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 メイクラシアの代わりとでもいうように、入れ替わりでサヤカの隣に人が来た。そっと見上げると、金色の目と闇に溶ける黒髪が見える。まだ今夜になって声を聴いていないマコトが、ちゃんとこの場に居たことにひどく安心して息を吐いた。
 少し向こうの四季の塔の扉の前では、メイクラシアが何かを拙く詠唱していた。ネックレスを失った首元はなんだか寂しいけれど、それがメイクラシアのもとにあるのならばそれが正しいのだと言い聞かせる。首飾りも、メイクラシアの手のぬくもりも失って、ひどく心細いような気がしてきた。これは確かに、たくさんの人と塔に向かいたくなるのも分かる。
 誰もがじっと、メイクラシアの詠唱を見つめていた。扉が開かなかった、ということはつまり、メイクラシアは何度もこの儀式を繰り返しているということだ。今更サヤカは不安になった。自分の持っていた宝石がにせもので、もしこれで塔が開かなかったら──。
 どきりと嫌な音を立てた心臓に、ふるふると首を振ってその考えをかき消した。そんなわけはない。きっと塔の扉は開く。
 やがて、メイクラシアの詠唱が途切れた。
 メイクラシアの手首には鎖がかけられ、宝石が手から離れたとしても見失わないようになっていた。それを確認してから、メイクラシアはゆっくりと宝石を手放す。なんどもなんどもやった工程だった。ただ、そこに実の姉の持っていた宝石が加わった、それだけの違いだ。それだけの違いで、扉は。
 目が眩むような光が扉から溢れた。驚く面々と、思わず目を細めたサヤカに、ナツだけが慣れたように飄々としていた。四季を閉じ込めたようなひかりが溢れ、数秒間あたりが全く見えないほど光に包まれる。まるで別の世界に行ってしまうかのような錯覚さえ起こしそうなくらいだった。
 だんだんと光は一点に集まっていくようだった。あまりの眩しさに目を閉じていたシュリの肩をミコトが揺らした。サヤカたちを包むような光は収まって、今は扉に集中している。
 息をのんだサヤカたちを置いてけぼりに、扉がぎいと音を立てて開く。誰の手も借りずに開いたそれに驚いて、サヤカはじいとその様子を見つめた。目が離せなかった。
 その様子を一番近くで見ていたメイクラシアが、くるりと踵を返してサヤカたちのもとへと駆け寄ってくる。雪を蹴ってこちらへと来たメイクラシアを、ナツが満面の笑みで迎え入れる。
「開きました……、扉が、開きました! お姉さまのおかげです!」
「私はなにも」
「宝石を持ってきてくれました!」
 まっすぐな瞳がサヤカを射抜く。マコトが、目をきらめかせたメイを見て、続けた。
「……本当にサヤカの妹なんだね。そっくり」
「えっ、そんなに似てる……?」
 生まれこそ同じだが、育ちは天と地ほどの差があるふたりが、似ているというのか。懐疑の目を向けたサヤカに対し、周りにいる面々が目を逸らしながら頷く。すこし嘲笑にも見えるその仕草に、サヤカは困惑の色を滲ませた。
「ま、あたしもそれは同意だけどさ。シュカの言う通りこのままじゃ風邪ひいちまうよ、塔の中に入ろう」
 ナツは自身がくすくすと笑いながら歩き始めた。シュカが即座に後をついて、ナツが手を引くメイクラシアと並ぶ。怖いもの知らずだなあ、とシュリは自分の弟ながらに思った。