もしかして、好かれていたのだろうか。少女はそうぼんやりと思った。廃墟を改築したとあってやけに広い家の中、少女に与えられた部屋の中は、一本の蝋燭が照らしていた。
揺らめく炎に照らされるその指輪は、半透明な白色の石を加工してあるもののようだった。大ぶりなそのシルエットは、薬指や小指というよりも親指に似合いそうだ。ずっしりとしたその重みからも、そこそこいい石を使っているんだな、と見受けられた。その指輪に嵌まっている赤色の石に見覚えがないと彼は言うが、それ以外はつまり彼から送られたものだろう。作ったと言っていたし、彼の手によるものらしい。
この精巧な指輪を送られたコハクが肌身離さず持っていたらしいのは、今日初めて知ったことだった。とても大切にしていたらしいことも。ただ、今の少女には、その感情がひとかけらも見受けられないだけで。
それほどまでに大切なものだったのなら、懐かしさのひとつでも覚えるものではなかろうか。指先でくるくるとそれを見定めていた少女は顔を顰める。今のところ自分に覚えがあるものと言えば、白い髪ただそれだけである。触れると冷たく重量のあるそれに好感を抱けども、哀愁は感じられたものではない。
少女は、これ以上考えても無駄だと蝋燭を揺らして消した。シュヴァルツに貰ったこの指輪は確かに自分の大切なもの、それだけでいいじゃないか。
ただ、疑問が残っただけだったのだ。部屋は、隙間風が肌寒くとも月明かりは差し込まず、少女は渡されていた毛布にくるまった。ふわふわとした毛皮が風を遮って、少女の体を温める。今は冷たいだけの指輪もじき体温に紛れていくだろう。
──好かれて、いたのだろうか。はたまた、自分がシュヴァルツを好いていたのだろうか? そう考えると、なんだか納得がいく気がしたのだ。少女の記憶の一番初めに刻み込まれた抱擁も、その後のレインに対する態度も何もかも。行方不明の恋人がまったく違う雰囲気を漂わせて帰ってきた時の衝撃と混乱は察するに余りあるものだ。彼もトウトも聡明で、少女のことを真綿で包むように大切にしてくれているから、言い出さないだけなのではないだろうか。そうすれば、こうやって少年二人、かつては自分も含めた三人で質素な生活をしていた中でも指輪を持っているのに説明もつくというものだ。トウトと異なり、どうしても家族、兄妹というよりは友人──身も蓋もない言い方をすれば他人、それに近く感じられることも分かる。本当はどうあれ、家族とは違う距離感なのは確かだった。これに関しては彼らに聞かなければ真相はわからないけれど。
大切な人から貰ったものを大切にするのは道理だ。
常識的な記憶は持ち合わせていれど、生まれたばかりの赤子と大差ない記憶量しか持っていない少女は宵闇に口をきゅっと結んだ。恋という感情は、今の少女にとっては未知のものだ。記憶のない自分に配慮してくれているのなら、シュヴァルツが自分をコハクと別人として扱っていることも含めて、特に恋仲のような振る舞いをするつもりはないから、特に問題はないけれど、それでも少女は不満だった。どうしてそんな大切な記憶を損なってしまったのだろう。分からないことが、置いてけぼりなことが、虚しかった。
縋るように指輪を手繰り寄せた。右も左も分からない夜の中、静かにその冷たさを握りしめる。眠らなければ、と目を伏せた。明日は東の町に行くと言っていた。朝早くから出発するであろう彼らの代わりに、家の番をしなければならないだろう。白の呪いと呼ばれる自分はきっとついてはいけないだろうから。
町に行ってみたかった、とぼんやり思った。トウトに手を引かれ、青空の下、ただ普通の街並みを駆け足で歩いてみたい。喧騒に紛れて屋台の香りがするそこを無意識に望んで、それから、息をついた。叶わないことを考えても仕方がない、明日に備えて早く眠ろう。
そうやって思考を巡らせた少女は、夢に吸い込まれる前にひとつのことを思った。
──恋とは、どんなものかしら。