ふたりの家で暮らし始めて数日が経った。
木やその他のものを削る仕事をしているシュヴァルツと、廃墟を手直ししたせいで未だぼろぼろの家の修理をしている二人の家には、いつも木くずやら石くずやらが蔓延していた。ふたりは慣れた様子で、くずを吸い込んでしまったりだとかそういうことは起こらない様子だったが──それでも時々咳き込んでいる──ふたりと違いそういったことの技量がない少女は、その空間にいると咳が止まらないことが多々あった。作業中は仕方がない。一日の最後に片付けるからと放置された道具があるまま夕飯を食べたりするから悪いのである。
そういった理由で、少女はすぐにはたきや箒などの掃除用具をもって家を駆けまわることとなったのだ。三人で暮らすのには少々広すぎる家には、時々埃が積もっている場所もある。裏の畑の世話もあったし、生きることを優先すれば優先順位がそうなるのはまあ、明明白白だ。拾ってもらった恩も含め、家のあちこちを掃除したり、裏の畑の世話の仕方を教わったりしていた少女に、あるときトウトは笑いかけた。
「この感じ懐かしいな」
「あら、そう? そこ少しどいてくれないかしら、トウト」
「はいよっと。懐かしいよ、俺たちが仕事こなしてお前が家事やってる様子っていうの? その感じ」
「家事なんて初めてやるのにすらすらできるのは、体が覚えてるからなのね」
トウトと話しながら、次の掃除場所をシュヴァルツの後ろに定めていた少女が何を言う前に、シュヴァルツが立ち上がる。彼の雰囲気は、別名の効果によるものか単に慣れたのかは不明だが、最初の頃より柔らかくなったようだった。
「…………レインはコハクより堂々としてるけどな」
「そうかしら。そんなつもりは特にないのだけど……ああ、シュヴァルツって、掃除中の私がなにか言う前に八割がた避けてくれるわよね。トウトも五割ほどの確率で避けてくれるけれど。ありがたいわ」
ふたりとも気が利くのね、と笑った少女に、トウトから帰ってきたのは苦笑だった。シュヴァルツは箒が通りすぎるのを確認すると、椅子に座り直す。
「……なにかまずいこと言ったかしら」
「いや、昔のお前とは全然違うなと思って。昔のコハクは俺たちに気を使って掃除で立たせるのすら言い出さなかったからさ」
「あら、そうだったの。気を遣わせたのは私だったってこと?」
「大したことじゃないし、俺たち別に無理してるわけじゃねえから気にすんなよ? ただ、自分が外で稼ぎに出られないのを気にしてるみたいでさ」
「……家事も立派な仕事だと思うけど、どうなのかしら。身分が高いところのお家には使用人がいるじゃない」
箒で床を掃くついでに、棚の上の埃を払いながら少女は言った。昔の自分はどうやら余計なことを気にしいだったらしいなと思う。それ以外にも、ぽつぽつと漏れ聞こえる思い出話を聞いていると、どうにも自分には一致しない特徴が多すぎた。記憶を失うと居間までの経験が失われ、価値観も変わりかねないし──人格も変わるものなのだろうか。
部屋の中をこまめに歩きまわる少女に、トウトが大胆に木を鉈で割りながら言った。
「その辺剣あるから気をつけろよ」
「ええ」
「…………そろそろ剣の手入れしないとまずくないか、トウト」
「あー、そうだなあ。レインもいるしな」
明日にでも砥ぐか、と言ってトウトはもうひとつ、木を割くように割って見せた。ドンと下の台に鉈がぶつかって大きな音を立てる。少女は、剣に積もっている埃をはらった。
「……明日は東の町に行くんじゃないのかの」
「あっそうだった、じゃあ今晩だな」
扉の近くには、どうやらトウトかシュヴァルツかは分からないが、どちらかの仕事によるものらしい木刀が置いてある。畑の手入れや主だった家事が終わる昼頃になると、ふたりはそれを手に取って外へ出ていくのだった。音から聞くに、どうやらふたりで手合わせでもしているようだった。
「ふたりは剣が上手いの?」
「町の工房にいたころ、先輩が片手間に教えてくれた護身術程度だな。兵士とか相手にしたらかないやしねえよ」
「……俺も剣扱うようになったし。多少は、強くなったと思うけど」
「そうだな。町にいたころと違ってシュヴァルツも剣持つようになったし……ま、武道の心得がないやつ相手だったら何とでもなるだろ」
「頼もしいわね。私は武術の類はさっぱりだわ……さっぱりなのよね? 武術ができる体には見えないわ」
隙間風が吹き込む家の中で、少女が集めた木くずが宙に舞った。これもまたよくあることだ、少女は慣れた様子で塵を集めると、もう一度一つ所にまとめてみせる。咳が出たのはご愛嬌だ。
トウトは立ち上がって少女の掃除を少し手伝いながら答えた。
「まあ家に籠りきりだったしなあ。一応山越えするくらいの体力はあったけど」
「名実ともに箱入り娘というわけね。今の私にもそれくらいの体力はあるかしら」
「あるんじゃないか? そりゃあ昔よりは痩せたけど、それ以外で特に体に異常は見られないし」
「ならいざとなった時はひとまず逃げられるわね。……木くずを外の捨て場においてくるわね」
「あ、俺も薪お気に行くから待ってくれ。シュヴァルツもそろそろ片付けしろよ」
夜は剣の手入れするからな、と言い残したトウトに、シュヴァルツはこくりと頷いてみせる。それから、手元にあった道具を慣れた手つきで片付け始め、小屋の中には金属と木がぶつかり合う音が鳴る。数日暮らして分かったのは、彼の無口さは少女への感情云々ではなく、素の性格だということだった。