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「シュリ・フィーザです。はじめまして」
 サヤカよりほんの少し高く、そして鈴の音のように話す少女だった。シャツにベスト、ロングスカートに小さなポンチョと質素な格好をしている割に、動きは果てしなく品を感じるよう指先まで気が使われている。栗色の髪は耳の下で二つにまとめられ、型の少し下まで伸びているようだった。光に透ける、サヤカの薄い茶の髪とは大分違う色で、太陽の光を照り返すように輝く。
 宿に取って返し、そこに付属していた食堂に入ることにした三人。茶と一緒に頼んだ焼き菓子にはだれも手を付けていなかった。優雅に礼をしたシュリに、マコトは気まずそうに黙り込む。
「先ほどはありがとうございました。ええと、ルテージさまの恋人の方……ですか?」
「……いえ、旅の相棒です」
「そうでしたか。お名前を伺ってもいいですか?」
「サヤカです」
 サヤカも、シュリに倣ってぺこりと礼をする。シュリは口の端をゆっくりとあげてほほ笑んだ。逐一の動作が様になっている。お互いへの気まずさと、サヤカに関してはこの状況を理解しきっていないせいもあり、サヤカとマコトは茶に手を付けていないが、シュリはそれをこくりと飲んでいた。湯気が彼女の表情を一瞬隠す。透けるような緑色の目が輝いていた。
「ルテージさま、」
「マコトでかまいませんよ。もう館にいるわけじゃないですし」
「それでは、マコトさん。ご無事で何よりです」
「……そちらこそ。また会えて光栄です。今は何を?」
「館から出るときに手助けしてくれた方がいらっしゃるんです。その方と一緒に、弟を探す旅を」
 頭上で交わされる意味の分からない会話に、サヤカは一人黙って耳を澄ませていた。昨晩のことを思うと、気軽に「何があったのか」とは聞けない。ただ人間というのは好奇心には逆らえない生き物であり、しかも真横でその会話が繰り広げられているならばさまざまな想像をするのが性というものだ。普段のサヤカならもしかして、会話を止めて聞いていたのかもしれないがしかし、神妙な顔をして黙っていた。
 マコトはそれに気が付いていたが、ぴたりと黙っているサヤカに疑問を覚えたのはシュリのほうであるようだった。
「……マコトさん。サヤカさんは事情を知らないんですか?」
「…………ええ、まあ」
「ええと……失礼ですが、ここ数日だけ一緒にいる方とか?」
「いえ、ここ最近はしばらく。──相棒、ですし」
 そう言ったマコトに、シュリが眉をひそめる。端正な顔が少し歪んで、少しうつむき気味にふたりの話をきいていたサヤカに視線が向けられた。
「──信頼に値しない方なんですか」
「そういうわけでは」
「では、話してみてはどうでしょう。旅の相棒だなんて、こんな顔をさせながら名乗っていいものなんですか。昔から思っていましたが、マコトさんは一人で抱え込みすぎなんです!」
 ぴしりと言われて、マコトが苦い顔をした。あからさまに目を逸らした隙に、シュリの細く白い指がマコトの眼前に突き付けられる。
「わたしも、話を聞く権利があるはずです。巻き込んでしまった身として」
「わかりました、わかりましたよ! 話しますから、場所を移しましょう」
「……私は聞いていい話なんですか?」
 サヤカの声は、敬語であったがマコトに向けられていた。心配そうな目で見つめてくる彼女に対して、マコトが少し唇をかみしめながら言う。
「いいよ。……サヤカも聞いて。僕のほうは、すごく情けない話になるけど」
「……マコトが情けないだなんて、ありえないと思うけどなあ」
 ぽつりと零した独り言に、シュリが楽しそうに表情を変えた。シュリとマコトの関係、それからこれから聞く話。それらに頭を埋められているサヤカは気が付いていなかったけれど、マコトは少し照れたように頬を赤くしていた。眉をひそめながらも、顔の下半分を手で覆った彼に、シュリがくすりと微笑んだ。
 お茶と焼き菓子はなんとか食べてしまおうと、ようやく菓子に手を伸ばしたサヤカ。マコトもそれに続きながら、シュリに問いかける。
「そういえば、なんであんな所に立っていたんです。どちらに行くか迷っているにしては、ずいぶん長いこと看板の前にいるなあと……」
「あっ!」
 シュリがぱしりと口元を手で覆った。その驚きようにサヤカが驚き一瞬むせる。マコトが少し迷ったのちに背中を摩りながら、先を促す。
「一緒に旅をしているひととはぐれてしまったんです。もしそういうことがあったら、前日の宿か次の目的地で会おうって話してたんですけど……この宿にはいなくて。キアドがメルバルどっちに行ったのかわからなくて悩んでいたんです」
「決めていなかったんですか?」
「メルバルに行こうか、と最後に話したのは覚えてるんですけど……まだ確定していなかったから。彼はキアドに興味があったようですし、どっちにいったのか……」
 マコトさんと会えたので、つい頭からすっぽ抜けていましたとシュリははにかんだ。