罪と罰
お茶会の開始は午前10時から。私の仕度は、優秀な侍女達の頑張りで午前9時過ぎには全て終わり、30分前にはホールケーキ城の自室で待機していた。
兄弟達は前日からホールケーキ城に集っているが、私は妹達から、会場のセッティングやプレゼント等はサプライズにしたいから、ホールケーキ城に入城するのは当日にして欲しいと言われていたため、一人だけお茶会直前にブリュレの能力を借りて入城したのだ。
準備を整えて待っていた私を迎えに来たブリュレは、私を一目見るなり、冗談抜きで顎が落ちるのではないかと不安になるぐらいポカンと口を開けた。遅れて、「すっごく綺麗……」と夢見るような口調で溢した。その心からの賛辞にお礼を言いながら、確かにそうだなと、他人事のように思った。
クラッカー達が選んでくれたドレスは、オフショルダーの白いドレス。腕の部分と膝下はシースルーなので透け感もあるし、スカート部分に刺繍された小花は可愛らしい。ドレスのデザインに合わせて、後ろで一本に編み下ろし髪にも花飾りを散らしているため、まるで森に住む妖精のような出で立ちだ。鏡に映った私は、自分でも感嘆の息をつきたくなるほど美しい。
…この顔との付き合いはもう20年になるが、未だに実感が湧かない。「前世」とは比べ物にならない顔面を喜んだのは子供の頃だけで、成長するにつれていつの頃から忌々しいものへと変わっていった。人間離れし過ぎていて、自分の顔なのにそうとは思えないし、何よりこの顔のせいで、…もっと言えばこの顔を与えたヴィーラ族の血のせいで、ろくな目に遭ってこなかったのだ。家族が私に執着するのも、それゆえに無関係な人を殺すのも、全部このご面相のせいだ。いっそ、「前世」の顔を返して欲しい。
目がくっきり二重だったら、とか、鼻が高かったらとか、ここに黒子がなければとか、悩みの尽きない顔ではあったけれど、今はあの顔に戻りたいと思う。生まれ変わっても「前世」と同じ顔だったら、きっとこんな目には遭わなかったはずだから。それこそ正真正銘の穀潰しだから、早々にママに殺されていたかもしれないが、今となってはその方がよかったと思う。さっさとこの世界から強制退場できたのに。私がいなければ、死なずに済んだ人が沢山いたのに──
「カヌレ様」
呼び声に、深く沈み込んでいた意識を引き上げると、少し開いた扉から顔を覗かせた侍女が、「会場へ移動のお時間です」と声をかけてきた。私はゆっくりと立ち上がる。部屋の外へ出ると、私の美しさに目を回すホーミーズ達を無視して、お茶会会場となっている屋上へ向かった。侍女達は、そんな私を気づかわしそうに見つめたものの、何も言わずについてきた。
お茶会の場でも、私に付き従うことになっている彼女らも、皆一様に美しく着飾っているが、表情は等しく暗い。…そりゃそうだろう。自分が仕えている主の恋人を、主の弟がぶっ殺すというとんでもない場面に居合わせてしまったのだから。
昨晩、地面に崩れ落ちた私を屋敷に連れ帰ってくれたのが、私に仕える三人の侍女達だった。彼女らはいずれも、私と彼の関係を知っている数少ない存在でもある。私が自ら明かした訳ではなく、察しのいい彼女達が自ら気づいたのだ。ママに報告するつもりだろうかと焦る私に、「私達がお仕えしているのはママではなく、カヌレ様です」と言い切り、私を号泣させた強者達でもある。
そんな、肝の座った彼女達が動揺を見せるほどこのことが、昨夜起きたのだ。
夜が明け、一睡もできなかった私の身支度を何とか整えてくれる間に、侍女達は改めて彼の死を告げた。火事は、その激しさとは裏腹に明け方には鎮火され、被害は彼の店を取り囲む店舗や住居の五軒。負傷者は出たものの、彼以外に死者はなし。彼の遺体は一部だけが見つかったという。火事の原因はまだ調査中だが、キッチン回りの過失だろうと言うことだ。
それを聞いた時、私は大声で笑った。
マーガリン島に住む住民達には、火の始末を徹底することが義務付けられている。島の建造物に、バターがふんだんに使用されているからだ。どれだけ小さな炎であっても、瞬く間に大惨事を引き起こしてしまうから、私の島では火の扱いには十分注意しなければならない。特に、キッチンのように絶対に火を使う場所では、さらに気をつけなければならないのだ。当然、彼も注意を払っていた。…それは、彼の家や店に何度か足を運んだことのある私が、一番よく知っている。
