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 王都の門は流石、今までに訪れたどの街よりも仰々しい門となっていた。ぱっと見ただけではただの道と勘違いするような大きさの跳ね橋がかかり、王都と陸地を繋いでいる。海の上に浮かぶ街、王都ウェルハルトへの道には、思ったよりも人が少なかった。
「久しぶりだなあ、王都」
「兄貴はいつから家に戻ってないんだっけ?」
「二年と少しかな。変わってないね」
 見上げていたら首を炒めてしまいそうな大きな塀の向こう側には、大きな都市が広がっているようだった。アルトンをいくつ寄せ集めればこんな大きさの町になるだろう、とサヤカは考える。
「私は一年くらいに通ったなあ。久しぶりっていえば久しぶり。ナツは?」
「あたしは半年と少し前くらいになるかねえ。サヤカの少し後くらいになるのかな」
「俺たちは三年ぶりくらい? だよね、姉さん」
「そうだね。ほんとうに懐かしいな」
 シュリが慈しむように、靄の向こうの城を見つめていた。王都の前はさすがに雪かきしてあるらしく、ミコトが無理に雪を溶かす必要はないようだった。
 その大きな塀に見合った、大きな門が王都の前に聳えていた。門番が数人そこに控えているようだが、特に誰何や何かをされる様子はない。話に花を咲かせたまま進むサヤカたちの中で、ナフェリアだけがすっと一行の最後尾へと移る。
 一番前にいたマコトとミコトが門番に一礼して、汀の門を潜り抜けた。それに続いてぺこりと会釈しながら続いた一行の中で、兵士がナフェリアだけ視線を向ける。
「あっ、ナツ様──」
 その声にサヤカたちが振り向くと同時、ナフェリアが人差し指を指を自分の口元に当てて兵士に合図していた。何事もなかったかのように手を振って、ナフェリアはサヤカたちのもとへと合流する。
「ナツ、知り合い?」
「まあそうだね。昔ちょっと」
 サヤカの問いかけに答えつつ、ナフェリアがフードをさり気なく被った。首を傾げたサヤカたちに頓着せず、ミコトが能天気に問う。
「どうするんだ? シュリの親に連絡するにしたって、城に入れないと意味ないだろ」
「うん、そうなんだけど……どうしよう。持ってる身分証はもう使えないだろうし」
「身分証? そんなのがあるの?」
「うん、それを門番さんに見せれば通れるんだけど、ロクス様の屋敷にいる間に身分証の形が変わったって聞いたし……」
 シュカが、ふとナフェリアを振り向いた。その視線にこたえてか、何かを言おうとしたらしいナフェリアを遮って、マコトが続ける。
「父さんに、シュリさんの親に連絡してもらえばなんとかなるかもしれない」
「あ、魔法騎士なんだっけ? マコトのお父さん」
「うん、……母さんなら父さんに連絡できるだろうし、そこから伝えて貰えれば」
 サヤカの前で出来るだけ家族の話はしたくなかったんだけどな、と思いながら苦い顔で言うマコトに、サヤカはむしろ目を輝かせた。城への連絡が確実につく道が見つかったとなれば、シュリとシュカが家族と再会できる日はもうすぐそばまで来ている。
 シュリがミコトを仰ぎ見た。笑って頷いたミコトに、シュリがぱあと笑う。
「んじゃ、とりあえず俺たちの家まで行こうぜ。流石にいきなりすぎるから、飯だけは済ませてからになるけど」
「マコトたちの家ってどこらへんなの?」
「んーとな、あっちらへん。こっからだとどれくらいだ?」
「三十分もいらないと思うよ。確か途中に店もあったから、適当に食べてこう」
 そういうと、ミコトが歩き出して、シュリがサヤカとマコトを連れてその隣に滑り込む。六人並んで歩くのは流石に幅を取りすぎるからと、ナフェリアとシュカが後ろについた。
 夕餉はどこで食べるか、と話に花を咲かせるシュリとミコトに、マコトが首を捻る。サヤカと違い城下に慣れている三人は、いくつか心当たりがあるようだ。酒場はやめとこうとマコトが言うと、ばつが悪そうに肩を竦めるミコトに笑いが飛ぶ。
 石造りの建物が立ち並び、その間はメルバルと同じように夜光石のランプが吊るされて夜を照らしていた。メルバルと異なるのは、ところどころに灯篭も存在していることで、今まで立ち寄ったどの村や町よりも明るい。広い道では、サヤカたちのように数人の旅団や、ひとりでどこかへ向かう人など様々な人々がすれ違う。真夜中になってもきっと人の動きがあるのだろうとサヤカはあちこちを見ながら思った。帽子の上に積もっていたらしい雪を、マコトがさっとはらってくれていた。
 後ろでナフェリアとシュカが話している。無声音に近い声量で話されるその内容は多少気になるけれど、サヤカはとりあえず夕餉に何が食べたいか考えるのだった。