな岩によりかかるようにして寝る支度を整える。帽子も鞄の上に置いた。
 ゆらゆら、とろうそくの炎が揺れていた。焚火の音が消え会話がなくなると、洞窟の中はやけに静かだった。洞窟に流れる空気と、背にした岩がふたりの間の温度も下げていくようだ。なにか話さなければ、とサヤカは考える。
「マコトさんは、何の魔法が使えるんですか」
「……僕?」
「はい」
「たいしたことはできませんよ」
 そういって、マコトさんが片手をあげた。炎に照らされた部分だけ、やけに浮かび上がって見えた。大分簡略化された詠唱が聞こえ、次の瞬間目の前に閃光が走る。
 驚きすぎて腰が抜けるかと思った。ぱちぱちと目を瞬き、放心状態になったサヤカに気が付いていないのか、マコトが苦笑する気配がした。
「雷……光魔法に分類されるものです、たしか」
「お、どろきました」
「えっ……あっ、すみません。いきなり……眩しかったですね」
「ちょっとだけ」
 サヤカがそう笑えば、マコトも安心したように相好を崩した。
「威力も強くないし、せいぜい目くらましにしか使えません。魔法は苦手です」
「……ほんと、とんだ目くらましじゃないですか。ほかに得意なことがあるんですか?」
「ありますよ」
 得意げに言ったマコトは、腰のあたりを手でたたいた。カシャン、と金属質な音がするそれは片手剣だ。サヤカも、マコトが帯剣しているのに気が付いてはいた。旅人が帯剣しているのは珍しくないし、サヤカも鞄の中には短剣が入っている。ただし、サヤカのもつ短剣は、人を傷つける目的ではほとんど使用しされないが。
「私、剣とか体術とかは全然できないんです」
「僕は、そっちのほうが得意ですね。騎士見習い──なんです」
「すごいじゃないですか!」
 驚いたサヤカに、マコトが炎の向こうではにかむ。
 騎士見習いということは、見習いの旅をしているということなのだろうか。それとも主探しをしているのだろうか──などと、昔聞いた御伽噺のようなことを、サヤカは想像する。闇に溶ける黒髪と、黄金のひとみを持つ騎士様。揺らめく炎の光に照らされてぼんやりとしか見えてはいないが、整った顔も相まって、むしろ騎士より王子のほうが似合うのではないかとすら考えた。
 マコトが、サヤカの褒め言葉への照れ隠しのように続ける。
「そろそろ寝ましょう、明日に響きますよ」
「そうですね」
 身じろぎしたマコトが、火の点いている二本の蝋燭のうち、一本を消そうと燭台に手を伸ばした。そんなマコトに、サヤカが「寒くて寝付けなさそうです」と軽口を叩く。
「子守歌でも歌いましょうか」
「歌えるんですか?」
「出身の土地に伝わってる曲があるんです。子守歌と目覚め歌で対になってるものなんですけど、どちらも眠気を誘う曲で」
「『目覚め』なのに眠くなるんですね」
「どっちも子守歌なのでしょう」
 マコトが、そう言ったあとに小さな声で歌い始めた。拙く、自信なさげな声だったけれど、消して下手ではない。まさか本当に歌ってくれるとは思っていなかったサヤカが、伏せかけていた目を開く。仰向けに寝転がり瞳を閉じてゆったりと歌う彼の声が、洞窟に反響した。静かな水に触れた時にできる波紋のような、そんな歌だった。ゆるやかにサヤカに沁みわたって、これは確かに眠気を誘う。
 歌が終わるのを待たず、サヤカは眠りについた。