ミコトが点けてくれている燭台はいい道しるべにも、一時的な暖を取るのにもちょうどよかった。登り始めてみれば、見上げているほどに塔は高くないらしいと分かり、ナツがどうやら先に行きたげだ。サヤカやシュリのようにのんびりと旅を繰り広げてきた人と違い、ミコトやナツ、そしてマコトもだろうが体力勝負の人はこのくらいの塔はへでもないようだ。そして前者のふたりとシュカも、森の中で一人暮らしをしていたり旅をしていたりと、そういったことに困らない程度には体力をつけている。登っているうちにだんだんと暑くなってくるのもあり、時間をかければ無理なく登れそうである。
そしてこの中で一番へばっているのが、メイクラシアであった。手すりに手をついて体を引き摺るように歩いている。彼女に合わせて歩けば、自動的にほかの面々にはまったく厳しくない速度となった。もうかなり上のほうまで、燭台は点いている。寧ろ進度が遅すぎて、サヤカたちが通っていく燭台の蝋が終わってしまわないか不安になるほどだった。一行で一番体力のなかったシュリでさえまだまだ余裕だったが、旅人と姫では基礎が違う。
「……大丈夫かい、メイ」
「あの……あとから、追い付きますから、先に行っていただいて、」
「そんなこと言って、一国の王女を置いてけぼりにするわけにもいかないだろう。そもそも精霊を鎮めるのも起こすのも姫さまの役目だよ」
ナツとメイクラシアはどうやら見知った仲のようだった。この中でメイクラシアに軽い口をきけるのはナツのみだったが、ナツがすべて言いたいことを言ってくれるため不都合は特にない。ただ、ナツをはじめとした全員がメイクラシアに心配の視線を注いでいた。
この中で一番の薄着なうえに、に体力の限界が近い人を階段に放置していくなど、メイクラシアの凍死を推奨しているようなものである。そしてナツが言うように、季節を変える儀式は王家のものじゃないと遂行することができない。そんな利害の話よりなにより、彼女を置いて進むなどできるはずもないのだ。
「……おぶったほうがいいかい?」
「いえ、歩けますから」
「私の上着いりますか、メイ様」
「お借りしたら、お姉さまが寒いですから」
一番後ろをゆっくりと登るメイクラシアは、傍目から見ても震えている。こんな時にこそミコトの炎があれば、と切に思うものだが、生憎彼は今、燭台を点けにはるか上層部に行ってしまっている。呼べば戻ってくるだろうか、とサヤカは思う。
「シュカ、炎の魔法は使えない?」
「俺は……使えないことはないですが、まったくコントロールが効かないので危険です。人の周りで展開させられるほどの練習はしていません。姉さんは?」
「わたし、炎魔法が一番下手で……マッチの火くらいにしかならないの」
多様な魔法を扱う二人も、運の悪いことに炎魔法で辺りを暖かくするほどの技術はないらしい。「私が燭台点けに行けばよかったね」とシュリが上を見上げる。いったいいつから放置してあったのかわからない蝋燭は、ところどころすでに蝋が尽きたようだった。それに気が付いたらしく、ミコトはある一定のところでとどまっている様子だ。サヤカたちが追い付いてくるのを待つつもりだろう。
サヤカは、申し訳ないけれどもミコトを呼びつけるか、と真剣に考えはじめた。大声を張るのはそれなりに体力を使うけれど、メイクラシアがこのまま凍えるよりは幾分もいいだろう。メイクラシアの様子を見ながら、あと何周ほど壁に沿ったらせん階段を昇ればいいか目算する。塔といっても大きめの広場一つ分ほどの大きさがあり、普通に一蹴するだけでそれなりに体力を使う周の長さだ。
「……これを昔の人は、季節の変わり目ごとに逐一登っていた、と」
「天動機を宮廷魔導士たちが発明するまではそうだったろうねえ。こんなに寒いことはそうそうなかっただろうが」
サヤカはミコトに叫んで声をかける手段を提案しかけて、ふと思い出す。いきなり鞄を漁り始めた彼女に、マコトが怪訝そうな視線を向けた。
思い出したのは、魔導石だ。それはいつかの森小屋でナツから報酬だと押し切られて受け取ったもの。少しの傷で火打石以上の火花が散るそれは、ミコトと出会うまでの数日間に少しだけ使ってみたことがあった。
鞄の中から魔導石と共に短剣も一緒に取り出して、一度立ち止まった。メイクラシアを先に行かせると、人のいない方向に向かって魔導石に少し傷をつける。ぱっと火花が散って、そして虚空に消えていった。そして石が残響のように発熱する。
サヤカの冷え切った手先にも、その熱はしっかりと残った。そればかりか、周りの待機までほんのりと暖かくなる。流石炎の魔力の結晶体、と思いながら、メイクラシアのいるところまで駆け上がる。
「あの、これ。どうぞ」
「……これは、」
「魔導石です。ナツから貰ったやつ。傷をつけると暫く暖かいので、すこしは増しになるかなって」
ついでに自分の襟巻も外すと、有無を言わせずにくるりとメイクラシアの首に巻き付けた。手すりにつかまっていないほうの手に持っていた手燭を優しく奪い取ると、その手に魔導石を握らせる。
「冷たくなったら教えてください。傷をつければいいだけなので」
「……お姉さま、」
「遠慮しないでくださいね。……姉が妹を手助けするのは当然でしょう?」
言ってから、少し恥ずかしくなってメイクラシアから視線をそらした。振り向いていたらしいシュカとふと目が合い、その優しい目からも逃げ出したくて俯く。隣ではマコトが同意するように小さくうなずいていた。
「上の者からの施しは受けるべし、だよ。メイ」
「分かっております。ただ、なんだか嬉しくて」
幸せを噛み締めるように魔導石を握りしめたメイクラシアの周りは、魔導石のおかげか彼女の感情のおかげか、ほんのりと暖かかった。