唯一無二の繋がりと影

 日向の分だけコンプリートした希望のカケラ。モノクマが来た以上意味のないことなのかもしれないけれど、アイツと仲良くなったという証拠になりうるそれは、オレには大きいものだった。
 いつも通り朝食を食べて解散した今、コテージでのんびりとクーラーの風に当たる。いつもみたいにソニアさんの様子でも見に行くか、と思ったのだけれど、前に日向と二人で砂浜で話して以降――どうしても、忘れられない人間がいた。本来ならば、ソニアさんや終里や七海なんかの分を集めるのが妥当なのだろうけれど、今日はどうもそういう気分じゃなかった。というか、いつも女子たちには相手にされない部分だってあるから。
 機械で溢れた、安心感のある自分のコテージ。ベッドの上でぐっと伸びをすると、日向の居場所を探すことにした。今はまだ昼前だし、いつもの様子ならコテージにいるはずだ。

 いつも貰ってばかりで悪いから、オレも砂浜のモノモノヤシーンを回して、日向にお返しをしよう。――のつもりが、オレの少ない手持ちのコインで引き当てたものはミネラルウォーターというまったく面白みのないものだったのだが。アイツはどこからあんなにコインを入手しているんだよ、なんて。冷蔵庫に入れていなかったせいで、常温のぬるい水になってしまった。
 その非常用みたいなペットボトルを手に持って、ドアを開けてすぐ目の前。照りつける太陽から逃げるように向かい側の屋根の下へと避難すると、同じ外観の扉のインターホンを、一回、二回と押した。少し時間を置いてアホ毛が特徴的で顔に似合わずガタイが良い男が顔を見せた。

「よっ」
「左右田か。なんで二回も押すんだよ」
「いやぁ、なんかテンション上がっちまって」
「なんだよそれ。珍しいな、左右田から来るなんて」

 日向は、この島にいるメンツの中では普通の感性をしているから、一番話しやすい。へへ、と鼻の下を擦りながら、珍しげにこちらを見るソウルフレンドに何の変哲もない水を差し出した。

「ちょっと、オメーに聞いてほしいことがあってな」

 そんなつもりもなかったのに、思ったよりも重々しい口調になってしまったそれは、日向の表情をほんの少し強ばらせてしまった。それから、仕方なさそうに笑っては、わかった、と冷たくない水を受け取った。

 ⊗⊗⊗

 日向の部屋にこうして上がったのは初めてで、初期のデザインのままのまったく特徴もなければ面白みなんて皆無の部屋で、硬い地べたにあぐらをかいては口を開いた。ソファはあるのに、一つしかないせいでいざ大事な話をするとしても、どこか話しづらい。オレの部屋に比べて、室外機の調子が悪いのかもしれないが、エアコンの温度は少し高めらしい。
 お盆に乗って、スーパーにあったのであろうよく冷えた麦茶が出てくると、いつかの夏の日を連想しては、礼を言って受け取った。

「なあ……前によ、中学のときに親友だと思ってた奴に裏切られたって話しただろ?」

 ついこの間の話だ。オレは、誰にも話したことのなかった、話したくなかったことを、日向にだけ口を割った。きっと、日向じゃなければ話していなかっただろう。昔のダセー自分のことや、みっともない過去のことだ。日向は氷をカランと鳴らして、喉を上下させると、「ああ」と相槌を打った。オレの話ばかりしても迷惑かもしれない。けれど、日向に聞いてほしい。ぐっと拳に力を込めると、おもむろに口を開いた。

「……もう一人、オレには親友だった奴がいたんだ」

 親友だった奴がいた。日向の目が真剣なものへと変わった。そう、オレには親友だと思っていた奴が――今でも親友だと思いたい奴がいる。苗字名前。アイツのことは、中学を卒業してからも忘れたことがなかった。
 目の前のソウルフレンドは、グラスに力を込めてから、母音で言葉を濁して、潔くオレの目を見た。

「そいつにも、その……裏切られたのか?」

 恐る恐るそう聞いてくる日向に、ぽかんと口が開いた。確かに、親友に裏切られた、なんて話をした後にこれだ。そういう発想に至るのが自然なことだろう。けれど、オレが苗字に裏切られる? アイツが、そんなことをするはずがない。じっと見てくる日向に乾いた笑いを漏らして、そのまま横に首を振った。

「……いや。アイツは最後までオレを信じてくれてたのに、人間不信になっちまったオレがアイツを信じることができなかったんだ」

 そう。苗字は、オレがあんなことになっても向き合おうとしてくれた。オレたち三人が、今まで通りに過ごせるように。しかし、オレは成るように成るだろう、と向き合おうとせずに、どうしようもないガキだったオレは、アイツのことを信じずに、自ら突き放した。今思い返しても、自分の行動に吐き気がしそうだ。代わりに、またしても自嘲するような笑い声が零れた。

