53

 次の日、四人は朝焼けの中で集合した。
 そこにしれっと混ざっているナフェリアに驚きの声を上げたのはマコトで、それにつられて「この人がナツさん?」と目を見開いているのはミコトだ。どうやらマコトから話は聞いているらしい。昨日この宿で再会したこと、それから彼女はシュカに頼まれてシュリを探していたこと。その奇跡的な邂逅に騒ぐ双子とサヤカに、シュリは強張っていた背筋がほどけていく気がした。
「ナフェリア・ツヅキ。ナツって呼んでくれ」
「俺はミコト・ルテージ。こっちはシュリ・フィーザだ、よろしくな」
「よろしく頼むよ、ええと……マコトのお兄さんかい?」
「僕の弟です」
「ああ、そうなのかい。ミコトのほうが兄貴面しているからね、つい間違えちまった」
「絶対わざとでしょ、ナツ……」
 そう場を和ませているナツは、さあねと言ってからから笑った。

 メルバルとアルトンの間にあるハフィーゼ関所を超えて、森の中へと入る。植物の魔法使いであるサヤカと、炎の魔法使いであるミコトがそろうと、焚火をするのがひどく楽である。ナフェリアはうらやましそうにそう笑った。
 歩き始めて一日目の夜に、五人もいるなら鍋でもしたほうが楽なんじゃないの、と提案したのはマコトだった。その言葉に、荷物の奥からそれなりに大きな鍋を取り出したのはミコトで、用意がいいなあと笑う。その鍋で五人焚火を囲い、その晩からそれが食事の典型になった。
 二日目の夜になると、流石に五人も打ち解けてきていた。そもそも人好きのされやすい人々が集まっているのだから当然といえば当然なのだけれど。野菜と肉のごった煮のスープを椀に掬って食べながら、しみじみとした様子でサヤカが言う。
「私、メルバルで四人でいるときに、ナツもいたらなって少し思ってたんだよね」
「そこであたしを思い出してもらえるなんて光栄だねえ。なんでだい?」
「マコトが、ミコトとシュリちゃんに揶揄われてるのを見て、ここにナツがいたらだれを揶揄うんだろうなって思ってた」
「なんだい、あたしが人を揶揄うのを生き甲斐にしてるみたいに」
「お、違うのかよ?」
 口を挟んだのはミコトだった。大食いな彼は、サヤカたちがまだ半分ほどまでしか食べていないスープをすでにたいらげ、おかわりをしていた。ミコトとシュリは、ナフェリアが道を共にし始めてから揶揄われっぱなしで大変そうだ。ミコトはずずっと不本意そうにスープを飲んでいた。
「ミコトとシュリちゃんも、ナツだったら揶揄うんだろうなって思ってたんだよね」
「ああ、それは僕も分かる。いつのまにか全員の弱味握ってそう」
「なんだいそのあたしに対する厚い風評被害は」
「僕らを散々揶揄うからでしょ、ナツが」
「悪かったって。それを言ったらあれかねえ、サヤカたちと初めて会ったときと同じようにシュリにも警戒されたよ。あたしってそんなに怪しいのかい?」
「ナツ、あれを怪しまないほうが怪しいって自分で言ってなかった?」
「……手厳しいねえ」
 笑いながらそうため息をついて、ナフェリアもまだ熱いスープの最後の一口を飲みほした。シュリが丁寧に野菜を匙で掬いながら慌てて弁明した。
「わたしは、追われててもおかしくない事情があったので……!」
「ああ、気にしなくていいさ。多分物腰が怪しいんだろうね、あたしは」
 わざとらしく遠い目をしてみせるナフェリアに、シュリがさらに慌てる。それを見て、サヤカが得意げに言う。
「それもシュリちゃんを揶揄ってるでしょ! そうでしょ!」
「おっ、サヤカもだんだんわかってきたねえ」
「ナフェリアちゃん……」
 ぴしりと人差し指を立てたサヤカに、まるで先生のようにナフェリアが頷いてみせる。自分が揶揄われているのには気が付かないくせにね、とナフェリアが揶揄いを重ね塗りした。
「いちど酒でも呑んでもらって、酔い潰れたところで色々聞きだしてみてえもんだな」
「お言葉だけど、酒は強いからね。まず呑み比べであたしに勝てたらの話になるよ」
「うげっ。じゃあ俺はともかく兄貴は駄目だな」
「マコトさん、お酒弱いんですか?」
「あー、昔父親に呑まされて、すぐに寝たっていうのは聞きました。まだひとりで呑んだことはないです。ミコトは強いよね」
「あれは寝たんじゃなくて気絶だろ!」
「いや、その匙加減僕にはわかんないから!」
 サヤカはお酒どうなの、とマコトが即座に話題をずらした。サヤカは咀嚼してから首を傾げる。
「まだ呑んだことないかなあ」
「サヤカちゃんも? わたしもないや」
「マコトと会う前は一人旅だったし、どうなるかわかんなくて怖いんだよね。そもそもぎりぎり成人してないし」
「一ヵ月くらいなら誤差だろ。てか、冬明け頃が誕生日なんだっけ? もう成人してるんじゃねーの?」
「かも。なんだか今年冬が長いから、たぶんもう成人してる……かな?」
「じゃあ、今度みんなで酒場かなんか寄れたらいいな。酒に強いやつが呑みすぎないよう気を付けて、兄貴が呑まなかったら、お前らがいくら酔い潰れても平気だろ」
 いいねえ、とナフェリアがスープをおかわりしながら言った。確かにそれなら楽しそうだった。町にひとつくらい酒場はあるものだし、シュカと合流したあとにでも時間を作れればいい。シュリもそんなことを考えたのか、頷きながら笑っていた。サヤカとマコトがほとんど同時にスープを食べ終わり、もう一杯と手を伸ばして木の杓子のところで手が触れ合う。反射的に手をひっこめたふたりを、ナフェリアとミコトが楽し気に揶揄うのだった。