夕暮れ時に着いたにもかかわらず、宿屋は奇跡的に空いていた。サヤカはマコトと一緒に二部屋の鍵を預かると、前に来たときも待ち合わせした噴水の前に移動した。燭台には相変わらず火がついているものとついていないものがあり、まばらに街を照らしている。
こうしてマコトとふたりになるのは、なんだかひどく久しぶりな気がした。時間だけで言えばそうでもないのだが、ひとりふたりと共に旅をする仲間が増え、シュリとシュカの再会なんていう密度の濃い時間を過ごしたのだから仕方のないことでもある。マコトは珍しく、外であるのにもかかわらずローブを着ていなかった。
「そういえば、サヤカ」
「うん、なあに?」
噴水に腰かけて空を見上げていたサヤカに、マコトが少し躊躇った後に問いかける。
「手は? ……まだ痛む?」
「えっ、」
その問いに、能天気に空を見上げていたサヤカは思わず左手を引き寄せる。一日歩いて、ほどけかけている包帯が、相変わらず左腕に鎮座していた。
「……あのさ」
サヤカの返事を待たず、マコトが何やら真剣な顔で続ける。サヤカは焦っていた。手が治ってしまったら、ふたりを結びつけるものはない。確かな絆は生まれたけれど、この先も一緒にいるための理由は、ない。
「サヤカの手が治ったら、」
「──……っ、」
ゆっくりと、何かを覚悟したように告げるマコト。何を言われるのか、全く予想がつかなかった。なんだか急に怖くなって、サヤカは思わず目を瞑る。
「おふたりさん。悪党ども、捕まったとさ」
もはや息すら止めていたサヤカの耳に触れたのは、マコトではなくナフェリアの声だった。そう言って隣に座ってから、気が付いたかのように言う。
「おや、お邪魔だったかい?」
「ううん、そんなことないよ」
サヤカは食い気味に首を振って見せた。マコトは一瞬言葉に詰まったものの、サヤカに続いてふるふると首を振る。
内心、すごく安心していた。手が治ったら、治ってしまったら、サヤカはマコトと一緒にいるための約束を失うのだ。それが嫌だという願いは、サヤカの体が正常に機能してけがを治していくうちには叶わない。その先も道を共にしてほしいなんて言う我儘を言うには、サヤカにはまだ勇気が足りなかった。まだぴりりと痛む手首にどこか安心しているうちにマコトに話を切り出されて、正直嫌な意味で鼓動が早まっていた。
「あの子らはまだかい? まあ、教会と孤児院の二つ回るなら当たり前か」
「あ、僕らのほうはちゃんと二部屋取れたよ。酒場は? 空いてそうだった?」
「ぱっと見ただけだけど、全然大丈夫そうだったよ。あの子らが帰ってきたらすぐ行こうか、腹も減っただろうしね」
「ねえ、お酒って美味しい?」
「人に寄るかねえ。あたしは美味しいけどさ」
半時間もしないうちに、シュカたちは噴水のところまで戻ってきた。既にそろっている三人を見てか、道の向こうのほうから走り出す。石畳で転んだら痛そうだから気を付けてね、と到底届かない声量でマコトが注意していた。
「お待たせ。ところで、朗報があるぜ」
「おっ、聞こうじゃないか。長くなるなら酒場に着いてからになるけど」
「シスターが、王都まで物資を行ったり来たりさせてる馬車がちょうど明日出るから、荷台で良ければ乗せてくれるそうです。俺たちはそれで王都まで行くことにしました」
勿体ぶった口調だったミコトに対して、シュカはあっさりと物事の要点をまとめて伝えた。意気込んでいたミコトは話の腰を折られてシュカに文句を言っている。シュリはその様子をみてころころと笑っている。ミコトとシュカはやけに素早く馴染んでいた。
「サヤカちゃんたちはどうする? 六人くらいなら全然余裕で乗れるよって、シスター言ってたけど……」
酒場までの道を歩き始めた一行のうち、マコトとサヤカはその言葉に少し悩んだ様子だった。ナフェリアはあっさりと「あたしは乗せてもらおうかねえ」と決めている。
王都までそんなに早く着いてしまったら、いよいよマコトと一緒にいる時間が減る──なんてことを考えてしまったサヤカは、珍しくも深く悩んでいた。マコトはそんなサヤカをちらりと見てから、言う。
「……馬車か。僕はちょっと乗ってみたいかも。サヤカは?」
「…………うーん、私も乗ったことはないから……」
「怖い?」
「……ちょっとだけ。でも、乗るよ」
サヤカはその時初めて、マコトの問いかけに嘘を吐いた。
馬車に乗ることは怖くなんてなかったけれど、このずるい考えを見透かされそうで怖かったのだ。でも、この場にいる誰もがその馬車で進んでいくのなら一緒に行きたいと思うのも、事実だった。