「……むしろ、オレが裏切ったのかもな」

 本当は、アイツを突き放してすぐに謝りたかった。オレをずっと信じてくれていた、苗字名前を信じたかった。あれからすぐに後悔することになったのに、ガキの意地みたいなものと、もし嫌われていたらどうしよう、なんて考えからずっと、視界の端にいる苗字を見て見ぬふりするだけだった。それは余計に、アイツが、やはりオレとは全然違う世界にいるように見せた。

「スゲェカッケェ女なんだよ。見た目とかは派手だけどさ、オレがこの外見になってから寄ってきたような派手な女じゃなくて……なんつーか……」

 上手く言えないけれど、苗字以上の人間にオレはまだ会ったことがない。
 短いスカートに、中学生なのにしっかり開いたピアス。髪は染めてないけれど、化粧はちょっとしていたのかもしれない。そんな、オレとは対極にあるはずの女なのに、オレと似たようなところだってたくさんあった。派手になったオレに寄ってきた派手な女が、もしアイツみたいな女だったとすれば、オレは今頃、あの頃みたいに周りの人間を信じることができていたのかもしれない。
 日向は、無言で相槌を打ちながら真摯に話を聞いてくれていて、下手にオーバーなリアクションをとられるよりもやはりやりやすいと思った。

「芯もしっかりしてて……実のとこ、今のオレがあるのはそいつのおかげだと思う」

 いつだって周りの目は気にしない。それに正論しか言わない。どんな自分でも自分だ。今この瞬間が楽しければなんだっていい。そんな強い苗字も、実はアイツもアイツで弱いところはあって、自惚れるとするなら、アイツとオレは補い合って生きてきた。

「……オレはそいつと出会う前、もっとおどおどした野郎で……でもアイツが話しかけてきてから、ちょっと見栄を張ってこの話し方になったんだ。そしたら……」

 当時の見た目に似合わず調子の良いような話し方は、クラスの中でも明るかった苗字に舐められないようにするためのものだった。根暗なガリ勉のくせにイキってやがる、なんて笑われるかと思ったけれど、苗字は思っていたよりも根っからの良い奴だった。
 アイツはきっとオレのその無理した性格を「素」だと思っていただろう。それは偽りだったけれど、いつしか間違いではなくなった。

「そしたらそれがつい馴染んじまってよ……もしかしたら、意外とこれが『素』なのかもしれねぇって」

 根暗な性格だと思い込んでいただけで、予想外に自然に「素」になっていたそれは、もしかするとオレが無意識に抑圧していたものだったのかもしれない。後頭部に両手を置いて、にへへと笑えば、日向は優しい目を向けてくれた。やっぱり良い奴だな、コイツは。

「この派手な外見だって、アイツが羨ましくてこうなった部分もあるんだぜ」

 もしかしたらアイツに少しでも近づけるかもって、結局見た目から入ったことに変わりはない。それでも良かった。鏡を見る度に、この頭の悪そうな色にすらも苗字の影を感じるんだ。一度自分を捨てるとき、「自分」が死んでしまうみたいで怖かったけれど、どんな自分だって、自分だ。苗字と過ごしていくうえで、そう教えてもらったから、「新しい自分」へと生まれ変わるのは簡単だった。
 もしかしたら、こんなに重いのはオレだけでアイツは別の親友を作って、彼氏を作って、オレのことなんて頭にないかもしれないけれど。

「前に話したモンスターマシンだって、実際のとこ、そいつのために作ってたんだ」
「いや……ちょっと待て、女子を九四○キロも出るバイクに乗せるもんなのか?」
「だって速ぇ方がカッケェだろ? アイツだってそれを了承してくれたんだ」

 したり顔をすれば、日向は焦ったように口を開いた。真面目で普通な奴でウマが合って、本当に付き合いやすい。当時は七○○キロしか出ない計算だったけれど、中三の頃にアイツと離れてからも、バイクを作る準備だけは続けていた。元々バイクが男のロマンだっていうのもあるけれど、それ以上に、苗字と花火を見たあの日をなかったことにしたくなかったからだ。唐詩馬工業高校に進学してから、知っていたことに知識を上乗せすれば、前に日向に言った通り九四○キロも出る計算に達した。確かに、日向が言う通り苗字が乗るにはやりすぎかもしれない、なんて苦笑が零れた。

「学校の備品を改良したときだって一緒だったし、このピアスも……そいつに貰ったんだ」

 ラインカーを改造するときのスリルだって忘れねぇし、息を切らしながらアイツが最後の日に渡してくれたこれだって、大切な宝物だ。耳朶に軽く触れると、硬い感触を爪で軽く弾いた。機械好きなオレ好みの、ネジみたいな左右非対称。このピアスが、今のオレになるためのきっかけをくれた。

「へえ、てっきり左右田が選んだやつかと思ってたよ。お前のセンスっぽいもんな」
「へへ、そうなんだよ。……オレはアイツを信じられなかったっつーのに、これを貰ったときには……オレのことちゃんと見てくれてんだなって思った」

