02.一世の抛棄は不届きなこと

今日は初日だから、流石に来たばかりの新人を任務に行かせるほど鬼じゃない、と言った肋角さんに、もう既に鬼です、なんて突っ込みを入れることができるはずもなく、私は武器を選んでいる最中だ。どうやら獄卒は各々武器を持って、任務に出ているらしい。武器の形も特に現世のものと変わりなく、刀もあれば、ブーメランやら弓矢やらも置いてあった。

「決まった?」
「いいえ、まだ……」
「うん、ゆっくり悩んでいいよ」

 こうして声をかけてくれるのは、獄卒の一人で、支給された制服の上から外套を羽織っている。名を佐疫さんというらしかった。偶然今日が非番らしく、他の獄卒たちが任務に出払っている夜になった今、佐疫さんが武器選びの手伝いにあてられたのだ。嫌な顔一つせずに、逆にその裏表のなさそうな笑顔に怖さすら覚えつつも、こうして武器選びを見守ってもらっているのだ。

「あの」
「どうかした?」
「皆さんはどんな武器使ってるんですか?」

 確かに参考になるかもね、と手をポンと打った佐疫さんは、人差し指を立てて頭上の何もない空間を指すと、視線も同じようにそちらに向けた。

「そうだな……例えば俺だったら銃で戦うし、親友の斬島ってやつなら日本刀、あとはツルハシのやつもいるし、多種多様って感じだね」

 佐疫さんの外見や性格で一人称が「俺」なのは、どこかギャップを感じる。そんなことは頭の片隅に、銃や日本刀は武器として成り立っているが、そこに並ぶとても場違いに思えてしまうツルハシについ口が開いたままでいると、それを見た佐疫さんは、補足するように、シャベルのやつもいるよ、なんて言った。ツルハシもシャベルも、用途としては穴を掘るための物なのに、と思ったけれど、本来の使い方をしないのも獄卒たる所以なのだろうか。逆に、武器でないものを武器として使う方が不気味さすら感じさせた。
 試しに道場の壁に手に持っていたボウガンを撃ってみると、少し馴染みが悪かった。何よりこういったものを生前使った経験がないのが大きいだろう。とはいえ、大部分は慣れが占めるだろうが。生前、といえば。

「佐疫さん、……あー、獄卒の皆さんは、私のことなんとも思わないんですか」
「なんともって?」
「その、人間だった亡者がこう、仲間になるって……」

 こんな馬鹿らしい質問をして、もしまだ私が人間というジャンルに分類されるとするならば、獄卒を含む鬼や妖怪に食べられてしまったりするのだろうか。佐疫さん曰く、名前だけでなく獄卒の姿も肋角さんに与えられたものらしいが、私の外見はというと、生前と概ね同じであった。元が人型だからだろうか。でもまあ、食べられたらそのときはそのときだ。すると佐疫さんは、決して考え込む素振りをするわけでもなく、にこやかな表情のまま薄い唇を潔く開いた。

「基本的に誰も気にしないよ。誰にだって過去はあるし、それが人間かどうかなんて関係ない」
「そう、ですか」

 構えてみただけで手馴染みの良い持ち手が白い銃を眺める。持ち手だけが白く、銀色のベースに控えめに装飾が施されている。どちらかといえば、女性が気に入るような、そして西洋の雰囲気の中に、どこか物騒な気配を併せ持ったものだった。確かに、もしかすると元々が私のように人間の鬼だっているかもしれないし、皆が選んだ武器と同じで多種多様なのだろう。そう考えると、獄卒になる前のことなんてやはりどうでもいい。新しい私≠ネのだから、人間時代の話なんて、存在しないも同然だ。

「それより俺は、飢野が女の子だから少し心配、かな」
「私が女だから?」
「そう。実は今の段階で獄卒に女の子っていないんだ。お手伝いさんは二人とも女性の妖怪だけど。だからこうして任務に赴く危険な職務を女の子が任せられるのって、少し心配だな」

