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 木組みで作られた簡素な扉の先が、マコトたちの家らしかった。マコトとミコトは今日は家に泊まるとしてほかの四人はどうするかと話し合った末に、とりあえず挨拶と要件を伝えた後に少し向こうの宿に行こうということで話が纏まったところだった。
 夜も遅いというのに、なんの躊躇いもなくミコトは扉をノックした。窓からは光が漏れていたし、家主が寝ているというわけではなさそうだったが、その勢いにサヤカは少し面食らう。
「はい、どちらさま?」
「ミコト・ルテージと申します」
「あら、ミコト? ちょっと待ってね、今開けるわ」
「兄貴と、あと一緒に旅してる奴らも一緒だよ」
 芝居がかった口調で自己紹介をしたミコトに、シュリが思わずくすりと笑っていた。扉の向こうでも笑い声が聞こえて、やがて木組みのそれがゆっくりと開かれる。
「……久しぶり、母さん」
「あらま、本当にマコトも一緒ね。後ろにいる方々も入って入って、寒いでしょう」
 ばつが悪そうに笑ったマコトに対して、母親は快活に手招きする。ミコトが一番に家に入っていった。お言葉に甘えてお邪魔させてもらうかどうか、残りの四人は一瞬視線を絡ませたが、結局とりあえず家に入ることにした。
 狭くてごめんなさいね、とふくよかなその女性は笑いながら言った。大きなソファに座るよう促されて、全身の雪を外で払ったのちにサヤカたちはソファに沈む。マコトとミコトは適当な椅子に座っていた。
「私はベル。好きに呼んでくださいな。うちのマコトとミコトがお世話になってます」
「いえ、こちらこそ……ミコト、さんには助けてもらってばかりで」
 シュリのその返事に、ベルは幸せそうに笑った。
「遅い時間にすみません」
「気にしないでちょうだいな。そうそう、マコトとミコトのどっちでもいいから全員紹介してくれないかしら。ふたりの大事な人たちなんでしょう?」
 その言葉に、マコトはますます肩を縮めたようだった。自分が騎士の称号を剥奪されたことは伝わっているはずだといつか言っていた。それに全く言及せずにサヤカたちを誰何する彼女の真意は、まったくもってサヤカには分からない。ただ本当に気にしていないのか否か、どちらにしたってマコトは気まずいだろう。曖昧に笑ったマコトに、ミコトがあとを引き受けた。
「えっと、こいつはシュリ。一番の馴染みで、最近までこいつと二人だったんだけど、いろいろあってこの人数で動くことになったんだ」
「ええと、ご挨拶が遅れてごめんなさい。シュリ・フィーザと申します。はじめまして」
「あらあら、かわいらしいお嬢さん。どうやってお知り合いになったの?」
 まさか貴族の館から攫った──実際には助けたのだが、状況をそのまま説明すれば人攫いに等しい行為を行ったなどとは言えないミコトが言葉に詰まる。まあまあ、と適当にはぐらかして、次々に人を紹介していく。シュリの弟シュカ、その馴染みのナフェリア、そしてマコトの相棒のサヤカ。ベルはそのすべてをうんうんと楽しそうに頷きながら聞いていて、サヤカもぺこりと挨拶したときにやたらと褒められた。
 マコトとミコトの人好きのされそうな性格の理由はこの人か、とわかるくらい、優しい人であった。
「みなさん、ぜひ今日は泊まっていって。この時間からじゃ宿もとれないでしょう」
「え、いいの? 母さん」
「狭いけど、それでよければね。あんたたちの部屋と父さんの部屋でふたつあるし、男の子と女の子で別々の部屋にできるでしょう?」
 ぱっと相好を崩したシュリが、代表してお礼を言った。気にしないでと手を振るベルはまさしく強く優しい母親という言葉を体現したような人物だった。