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 鐘が鳴り響いた。どこまでも続いていくようなその音に、ふたりそろって音のもとを振り向く。それは、この国の人なら誰しもが聞いたことのある音だった。季節の終わりと始まりを告げる音、「四季の塔」最上階にある鐘の音。
 ようやく春が来るのか、とそう思った。その間にも、晴れ渡っていた星空を雲がどんどんと覆っていく。季節の変わり目にはよくあることだった。精霊の入れ替わりによって発生する気象の急激な変化だと、思った。
 月を、星を隠され、サヤカたちの光源は街にあるランプの光のみとなる。
「……とりあえず、街に戻ろう。ここじゃ暗いよ」
「うん。でもよかった、ようやく春が来るんだね」
 マコトが少し笑ってから言う。
「そうだね。これで急な吹雪に悩まされることもなくなる」
 確かに、とサヤカも笑って頷いた。マコトに出会ったのも、ナフェリアと道を共にすることを決めたのも、そういえば吹雪が原因だった。今年の冬はたくさんのことがあったなあなどと振り返るサヤカの頬に、何やら冷たいものが触れた。
 怪訝に思って足を止め振り返ったサヤカに、マコトもつられて立ち止まる。ひた、とまた頬に何かが触れた。雨が降るのかと思って手を天に掲げてみるも、どんどんとその冷たいものは量を増した。マコトも気が付いたようで、空を見上げる。
 雨にしては冷たすぎるし、そもそも手に触れるそれは水滴でなかった。空から降りゆくのは多量の──雪。しかも、吹雪になりそうな勢いだった。奇しくも、マコトの言った急な吹雪だった。それに気が付いたマコトが「走ろう」と言う。
「……なんでだかわからないけど、吹雪になりそうだよ。宿までそれなりに距離があるし、走ったほうがいいと思う」
「うん、行こう。私もマコトも薄着だし、風邪ひいちゃう」
 砂浜に足を取られつつ、街まで駆け戻る。人々はそれなりに混乱しているようで、あちらこちらにある宿や店、家に向かっているようだった。サヤカたちは降りてきていたゆるやかな坂を、海沿いの道を使って駆け上がる。
「なんで雪が……」
「まだ冬ってことなんでしょ、多分……」
「シュリちゃんたち、平気かな」
「ミコトもいるし、なんとかなるよ。宿で合流になると、思う」
 それなりに息を切らしながら宿まで駆け戻る。だんだん雪の勢いは増し、確かに吹雪になりそうだった。街を白色が埋め、視界が悪くなる。マコトがちゃり、と夜光石の方位磁石を出した。サヤカも目印に首飾りを出したほうがいいかと迷うが、出会った頃に進言された盗まれないように、ということが頭をよぎり躊躇う。自分がマコトを見失わなければいいだけなのだから構わないか、と自己完結した。
 サヤカたちが着く頃には、既に宿は人でごった返していた。もう部屋は埋まってしまったようで、頭を抱える旅人が見受けられる。別の宿まで十五分ほど、吹雪の中で歩くにはそこそこの距離である。心の中で同情しながら、マコトとサヤカはナフェリアたちのいるであろう部屋へと向かった。
 二つ続きの部屋の前でマコトと別れる。ナフェリアがいるはずだからと扉を開けようとしたものの、どうやら鍵がかかっているようで扉が開かなかった。対して隣のマコトは扉をがらりと開ける。ただいまだの、一緒にいるだのと返答している声が聞こえてそっちをちらりと見た。視線に気が付いたのかこっちを向いたマコトと目が合う。
「ねえサヤカ、みんなこっちにいるみたいだよ」
「えっ」
 言いつつ笑って手招きするマコトに、扉から手を離し駆け寄る。マコトの入ろうとしている部屋を覗けば、サヤカの開けようとしていた部屋にいるはずのシュリとナフェリアもそこにいた。
 ひらひらと手を振ったナフェリアが、何かを投げて寄越す。受け取ったのはマコトだったが、すぐにサヤカに渡してきた。部屋の鍵だ。
「不慮の雪だ、明日からの予定を話し合っとこうってことでこっちに集まってるんだ。とりあえずその濡れた服を着替えといで、サヤカ」
「うん、わかった。ありがとう!」
 鍵を片手にひらひらと手を振る。シュカが、部屋に引き返そうとするサヤカにぺこりとお辞儀した。マコトの視線を背に受けながら、サヤカは自分の部屋へと戻るのだった。