そんな彼が、よりにもよって火の不始末で死ぬ?…冗談じゃない。最早隠す気さえない事故の原因に、笑いが止まらない。一体どの弟妹が考えたのだろう。おかしいったらない。どこまで人をバカにすれば気が済むのだろうか。
「間もなくママからお呼びがかかりますので、こちらで少々お待ちください」
最上階に到着し、会場へと繋がる扉の前でその時を待ちながら、私はどうして彼との仲が露見してしまったのかを考えた。
私と彼は、確かに“恋人”と言える関係だった。でも、それが決して公になってはいけないものだと互いに承知していたから、徹底して隠し通そうと約束していた。実際にその通りに振る舞っていたはずだ。
デートなんて一度もしたことがないし、恋人らしく触れ合ったのも数える程──年長の弟妹達やママが遠征に出ている時──だ。彼が私の屋敷に出入りしていることは誰もが知るところだが、それはあくまでジャム屋として月に一度、商品を納品する時だけ。その時は“商談”という名目で一緒にお茶を飲んだり、食事をしただけで、自室に通すことさえしていない。もし彼の来訪中に家族が来ても、ビジネス相手だと言い訳できるようにだ。私が彼の店に足を運ぶ時も同じく。あくまで店員と客の立場を崩さなかった。
何よりも私達が気を配っていたのは、鏡とホーミーズの存在だ。前者については、妹を疑う訳ではないものの、ブリュレは特に用事がなくても“鏡の世界”にいることが多く、彼と二人きりで過ごしていることや会話の内容を知られる可能性があったからだ。もし、妹が悪気がなく、ママや兄弟達に私達のことを話してしまっては大問題だ。だから、彼が私の屋敷に来たときに使用していた居間には鏡を置いていなかった。彼の店でもそうしてもらった。手鏡のようにどれだけ小さなものも取り払った。例えカバーをかけたとしても、声や音が聞こえてしまっては意味がないから。
ホーミーズについても同様である。私の居住空間にホーミーズはいないけれど、チェス戎兵が出入りすることは普通にあるし、町には至るところにホーミーズがいるのだ。どれだけ気を付けても、気を付け足りないくらいだった。
…そう、私達は常に神経を張り巡らせていたのだ。それなのに、どうして。
だが、これまでのことをどれだけ思い返してみても、事態が発覚するに至ったきっかけとなるものは特に浮かんでこなかった。だが、実際彼は死んでしまったのだから、事が露見するきっかけがあったはず。それが何なのか知ったところでどうしようもないし、そもそもの原因は私にあるのだけれど。
「間もなく扉が開きます」
後ろに控えていた侍女が、そっと耳打ちしてきた。私は思考をストップして、気持ちを切り換えた。この扉の向こうには、ママと弟妹達がいるのだ。本心を晒すわけにはいかない。仮面を被るのだ。生まれたときからずっと、誰にも本心を晒すことなく生きてきたのだから、心を偽るのは得意だろう?皮肉なことに、どれほど無表情であっても、このご面相には関係のないことなのだから。
お茶会会場のざわめきが止んだ。華やかな音楽と共に、司会の男の声がする。扉が両側に開き、会場の光が差し込んでくる。ふーっと息を吐き、私はその光の中に身を投じた。
*
美しく着飾った私と、そんな私の気を惹こうと貢がれる値のつけられぬほど豪華な贈り物の数々、そして私のために作られたケーキに、ママは終始ご機嫌だった。誕生日ケーキに使用された生クリームもフルーツも、ケーキを飾るキャンディも、全て弟妹達が提供し、シュトロイゼンが腕によりをかけて作った力作である。見た目も味も、極上と言っていい出来映えなのだろう。幸せそうに歌うママの様子を見ればわかる。何故か、口にしたケーキもフルーツも、まるで粘土を噛んでいるかのように何の味もしないから、私に味はわからないけど。
「カヌレねえ」
可愛らしい声に目を向ければ、10歳未満の弟妹達が一緒になって、おずおずと私の方へ近づいてくるところだった。私は腰かけていた椅子から立ち上がり、視線を合わせるために膝をついた。
「「「カヌレ姉、おたんじょうび、おめでとう!」」」
いくつにも重なった子供の愛らしい声に、私は今日初めて心から微笑むことができた。