 佐疫さんは優しそうな表情に、さらに眉尻を下げることで気がかりに思うような表情を付加した。女の獄卒が初めて、となると、確かに危険な任務をあてられたときの勝手もわからないし、他の獄卒からしても初めての経験が多そうだ。佐疫さんが言うには、獄卒の中には女の子の扱いがいまいちわかっていないのもいるから、特に気にしないように、だそうだ。

「反芻するようで悪いんだけど、反対に君は俺たちのことが怖くないの?」

 未だ同じフォルムの銃を右手に、試し撃ちしてみることもなく、違う型のライフルと見比べていると、佐疫さんから私に話しかけてきた。怖くないの、という言葉に含まれた意図は、きっと私が聞いたように、私が人間だったからだ。人外である獄卒や、妖怪たちが当たり前に住まう獄都という場所が怖くないのか。その答えはというと。

「少しも怖くないです」

 獄卒を目の前に怯えているわけでもなく、ただ純粋な、私の本音だった。不思議と、微塵も怖さなんて感じなかった。それは、私が今は人間でなくて、亡者でもなくて、鬼となってしまったからなのだろうか。佐疫さんは、鬼とは思えないような柔らかい微笑みを浮かべると、そっか、とだけ零した。同僚で立ち位置は変わりないから敬語も崩していいよ、なんて言われたが、どうも現世での名残か癖か習慣か、上下関係が年数で決まりがちだった頃に慣れているので、今はとても無理だ、と断らせてもらった。
 それから訓練用の的に向けて発砲してみると、的中、というわけではないが、中心近くを射当てたので、ああ、きっとこれが私の武器だ。

「それにする?」
「――はい。きっと、私にはこれ」
「うん、似合ってるよ」

 私が武器を決定したのを確認すると、まだ来たばかりだからしっくり来なかったら色々試せばいいよ、と声をかけて、壁の方に寄りかかっていた身体をこちらに移動させてきた。肋角さんの赤い目とは違った、水色の目が、視線をこちらに預けた。いつか見た勿忘草の色に似ている、そんな眸だった。

「俺も銃を使うし、射撃は得意だから少しならアドバイスできると思うよ」
「頼もしい。そのときはお願いします」
「訓練ならいつでも付き合うよ」

 なんとまあ、優しいひとだ。生前の私の近くにも、こんなふうに物事を柔らかく受け止めて、親切にしてくれる人がいればどんなに良かっただろうか、なんて一瞬考えては、首を横に振った。もう、生前のことなんて考えなくていい。戻ることなんてないし、もし仮に戻れたとしても、戻らない方を選択するのだから。
 私がどんな表情をしていたかとか、佐疫さんが私を見てどんな表情を浮かべていたとか、そんなことも、気にする必要なんてなかった。

 ☓☓☓

 武器を確定してから、もちろん実践をせずに次の日になると、早速任務に出向くことになるらしかった。随分と早いな、と思う反面、私たち獄卒が所属する特務室は、所謂何でも屋さん、だそうなので、人員もきっと不足しているのだろう。亡者の捕捉から雑用まで、何でも承る。だからこそ、特務室に属する誰もが動けるように慣れや経験が必要なのだと踏んだ。
 そんな二日目に、肋角さんに執務室へ呼び出されたのは、私と――

「田噛と任務に行ってもらう」
「……俺がこいつとですか」
「そうだ」

 少し遅れて、しかし時間通りに部屋に入ってきたのは、昨日噂に聞いていたツルハシの人だ。第一印象は、怖い。佐疫さんは見た目通りの優しい人だったし、肋角さんはどこか怖いけれど、それとは違った怖さだ。生前にも体験したことのある、馴染みのある怖さ。なんと言うか、まず目つきが悪い。少し長めの前髪からはオレンジ色の眸が覗いている。その目つきが悪い原因を作っているのは言うまでもなく、三白眼である。
 相も変わらず煙管で紫煙を燻らせている肋角さんの肺が少し心配だが、それより目前に示された任務についてだ。この怖い目つきの獄卒は、田噛さんと言うらしい。ちら、と横を見ると、田噛さんは気だるげに肩を押さえてから、手を下ろした。

