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 小さな集落のユーンタを通り過ぎ、王都手前で最後に寄るのはどうやら海沿いの都市・ミドハンスになりそうだった。ここから王都までは歩いて一日半程度、馬車で揺られていけば明日の昼頃には着くだろう。
 ひときわ大きな宿屋を取って、夕暮れ直前から自由時間となった。商店街を見て歩きたいと言ったシュリに、どうやら人混みが苦手らしいシュカが先に宿で休んでいると辞退、ナフェリアが珍しくそれに付き合うようだった。
 みんなで酒場に言った次の日のような重い空気は、日が経つにつれて薄れていった。ミコトが呑みすぎたと言っていたし、それが原因だったのかもしれない。サヤカは特に深追いすることなく、その馬車の旅を楽しんでいた。
 メルバルで露店を見て回った時のように道を歩く。海に直接つながる運河が町を分断するように流れていて、大きな跳ね橋がかかっていた。石造りの建物が立ち並び、細い路地が入り組んでいる。ミコトがあちこち見渡しながら言った。
「城下に似てるな。道は狭いけど」
「あれ、ミコトはミドハンスに来たことなかったっけ?」
「え、兄貴は行ったことあんの?」
「あるよ。父さんに連れられて……あ、そっか。ミコトはもう旅に出てたのか」
 途中で一緒に買った串焼きを頬張っていたシュリが、指の先で口の端についたたれを拭いながら聞く。この町はメルバルやアルトンに比べれば人通りも、人口も多く、はぐれたらすぐに見失ってしまいそうだった。
「マコトさんと一緒に旅を始めたんじゃなかったんだね」
「ああ、うん。兄貴が家を出たのが十四? だよな?」
「うん、そうだね」
「俺は十三で家出てるから。家を出た目的がなんてったって『兄貴を越す』だからさ」
「もしかして今も僕を越すって理由で旅してたり、する?」
「…………今は正直、旅が楽しくなっちゃって……」
 昔ほどは鍛錬してねえな、とミコトが笑う。マコトが仕方ないなと言いたげに笑って見せた。
 サヤカは自分も頬張っていた少ししょっぱすぎる串焼き肉をどうにか飲み込んでから、ミコトを振り返った。後ろにいるマコトとミコトの二人のほうを歩きながら向くと、首が変な方向へ曲がってしまって少し痛い。少々危険ではあるが、後ろ歩きで声をかける。
「ねえミコト、マコトって昔から料理上手だったの?」
「え、あー……確かに、上手だったかもなあ。なんか手先は器用だわ剣は扱えるわで、万能だったぜ」
「そんなこといったらミコトだって力持ちだったでしょ。小さい頃の僕だったら絶対持てないような大きな丸太をひょいって持ち上げちゃうし」
「まあ、ないものねだりってやつだな」
 言いつつミコトが、シュリの手から串焼き肉を奪って一口食べる。「あっ」と言って怒り、素早く串を取り返すシュリに、思わずサヤカが笑った。
「サヤカちゃんだったらいいけど、ミコトはだめ!」
「普通逆じゃね?」
「ミコトはつまみ食いしすぎなの!」
 わかりやすく鼻を鳴らして怒ったシュリの頭を、ミコトがぐしゃぐしゃと撫でていた。もちろんミコトたちも串焼き肉は買っていたのだが、女子二人がちまちまと食べている間に平らげてしまったのだ。大食いのミコトだけでなくマコトまでもすぐに食べきっていて、サヤカは少しだけ驚いていた。
「本当に仲いいんですね、シュリさんとミコト」
「喧嘩するほど仲がいいっていうもんね。羨ましいなあ」
「だってさ、シュリ」
 ミコトが揶揄うようにそう言って笑う。シュリは膨れたまま、それでも笑って見せた。
「うん、すごく仲いいですよ」
「今日は素直なんだな」
「いつも素直だもん」
 シュリがそう言ってぷいと横を向く。その耳は少し赤く、揶揄われたのが恥ずかしいらしかった。この反応はナフェリアが合流してからというもの何度も見てきているが、サヤカは何度見ても愛らしいと思う。整った顔立ちと、ミコトと丁度良い程度の身長差。まさにミコトの姫と言うに相応しい──と思っている。
 シュリが照れを隠すためか、サヤカに勢いよく話しかける。
「サヤカちゃんも、マコトさんと仲良しだよね!」
「えっ」
 この流れで言う仲良し、というのはいわゆる恋愛の話ではないのか。そう思ってぴたりと足を止めたサヤカに、背後のマコトが「えっ」と繰り返す。どちらかというなればサヤカに聞き返すようなその言葉に思わず振り向いた。
 怪訝そうな、恥ずかしそうなその顔でようやく気が付いたのか、マコトが何かに気が付いたように声を上げた。ただ揶揄っていただけのつもりらしいシュリがちらりとサヤカたちのほうを見て口角を上げていた。反対に、片手で顔を覆ったマコトが小さく呟く。
「うん、ごめん」
「兄貴、にっぶいな。自分で始めた話なのに」
「いや、あの、……仲良しだよね、マコト! すごく仲良しだよね!」
[うん、仲良し]
 サヤカが頬を上気させていることに、俯いているマコトは気が付かない。そのフォローに乗っかって場を乗り切るつもりのようだ。ここにナフェリアがいなくてよかったとサヤカは深く思って、もしもここに彼女がいたら──と少し考える。光の速さで揶揄いの種にされることが簡単に予想出来てとても恐ろしかった。
 マコトは一度深く深呼吸すると、恥ずかしさからか赤く染まった顔のまま再び歩き始める。