「みんな、ありがとう」
すると、一番先頭にいたモスカート・マッシュ・コンスターチの三つ子が一歩進み出た。そして、モスカートが背中に隠し持っていた飾り箱を差し出してきた。
「これ、みんなで作ったんだ」
「カヌレ姉さんに」
「お誕生日プレゼント!」
三つ子に続いて、後ろにいた子達も、「わたしもつくったの!」や「おれもがんばった!」と声を上げる。私はモスカートから受け取った小箱に視線を落とした。
「開けてみて、姉さん」
言われるがままに箱を開くと、中にはたくさんのお菓子とメッセージカードが詰められていた。見たところ、一人一人が手書きでカードを書いてくれたようだ。詰め込まれたお菓子は各々の好物で、少し形が不恰好ところを見るに、手作りしてくれたものらしい。…ぐっと目頭が熱くなる。
「嬉しい……ありがとう」
飾り箱を一度侍女に預け、私はモスカート達三つ子をぎゅっと抱き締めた。次にノアゼットを、そしてコンポ・ラウリンの双子、モンドール、モーツァルトとマルニエ、ハイファットとタブレット…と言った具合に、順番に抱き締める。最後に、シトロンが抱いていたダクワーズにも頬擦りして、もう一度幼い弟妹達を見る。
私を見上げるどの瞳にも、私への純粋な思慕が溢れていて、とてもとても愛おしい。なんて可愛い子達。なんて優しい子達。いずれ上の弟妹のようになるのだろうけど、少なくとも今この瞬間、彼らは間違いなく私の救いだ。この子達がいなければ、今日だって乗り切れなかっただろう。
「メッセージカードもしっかり読むわね。お菓子も味わって食べる。本当にありがとう」
ほら、向こうで遊んでおいで。
「あとで一緒に、またシャボン玉でもしましょうか」
そう言うと、子供達は嬉しそうな歓声を上げて、仲良く走って行った。入れ替わるように、歳かさの弟妹達が連れ立ってやって来た。15歳未満のオペラ達五つ子から、ヌストルテ達三つ子までである。男の子達からのプレゼントは、紅茶の詰め合わせや茶器セット、スイーツのレシピ本や料理道具等、私が日頃よく使う物、かつ欲しいと思っていたものの詰め合わせ。妹達からのプレゼントは、美しい花々を編んで作った花冠だった。今日の私のドレスに合わせて、淡い色の小花を集めて作ってくれたという。「姉さんのドレスに合わせたのよ!」と少し照れくさそうに笑ったカスタードとエンゼルが、私の頭にそっとのせてくれた。
「似合ってる?」
尋ねると、妹達は何度も何度も頷いた。ブリュレが見せてくれた鏡には、まさに森の妖精のような装いの女が映っている。ドレスをイメージしてくれただけあって、服装との相性も抜群だ。
「素敵なプレゼントを、ありがとう」
私は妹達を順に抱き締め、弟達の頬を一人ずつ撫でてやり、そう微笑んだ。
彼らが去ると、最後に訪れたのは16歳以上の弟妹達。振り向かずとも、揃って近づいてきているのはわかっている。傍らに控え、弟妹達からの可愛らしいプレゼントに頬を弛めていた侍女達の顔が、即座に強張ったから。何よりも、冷たく凍った空気が僅かに漂ってきたから。
そんな侍女を尻目に、私はそれまでの地面に膝をついていた姿勢から、立ち上がって元の自分の席に座った。そして、もう一度自分の気持ちを引き締める。
「カヌレ姉」
最も長い時間を過ごした弟の声に、伏せていた顔ごと視線を持ち上げる。
「随分と可愛らしい冠だな。ドレスにも映えてるし、何より姉さんに似合ってるぜ」
弟が指差したのは、私の頭の花冠だ。「妹達が作ってくれたの」と、微笑む。
「20歳の誕生日、おめでとう」
ペロスペローから年齢順に、私を祝う言葉が投げ掛けられる。けれどもその視線がどこか冷えているように感じられるのは、気のせいのか、思い当たる節があるからなのか。
「ありがとう」
にこりと、いつも通りに笑う。探るような、様子を伺うような目に負けないように。侍女達がどれほど動揺しようとも、この子達が見ているのは私の反応だ。私さえボロを出さなければ、何も問題ないのだ。
今朝、何事もなくお茶会が開催されると知った時、ママはこの事について何も知らないのだとわかった。知っていたのなら、私は怒り狂ったママにとっくに殺されていたはずだから、無事にお茶会が開かれたはずがない。つまり、ママは弟達から、私の恋人の話を聞かされていないのだ。