「佐疫とかの方が適任だと思います」
「まあそう言うな。佐疫は今日は重要な任務に出かけているからな」

 肋角さんは田噛さんに今日の詳細が書かれているであろう書類を揃えて渡すと、田噛さんは軽く目を通している様子だった。何が書いてあるかはどこかわからなかったけれど、肋角さんが言うに、私の初任務の舞台は民家らしい。民家と言っても、現世にある場所らしく、団地の外れにある洋風建築の家だそうだ。
 書類を受け取った田噛さんは、渋っている様子ではあるが、肋角さんに返事をすると、私を見ずに行くぞ、とだけ言って部屋から出ていったので、肋角さんに軽く会釈をすると、私もそれに続いた。

「田噛さん、あの」
「なんだ」
「……いえ」

 口を噤んでしまったのは、大した話ではないということが一つ。もう一つは、やはり少し田噛さんの目とか態度とかが、怖かったから。オレンジ色の視線を私から離すと、丁度聞こえるくらいの大きさで舌打ちをしたので、つい肩が軽く跳ねてしまった。どうして不機嫌なのか、とか、そういうのを聞く勇気はない。それにきっと、考えなくともわかる。私のことが気に入らないのだろう。私も今、この人に佐疫さんと違って安心感を抱くことが難しい状況である。果たして、この任務を通して少しでも打ち解けることができるのだろうか。

 ☓☓☓

 ほとんどが無言のまま、現世に到着した。少し交通機関で移動をすれば、『次元の壁』と呼ばれるらしい、薄い硝子のような壁が存在した。奥は、闇だ。そこに田噛さんが手をつくと、溶けるように、ジワ、と穴が大きく広がり、その中に飛び込んだ。田噛さんが入ったことで、その壁はまた閉じてしまったが、同じように右手をついてみると、また同じように穴が開いたので、私も倣ってそこに飛び込んだ。
 そこを潜り抜けると、間もなく現世に到着していた。

「ここだな」

 ツルハシを両肩に載せた田噛さんが足を止めたのは、少し大きめの、整備された庭が特徴的な民家だった。道中に田噛さんに資料をもらって、同じように目を通すと、どうやら最近まで人が住んでいたらしかった。夫婦で心中を図ろうと、妻の方がそう持ちかけたそうだが、夫の方にそのつもりもなければ、まだ中学生の子供もいたらしい。夫はその子供が無事に独り立ちするまでは、と言ったらしいが、怒り狂った妻がそのまま自殺して、亡者となってもなお夫への怒りがおさまらずに徘徊、そして危害を加えているらしい。それを受けて今は二人とも家から出ているのだとか。

「詳細なんて知らねぇよ。俺らの仕事は亡者を冥府に送るだけだ」
「……はい」

 到着してもなお資料を気にしている私を横目に、田噛さんはそう言った。確かにそうかもしれないが、昨日確か佐疫さんは、亡者を送る任務に就いたらある程度の同情する心を持ち合わせていた方がスムーズだと言った。しかし、スタンスの違いは人によるのだろう、と考えたが、スムーズな方が良いだろう。けれどまあ、初任務から亡者の捕捉だなんて、と思ったが、肋角さんが言うには、大体の業務内容がわかれば良いとのことだったので、下手に動く必要はなさそうだ。
 ツルハシを持った男に、銃を腿に取り付けた女。まるでコスプレのような時代を感じる制服。現世で見るとただの不審者であるが、少し団地から外れている上、夜中なのであまり気にしないことにした。

「お前、佐疫にどこまで習った」
「とりあえず、基本的なことは」
「まあ、戦う必要がなけりゃいいがな。幸いにも今日は規模が小さい」

 つまり、他の怪異の邪魔を受けないだろう、ということだ。きっと肋角さんも、わざわざそういった任務をあててくれたのだろう。今日ばかりは田噛さんが私の世話役で、バイトでいう研修期間のような感じだろうか。まだ一度も経験のない戦闘を初任務でいきなりするよりは、荷が重くはない。

