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 混乱しているだろうし、疲れもたまっただろうから、話の続きは明日にしよう。
 エレアノーラのその言葉で、サヤカは両親とは別の小さな客室へと案内された。確かに混乱しているし疲れてもいるが、その話の内容は気になる。今晩は寝れるかどうか悩みながら、サヤカは部屋でひとりになった。
 どの宿屋でも感じたことのないふかふかとしたベッドに横たわった。人の沢山いる街ならではの喧騒も遠ざかり、ここ一か月ほどずっと誰かと共に在ったこともあって、一気に寂しさがこみあげてくる。どうやら、両親は別の部屋のようだった。
 女の子の憧れとして、お姫さまになりたいと思うことはもちろんあると思うけれど、まさか本当にお姫さまだったなんてとサヤカは仰向けに寝転がりながら思った。いろいろなことがありすぎて混乱している。ナツの身分、シュカたちとその両親の再会、そして自分の出自について──。挙句の果てに両親と再会、女王陛下に謁見となれば疲れているどころの話ではない。追いかけてきてくれたマコトと話していた時、どんなことを口走ったのかさえもう曖昧だ。ただ、ずるいことを言って引き留めたことははっきりと覚えていた。城に行くことになったら共に来てくれ、だなんて──あのタイミングで、彼が断われるはずなんてないのは分かっていた癖に。はやく手が治ったことを伝えなければ。
 ナツにも、誤らないといけない。彼女はただ真実を伝えてくれただけなのに、サヤカのどうにもならない感情をただ有り余るままにぶつけてしまった。
 ただ、今日が人生の大きな岐路なのだろうな、とは漠然と思った。真っ白なシーツと豪華絢爛な部屋を見て恋しくなるのは、あのあたたかなひとたちのことだった。共に旅した人たちの、ことだった。

 寝れるかな、だなんて悩んでいたくせに、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。コンコン、と重たいノックの音で重い瞼を開いた。部屋の中には燭台があったけれど、扉の向こうに見える空は暗いように見えた。雲に覆われているから、はっきりとは分からないけれど。
 暗がりに紛れて人が入り込んできたのを、サヤカは目を細めて見定めた。ネグリジェと思わしきふわふわとした洋服に、大きなローブを羽織っているらしいその少女は、部屋に入ってすぐのところにあった蝋燭から自分の手燭へと火を移す。暗闇に映える薄い緑の瞳を持つひとを、サヤカは一人しか知らなかった。
「……メイ様?」
「ええ、お姉さま」
「どうかしたんですか」
 まだ眠い目を擦りながら、サヤカは寝台から降りた。優雅な雰囲気は崩さずに駆け寄ってくるメイクラシアに、首を傾げる。
 駆け寄ってきたメイクラシアは、謁見の間で会った時のようにサヤカの手を取って喋り始める。ころころと跳ねるような声にサヤカは聞き覚えがある気がした。
「あのですね、お姉さま」
「はい」
「四季の塔へ、行きましょう」
 突然の誘いに、サヤカは彼女が王族──それ以前にサヤカの妹ではあるのだが──であることも忘れて、思わず怪訝そうな声を上げた。