では、何の為に彼らはママに黙っているのか。それは、私にとって彼がどういう存在なのかを見極めたかったからだろう。
私達が恋人関係であることは把握しているだろうが、私が彼を実際どう思っていたのかは、まだ判断ができていないはず。だから、誰がやったのかわかるように隠す気のない手口で、彼を殺した。私が、理性を保てなくなるほど揺さぶって、隠し切れなくなった本音から、私にとって彼の存在の大きさを計ろうとしたのだ。
誰が考えたのか、上手い作戦である。普通の人間なら引っ掛かっていただろう。“実の弟によって恋人を殺された”となれば、平常心を保つのは極めて困難なはず。だが、私にその手は通用しない。何せ生まれてから20年、血の繋がった家族にさえ、心の奥に隠した本音を悟られることがないよう振る舞ってきたのだから。
顔の不調──目の充血や隈、疲労感など──は入念に取り除いたり、メイクで誤魔化した。それに多少残っていたとしても、その程度で“人の理性を溶かす”ヴィーラの美貌は揺らがない。なんと言う皮肉だろうか。
「姉さんの記念すべき20歳のプレゼントは、おれ達で折半したんだ」
「あら。みんな、ありがとう」
そう言ってペロスペローが差し出したのは、きらびやかな金細工の施された飾り箱。中には、ネックレスが収められていた。チェーン部分には、大きなダイアモンドが惜しげもなく連ねられている。その中央にあるのが、青く一際大きな宝石。私の瞳と同じ、深く澄んだ海のような青だ。これは間違いなく、私の為だけに作られたもの。
「カヌレ姉の為に、特別に作らせたんだ」
「姉さんの瞳と同じ色の石を取り寄せてもらったの」
「もちろん、姉さんの美しさの前にはどんな宝石も霞んでしまうと思うけど…」
弟妹達の言葉に一つずつ相槌を打っていると、再びペロスペローが口を開いた。
「つけてやろうか?」
「……そうね。お願い」
ペロスペローが背後に周り、程なくして、首筋に金属の冷たさが触れた。私は、己の首を飾るそれを見た。
「前世」では決して手に入ることがなかった極上品だろう。きっと、王族が特別な日に身につけるレベルの逸品のはず。事実、とてもとても美しい。でも、この、のし掛かってくるような圧は何だろうか。何と呼べばいいのか。まるで、美しい首輪のような…──
「すごく綺麗……」
コンポートが、うっとりと溜め息と共にそう溢した。それに、四姉妹が続く。
「本当に姉さんに似合ってる」
「とても素敵よ」
「姉さんの瞳の色にぴったりだわ」
「なんて美しいのかしら…」
「ありがとう」
ペロスペローからもこれでもかと言うほど賛辞を送られ、私はその度に「ありがとう」と笑みを送った。そして、他の弟妹同様、屈んだ一人一人の頬を優しく撫でた。口数は少ないながらも、「似合ってる」と言ってくれたカタクリとダイフクにも。もちろん、この子にも。
「やはり、カヌレ姉は何を着ても、何を身につけても似合うな」
「ありがとう。オーブン。こんなに綺麗な宝石、見劣りしてしまうんじゃないかと思ったけど…」
「おれ達の自慢の姉さんが?…まさか。そんなことあるはずがねェ」
朗らかに微笑む弟は、いつも通りだ。到底、“昨夜姉の恋人を殺した男”がする顔ではない。無論、これは他の子にも共通することだが。確実にその場にいたことがわかっているペロスペローも、事実を把握している子達も、誰も彼も普段と変わらない。彼ら以上に“いつも通り”を装っている私が言うのもなんだが。
「誕生日おめでとう、カヌレ姉」
かけられる言葉は、どれも優しい響きに満ちている。だと言うのに。
どうして。何もしていないのに。彼のことを。好きだったのに。私ではなく。なぜ。殺したの。私も殺して。私のことも。殺してくれれば。愛していたのに。
頭の中には、彼らを詰る言葉ばかりが浮かんでくる。ぐるぐると、隙を見せれば勝手に口をついて飛び出してきそうだ。それだけ私が彼を…
「ありがとう。私の可愛い兄弟達」
みんな、大好きよ。
弟の目に映った顔は、あまりにもいつも通り過ぎていて、私はようやく、自分の精神がぶっ壊れていたことに気がついた。
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