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「え、え、……えー!? ナフェリアちゃん、守り人だったの!?」
「まあ、たまたま王都に来ているときに夏の精霊様に見初められてね。流れで」
「えっ……え、えー……」
 シュリは擬音を垂れ流しながら目を見開いていた。まだしゃっくりは止まっていないが再会の涙こそ引っ込んだ様子でナツを見つめている。グリディアたちは単純に、ナツとの再会を喜んでいるようだった。一方マコトは、ミドハンスでシュカとナツが不自然に宿に残ったのはこのことかなどと少しずれたことを考察している。サヤカは疑問符をとばすばかりだった。
「シュカとシュリから守り人の話を聞いたときは驚いたよ、長年後任が決まってないって聞いた春の守り人と運よく出会えるなんてね」
 理解していないふりをしていたのか。そういわれてみれば、ナツは確かに城の事情に通じている節があった気がする。そう考えれば門衛に声をかけられていたのも納得がいくし、シュリがお城にどう連絡をつけるかと迷っている間の沈黙も、ナツ自身がグリディアたちを呼ぼうとそう考えていたと考えれば不自然でない。
 サヤカは尋常でない勢いで瞬きをしていた。感情のままに問いかける。
「えっ、それこそ、ナツはめちゃめちゃえらいひと……?」
「まあ、貴族とかではないけどそうなるのかねえ。昔貧乏な村にいて、両親がいないのは変わらないし、高貴ってわけではないけど」
「……ナツさま、とか呼んだほうがいい、ですか?」
「気にしすぎ、サヤカ」
 そう言ってナツが快活に笑う。
「ナツどの、居たなら最初から名乗ってくださればよかったのに」
「んー、もし言わなくて済みそうならそれでいいと思ってたのでね。この子たちに余計な混乱を招くのも嫌ですし……ただ、四季の塔の不具合が鍵のせいだとなると話は違ってくるんです」
「……というと?」
 ヴァールが首を捻った。そこで、ナツが申し訳なさそうに笑いながらサヤカを振り向いた。視線がばっちりと絡んで、サヤカは自分がなにか言われるのかと身構える。
「サヤカ、さっきあたしに言ったね、「ナツさま」って呼んだほうがいいかって」
「え、うん……偉い人なら、そう呼ばないと失礼なのかなって」
「それはこっちの台詞だよ」
 こつこつ、と靴音を立てながらナツが近づいてきた。それから、サヤカの首に下げられた金色の鎖に指をかける。なんだか恐ろしい思いをしているようで、サヤカは思わず目を瞑った。そんなサヤカの様子にも頓着せず、ナツは容赦なく続ける。マコトが隣で何か言いたげだった。
「サヤカは覚えてないだろうけど、アルトンで呑んだ時言ってたんだ。『自分は養子』なんだって。言うつもりはなかったようだから、サヤカの酒の勢いとはいえ聞いて悪かったとは思ってる、すまなかったね」
 息をのんだサヤカに、マコトがとうとうナツを止めにかかったようだった。ナツの名前を切羽詰まった声が呼び、一瞬ナツの手がサヤカから離れる。一緒に、服の中から宝石が引きずり出された。その感覚に目を開けたサヤカに、ナツが「すまない」とつぶやく。
 菱形の均衡を崩したような、落ちた雫をそのまま固めたような──シュリとシュカの持つ、旧王宮出入身分証と同じ形をした宝石。太陽の光を様々な色に変化させ、夜には道を照らす夜光石となる透明な宝石を見て息をのんだのは、グリディアをはじめとした王宮に仕えているものたちだった。サヤカが、その意味の分からない空気の不気味さと心細さにあとずさった。マコトが慌てた様子でサヤカに近づくと、落ち着かせるように手を取る。
 ナツがゆったりと続けた。
「彼女が持っている宝石こそ、「鍵」だ。親兄弟と血が繋がっていないこと、丁度メイクラシアさまと同じころの生まれであること、そしてこの「鍵」を持っていること。どういうことだと思いますか、グリディアどの」
 ナツが守り人であることにはまったく眉を動かさなかったシュカでさえ、目を見開いている。つまるところ、ナツ以外の誰も知らなかったのだ。それはサヤカ自身でさえも、全く気が付いていなかったこと。
 答えないグリディアに、ナツが続けた。
「────彼女こそ、王女メイクラシアさまの片割れ、王族の血を継ぐもの。そして、今代の長子であり、メイクラシア様と対になる鍵を持つ王女、サヤカです」