03

 シュヴァルツがゆっくりと口を開いた。
「…………なんだ、その石」
「……私にもさっぱり。シュヴァルツさんは見覚えがありますか? 身に着けていた装飾具の類はこれだけですが……」
「今の光に見覚えあるか?」
「ありません。首飾りを外そうとしたら突然光ったもので……」
 トウトの優しい問いかけ方に対して、シュヴァルツはどこかぶっきらぼうだった。基本的に少女から目を離し、口を堅く結んで空を見つめている。伏せがちの瞳は、時折少女を見ては揺れていた。
 もしかして、憎まれていたりだとか、嫌われていたのだろうか。しかしそう考えると出会い頭の抱擁に説明がつかない。首を捻った少女に、トウトがぱっと手を振って見せた。
「シュヴァルツ、無愛想で怖いかもしれねえけど怖い奴じゃねえから安心してな! 俺の弟分なんだ」
「ああ、いえ。こちらこそ無遠慮に見つめてしまってごめんなさい」
「気にすんなって、なあシュヴァルツ? お前も俺たちといることでなんか思い出すかもしんねえし、見つめるくらいなんてことねえよ」
 トウトは気つけにか、シュヴァルツの肩をばしばしと叩いていた。トウトのまさに兄貴分と言わんばかりの雰囲気は、記憶喪失である少女の醸し出す静かな空気を賑やかし、部屋に蔓延する暗い雰囲気を緩和する。
 シュヴァルツは少し顔を顰めたが、されるがままになっている。
「取り敢えず、俺たちの家に住まないか? コハクの服は残ってるし、食料も一人増えたくらい訳ないしさ。裏に畑があるんだ」
「いいんですか?」
「勿論。記憶がなくたって家族は家族──いや、コハクにその意識がないのは分かってっからそれを押し付けるつもりはないけどさ。少しでも記憶が戻る助けになったらいいなって」
「ありがとうございます、助かります。お世話になります」
 家族、と言った。トウトは先ほどシュヴァルツのことを弟分と言っていたし、ふたりは兄弟なのだろうか。その認識でいえば、家族としてくくられた自分も彼らの姉か、妹か、はたまた真中の子か。親はどこにいるんだろうなどと疑問は湧き出てくるばかりだが、とりあえず生活する場が確保できたのはありがたい。自分を知っている人がいるならばなお安心だ。
 どうやら、トウトは少女がコハクであると信じ切っている様子だった。私はコハク、どうやら彼らと知り合いだったらしい人。もっと情報があれば何かしら思い出すかもしれないが、こんな夜更けにそうも根掘り葉掘り話を聞くものでもないだろう。家族構成や、どうして自分が水難事故に遭ったのかは、明日にでも聞けばいい。
 そんじゃ今日はもう遅いし休んで、と言いながらトウトが立ち上がった。少女は言われるままに少し冷めたホットミルクを飲み干すと、ことりとカップを机に置く。同時に、シュヴァルツがゆっくりと立ち上がった。
「…………家に保護するのは賛成だけど。そいつ、コハクじゃないよ」
「は? 何言ってんだ、どう見たってコハクだろ? お前があげた首飾りだって、」
「違う。コハクじゃない」
「おい、シュヴァルツ?」
 吐き捨てるように言ってふいと体を翻したシュヴァルツは、自分の空間らしきところへと向かって言った。畳んであった毛布を適当な手つきで引っ張り上げると、寝台のあるところまで歩いていく。
「あー……悪い、混乱してんのかもしんない。落ち着けばあいつもちゃんとするから、安心して」
「家族が記憶喪失になって帰ってくれば混乱もするものでしょう。こちらこそ、生活を*き乱してすみません」
「いや、ほんとに帰ってきてくれてよかった。もう会えないと思ってたから、めっちゃ嬉しいんだよ、俺もあいつも、本心からさ」
「分かっています。この首飾りも、シュヴァルツさんから貰ったもののようですから。嫌われていないようで何よりです」
 なるべく早く記憶を取り戻すようにしますね、と少女が言えば、トウトは気負うなよと笑った。
「記憶がなくても家族は家族。嫌いになるわけねえだろ、大事にするさ」
「頼もしい限りです」
「俺たちに任せとけ、もう失ったりしねえからさ」
 トウトはそのまま、少女を寝台へと案内した。しっかりと三人分支度された調度品に、自分が生きて帰ってくることを信じられていたのだなと痛感する。おやすみ、と声をかけてくるトウトの表情は、喜びと悲しみが、そして驚きがないまぜになったような複雑な色をしていた。
 私はコハク。彼らの家族。
 ──どこか心の奥底から、愛されている実感が湧いていた。体に刻み込まれた記憶というのはこういうものを呼ぶのだろうか、と目を伏せる。あたたかで、喜びに満ちたその感覚を覚えながら、少女はゆっくりと眠りについたのだった。