 なのにオレは、アイツのことを信じなかった。本当は信じたかったのに、ヤケになっちまって、突き放した。苗字に裏切られたら、それこそ完全に心が壊れてしまうと思ったから。もし苗字と過ごした日々が嘘っぱちで、オレのことを内心見下しているなんて知ったときには、どうなってしまうのかわからなかったから。アイツに向けた「嫌」なんて、保身のためのいい加減な嘘だった。自身の過ちを思い返せば、簡単に眉間に皺が寄るのを感じた。後悔するならば、あんなことしなければ良かった。
 ぎゅっと唇を固く結べば、日向がじっとこちらを見つめていた。なんだ、と視線を向ければ、少し考え込んでから、口を開いた。

「……左右田はその女子のことが好きだったのか?」

 日向の口から聞こえたのは、等身大の高校生みたいな言葉で、つい結んでいた口が開いた。オレが、苗字を好き? オレにはソニアさんがいるっていうのに? いやいやいやいや、

「なっ、ンなわけねーだろ! オレはいつだってソニアさん一筋だっつーの!!」
「いや、そうじゃなくてさ……当時の話だよ」

 日向に指をさして大声を出せば、両手をこちらに向けてやめてくれというジェスチャーをした。当時の話、ということは、オレが中学のとき――オレが苗字と親友だったときの話だろうか。伸ばした腕をゆっくりと下ろせば、ふう、と安堵の息をついた日向も手を下ろした。それから、少し考えて、あー、と漏らしてみた。窓から射し込む光が作る影の位置が、変わっていた。

「……そうだな。スゲェ好きだった。でもそれはオメーが思ってるような『好き』とは違ぇ」

 きっと日向が言っている「好き」は、恋愛感情としてのものだろう。これだけオレの頭の中は苗字のことでいっぱいなのだから、無理もない。アイツのことを女として意識したことは何度かあったし、不可抗力だったと思っているけれど、それでもオレがアイツに抱く「好き」は、いや、「大好き」は、そういったものではなかった。アイツはオレにとって、何よりも――

「……大事な親友だったんだ」

 今だって、そうだったら良いと思っている。苗字と離れてからも、心の奥底ではそう願っていて、けれど実際はそんなことは難しいと思っていた。でもアイツは、オレに簡素な手紙をくれた。その内容を、部屋で一人読んでから、あの瞬間も、今も、オレたちは親友同士のままだったら良いと思った。オレは苗字名前のことが、大好きだから。

「日向、オメーはもちろんオレのたった一人のソウルフレンドだけどよ。……アイツは、オレのたった一人の親友だった。……信じたかったんだ」

 いや、今だって信じてる。アイツだけはずっとオレの味方をしてくれて、信じてくれていたのに、オレがアイツのことを信じないなんてことはできない。いつの間にかあぐらから正座へと組み直してしまっていた足の、太腿の上で拳を固く握れば、手が震えた。日向はオレのこんなぼやきを、薄く微笑みながら聞いてくれていた。下を向いていた顔を上げて、日向をじっと見つめ返す。

「……なあ日向。こんなこと聞かれちゃ困るかもしんねぇけどよ。……ここから出たら、アイツとまた元通りに戻れたりすんのかな」

 後悔したままはもう嫌だ。きっと、日向と出会わなければ後悔しっぱなしで、他人を信じる勇気すら出なくて、アイツと会うことはもうなかっただろう。しかし今は、アイツに会って、あのときのことを全部謝って、一緒にまた肩を並べたい。オレの憧れた苗字と、一緒にいたい。

「そうだな……背景はざっくりしかわからないけど、その女子も左右田のこと、待ってるんじゃないか?」

 やっぱり、日向は良い奴だ。オレの話ばかり聞いてくれて、それからオレに必要な言葉をかけてくれる。不安の靄が晴れて、自然と笑顔が零れてしまった。途切れ途切れの笑い声が、オレの口から聞こえる。日向は、オレの一番のソウルフレンドだ。次からは自分ばかりじゃなくて、日向の話も聞いてやらないとな。

「……はは、そうだよな。オレが待ってるだけっつーのも、男らしくねぇもんな」

 最後に苗字と会ったときだって、アイツから来てくれたんだ。オレは実のところ、苗字ならもしかしたら来てくれるかも、なんて甘えていた。もし、苗字もオレと同じように、あの手紙の内容が本当で、オレのことを待っているとすれば、今度はオレが会いに行く。それで謝って、また笑い合うんだ。苗字と違ってオレは、まだ面と向かって感謝すら伝えられてねぇんだから。

「オレ、ここから無事に出れたら……アイツと話してみる」

 ジリジリと調子の悪い室外機の音が聞こえる。日向はオレにそうか、と微笑んだ。アイツに会うために、オレはここで殺されるわけにはいかない。絶対にこの島から生きて出る。
 そしてソニアさん、許してください。オレはこの島から出たら、真っ先に苗字のもとに向かうだろうから。オレの大好きで、一生で一番の、たった一人の親友の苗字のもとに。

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