「晴れましたねー」
洞窟の中に差し込む日の光に、サヤカが言った。寝ている間に半分ほどけた髪を治すため、ゆるやかな三つ編みを解いて手櫛で整えている。蝋燭の始末をしていたマコトが確かに、と嬉しそうな声色で返した。風はまだ冷たいけれど、吹雪よりははるかにましというものである。
再び三つ編みを結び終わったサヤカが、マコトを手伝って洞窟を片付けた。来た時よりもきれいにするのが自然へのお礼だとサヤカは聞いていたが、マコトもどうやら同じ考えのようだ。ふたりで片づけを終えれば、もともとの洞窟の状況を知らないサヤカにしてみたらば、もしかして来た時よりもきれいなんじゃないかと思うくらいである。
濃紺の帽子を浅く被り、浅葱色の襟巻を結びなおしたサヤカは、先に行くと言ったマコトが岩を乗り越えるのを待っていた。数秒もせずサヤカのほうへと手が差し伸べられ、なるほどこれが騎士様の振る舞いかと納得する。彼の薄茶色の長いフード付きマントは、手入れこそされているがところどころ汚れていた。
マコトにエスコートされるまま洞窟の外まで行く。まるでどこかの国のお姫様にでもなったようだ、と女性扱いされることに慣れていないサヤカは思った。自分より四寸ほど背の高い彼に導かれて歩くのは、悪い気はしない。
木々の隙間から朝日の木漏れ日が差し込んで、昨晩の吹雪で積もったたくさんの雪を照らしていた。雨も混じっていたのか、思ったよりも積もっていなくて助かったとマコトと話す。
「春が来ないのは不思議ですけど、これはこれで面白いですね」
「王都のほうで何か変わったのかもしれませんね。季節の長さの方針とか」
「なるほど」
サヤカたちのいるところは、とある辺境伯の治める国の最南端近くだ。他国と地続きになっているほうのリチアド王国である。急な変更だったなら、まだこちらのほうまで、しかも人がいるかどうかも知れぬ山の中に知らせに来るものもいないだろう。ちょうど冬のはじまったばかりのころに国中に駆け巡った国王急逝、王妃即位の知らせですら情報が届くのに時間がかかっていた。そんな最重要情報ですら伝達が遅いのだから、冬の長さが多少変わったところで深い森の中にいるサヤカたちが知るすべはないだろう。
「それこそ、女王様が季節の長さを変えたのかも」
「ああ、そうかもしれないですね」
マコトが、納得いったという風に頷いた。サヤカは何気なくマコトと同じ方向に歩き始め、彼の目的地がどこか知らないことに気が付く。マコトはサヤカが同じ方向に歩いている、その違和感に気が付いていないらしくサヤカの速度に合わせゆったりと歩いていた。
サヤカは、鞄にひっかけている方位磁石をそっと取り出して、歩きながら方角を確認する。少し開けた場所に出れば見える目的地ではあるが、真反対の方向に歩いていたりしたら本末転倒もいいところだ。そんなサヤカの行動を見てはじめて、マコトが慌てたようすで問う。
「サヤカさんはどこに向かってるんですか」
「私ですか?」
「サヤカさんです。なんだか、昔から一緒に旅してるみたいな気分になってました、勝手に」
マコトが言う。なんだか理解できるような気がするサヤカは、笑顔で数回、小刻みに頷く。手に持った方位磁石は、サヤカの目指す方角を向いていてちょうどいい。
「私は、家に帰ろうと思ってて。半島のほうなので、とりあえず王都に向かってます」
「家ですか」
「一年半くらい前に、家出してきちゃったんです。頭がようやく冷えてきたので、帰らなくちゃって」
サヤカが首を掻きながら笑えば、マコトは複雑そうな笑みをこぼした。その微妙な空気に「若気の至り、ってやつです」と誤魔化した。
そしてそれは、マコトがなにやら口に出そうとしたその時のことだった。