「怖いか」
「……怖くはないけど、緊張は」
「それならいい。ビビってたら面倒なのが寄ってくる」

 怖いのはどちらかといえば田噛さんです、と言いかけたけれど、話しているうちに、そんなことはないのかもしれないと思い始めた。案外口数も多いし、任務の効率を考えてのことだろうが、気にかけるような言葉もある。しかし、佐疫さんに色々教えてもらった後だから、彼と比べれば怖いのは変わらない。

「もう一人連れてこりゃ良かったか。サボれやしねえ」
「サボれ……?」
「行くか」
「え、ええ」

 サボる、だなんて怠惰な単語を吐き捨てて、また舌打ちをする。もしかすると、サボりの常習犯なのかもしれない。石でできたタイルを踏みしめて、庭を飾る色とりどりの花々を差し置いて、田噛さんが扉に手をかけると、こちらを振り向いては人差し指を立てて口元に当て、息の音だけを漏らすと、ゆっくりと引いた。

 金属の摩擦音もなく扉が開くと、下駄箱と、ハイヒール。そこから推測するに、夫と子供は、妻が死んだときのまま、片付ける暇もなく逃げたのだろうか。ブーツを脱いでいると、律儀だな、とだけ言った田噛さんは土足でリビングの方へと向かった。律儀といっても、私たちはあの世の者だとしても実体があるので、靴底の汚れなんかが付着してしまうだろう。脱ぎ終えると、田噛さんは指先をこちらに向けて、くい、と曲げたので、足音を鳴らさないように、銃の音を鳴らさないようにベルト部分を押さえて、ゆっくりと歩いた。
 それから今まで作り上げてきた静寂を壊すように、田噛さんはドン! と大きな音を立てて扉を開いた。足を踏み入れるまでもなく、亡者の姿が目に入った。リビングは、散乱している。散らばった写真立て、引き裂かれたカーテン、割れたグラス。間違いない。これは、シンプルなワンピースに毛先を少し巻いた茶髪の女性――目の前にいる亡者がやったのだろう。

「お前が亡者か」
「亡者ですって?」

 光のない黒い瞳をこちらに向けると、身体も同じようにこちらに向けた。裸足の亡者の足が、グラスの破片を踏んでは更に粉々にした。素足だが、血が流れることはなかった。
 すると脈絡もなく、亡者は高らかに笑い声を上げる。ボロボロのカーテンから覗く窓からは、月明かりが差している。田噛さんは亡者の姿を見て、深く溜息を零した。

「そう、私死んだの。でもあの人は死んでくれなかった!」
「事情は知らねぇが、俺はお前を冥府に送り届けるために来た」

 面倒な真似はしたくない、とやはり面倒臭がりであろう田噛さんはそう口にして、ツルハシを一度肩から下ろした。すると亡者の視線が田噛さんから、その後ろに隠れていた私に移ると、こちらへとゆっくりと、次第に早足になって近づいてきた。田噛さんなんて眼中にないように、こちらから目を離さなかった。

「あらあなた、女の子ね。ああ、私ってこんな子が欲しかったの。でも変ね、あなた、あの子に似てるような……」
「あの子って……」
「いいえ、違う。違う……あの子に似た子ならいらないわ! あんな出来損ない!! 誰があんな馬鹿!!」

 手を掴んでうっとりと私を見ていた黒い瞳は、いきなりそれを見開いたかと思えば、今度はいきなり私の髪を掴んで、まるで私がこの亡者の娘かのように怒鳴り始めた。髪を掴んで、前後に揺すられると、私の頭に乗っかっていた帽子が地に落ちる。ああ、このタイプか。この怒鳴り方は、感情の上がり方は、すごく覚えがある。

『誰がここまで育ててやったと思ってる!?』

 いつか見た光景がフラッシュバックして、目の前の亡者と重なった。どうしよう、怖い。怖いし、うるさい。煩わしい。私じゃない“私”――上野じゃなくて、飢野として生きていくって決めたのに、前の他人の人生なんて思い出さないって決めたのに、二度目の人生でもこんなことがあるなんて、と一気に血の気が引いた。生前よりも血色が悪くなった肌が、もっと青白くなっているだろうか。怖いと同時に、煩わしい。こちらの方がやはり大きくて、大きかったから、

「やめて!!」

 思いきり亡者を突き飛ばして、反射のようなものだった。昨日選んだばかりの、白と銀の不気味さを備えた銃を構えた。尻もちをついてしまった亡者は、銃を構えた私を見上げると、小さく悲鳴を上げて震え始めた。ああ、でも、違う。昨日佐疫さんに教えてもらったのと、違う。
 そんな意思と反して引き金を引こうとしていた手が、止まるか止まらないかで、背後から舌打ちが聞こえたかと思いきや、鎖が私の横に伸びた。それは目の前の亡者を仕留めるではなく、私の銃を持った腕に絡みついた。舌打ちから、この感触から、わかる。これを伸ばしてきたのは、

「落ち着け馬鹿が。危害は加えんな」

 振り返ると、右腕から太くはないが頑丈な鎖を出している田噛さんの不思議に光る双眸と視線が合わさった。私の腕が脱力したのを確認すると、小さく頷いて拘束を解いた。

 それから亡者を冥府に送り届けるまでは、時間がかかったか、刹那であったか、そんなことは覚えていない。いつかの恐怖と、初任務での失態による後悔が、私を責めてきたから。田噛さんがどんな決まり文句か何かを言って亡者を反省させたのか、他にも気になったことや参考にしなければならないことは山ほどあったけれど、それは目の前に別世界のように広がって、一つも私の中に入ってこなかった。私は、恐怖で、いっぱいいっぱいだったから。やっとおさらばした生前の記憶が、次々に呼び起こされていったから。

「じゃあ、帰――おい」

 仕事を終えた田噛さんが舌打ちをして、そのあとの言葉を自分で遮ったのは、私が先程まで亡者を狙っていた銃口を頭にあてがっているのを目にしたからだ。ここでも、新しい人生でも同じ思いをするなら、この世界でも私の周りを煩わしいものが取り巻くのなら、もう一度死んだ方がマシだ。生前と変わらず、なんなら生前よりも脆くなった精神。やっぱり私に、何度目だろうと、どんな状況だろうと人生なんて向いていない。生前の記憶を持ってなんて、尚更だ。神様、もしも生まれ変わるなら、この記憶を一つも持たない別人にしてください。
 死ぬことに不思議と抵抗がないのは、一度自殺を経験しているからだろう。人生から逃げることを覚えてしまったからだろう。良くしてくれた肋角さんや佐疫さん、それから田噛さんには本当に悪いけれど――

 銃声が耳元で強く響くと、それを意識するまでもなく、私はその場に崩れ落ちた。

 ☓☓☓

 目を開けると、見覚えのある風景だった。闇ではない、獄都でもなくて、つい先程までいた場所と同じ光景だ。引き裂かれたカーテンに、薄らと差し込む月光。視線を下に移すと、グラスや写真立ても相変わらずに散らばっていた。それに加えて背中にある感触は――

「気がついたか」
「……え?」

 床を這っていた視線をカーテンよりも窓よりも、更に上げると、不自然なほどに光る強いオレンジ色が目に飛び込んだ。背中にあるのは、体勢から察するに、田噛さんの腕だ。でも、どうして。私、確かに脳天をこの手で貫いたはずなのに、

「どうして私、死んでないの」
「馬鹿言うな、お前はどこまで馬鹿なんだ」

 頭の出血はない、でも確かに死んだ。夢なんかではない。意識を手放す直前の、田噛さんの少し見開いた目だって覚えている。
 田噛さんは未だぼんやりとした私の上体を起こすと、視線の高さを揃えたまま、帽子を被り直した。

「俺たち獄卒は死なねえ身体にできてんだよ」
「死な、ない」

 田噛さんは、痛覚はあるけどいくら酷い姿にされても安心だ、なんて付け加えた。
 
私たち獄卒は、死なない。心臓や脳天を貫こうと、粉々になろうと、絶対に死なない。どんなに逃げ出したいことがあっても、死なない。一生獄卒として、死ぬことなく、生きていく。でもそれって――

「死ね……ない」

 死なないのではなくて、死ねない。


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