最初で最後で最大のわがまま
私の誕生日パーティーを兼ねたお茶会から、3ヶ月が過ぎた。私は今日も元気に、私史上最も前向きに死ぬことについて考えている。…いや、“元気に”は違うな。元気ではない。もうこの3ヶ月食べ物の味全然しないし。何を食べても口の中で粘土捏ねてるみたいだし、何を飲んでも泥水を啜っているみたいだ。一応、少量とは言え三食口にはしているので、一見すれば普段と変わらないように見えるはず。だが、よく見れば頬は痩けているし、あれから毎晩のようにお酒を飲んでいるのでお肌の調子も良くない。しかし、この圧倒的顔面力のおかげで、特に誰かに不調を悟られるということはなかった。この時ばかりは、ヴィーラ族のハーフであることに感謝だ。
「カヌレねえ、いっしょにあそぼうよ」
「シャボンだましよーよ!」
「かくれんぼがいい!」
「おにごっこ!」
足元から聞こえてくる声に、視線を下げる。いつの間にか年少の弟妹達が集まって、可愛らしいお誘いを投げ掛けてくる。
「いいよ…って言いたいところだけど、ごめんね、今日はやらなきゃいけないことがたくさんあって、みんなと遊ぶ時間がないの」
「「えぇーっ!」」
めっちゃブーイングしてくるじゃん。今日も私大人気だなぁ。嬉しいけど、今彼、彼女らが私に抱くこの好意が、成長するに伴ってどれだけ大きくなり、その結果何をもたらすのかをもう十分過ぎるほど理解しているから、どうも素直に喜ぶことができない。どの子もみんな可愛くて、愛おしいのだけれど。そんなこと言ったら、ペロスペロー達だって可愛いっちゃ可愛いけどな!!あ"ーっ、何をされても骨の髄までブラコンでシスコンな己が憎い!!心から誰をも嫌いになれないし、憎めない己が憎い……っ!!!
「ちょっとだけでもあそべないの?」
「う"っ……」
足長族の三姉妹からうるうるした目を向けられて、条件反射で言葉に詰まる。何度でも言うが、「前世」から引き継いでブラコンでシスコンの私は弟妹からのおねだりに弱い。弟妹からのお願いであれば、その子が何歳でも、可愛いより恐怖が勝る相手でも、なんなら大切な人を殺された今でも、大概のことは渋々であっても聞いてしまうと思う。私まぁまぁヤバいな。でも“一緒に育った家族”という絆は、そう簡単に切れるものじゃないじゃん?心底憎むことってそう簡単にできないと思うんだど、私がおかしいの?
「……残念だけど、ごめんね。この子達を寝かせたら、ママのところに行かなきゃなの」
そう言って私は、腕の中の赤ん坊の背をトントンと叩いた。みんな等しく頬を膨らませたけれど、ママの名前を出されれば自分達にはどうしようもできないとわかっているから、「じゃあまたこんど、ぜったいあそんでね!」と言い残して去っていった。残されたのは、私が子供部屋に来るより前から、部屋の片隅でクッションに埋もれながら本を読んでいたモンドールだけだ。まだ7歳なのに、もう立派な本の虫だ。いつも本を片手に抱えていて、よく図書室にも出入りしているし、子供部屋が騒がしい時は私の部屋に避難してくることもある。
「モンドールはみんなと遊ばないの?」
「うん。…今日はいい。これ、ずっと読みたかった本、ペロス兄が買ってくれたから」
「そう」
静かにしてくれるのならば何をしてくれていても構わないので、私は弟を気にすることなく、妹を寝かしつけることに専念した。
お茶会が終わって間もなく、ママは19女ガレットと、20女ポワールの双子を産んだ。あまりにもママが日頃と変わらな過ぎたのと、今回は個人的に色々ありすぎて、ママのお産が無事に終わったという知らせを受けた時にようやく、「……あっ、ママ妊娠してたんだった」と思い出したくらいだ。毎度のことだけど、うちのママ、私がイメージする“妊婦”だったことないよね。お産もいつも秒で終わるし、未だに慣れない。この世界のお産ってみんなあんな軽いの?私の記憶にあるお産と言えば、「前世」で妹が生まれる時だけだし、あの時は結構な難産だったから、私の記憶は参考にはならないのだけども。やはり、ママが異常なのかもしれない。そりゃあそうか。普通の妊婦は、臨月間近の状態で戦わないし、お菓子しか食べない食生活とか絶対送らないし、そもそも多分毎年出産しないし、三つ子やら四つ子をポンポン生んだりしないもんな。ママを常識で量るべからず。
…と、ようやくポワールが眠りに落ちた。そのままそっとベビーベットに寝かせる。赤ちゃんは背中にスイッチがあるので、起こさないように細心の注意を払って。……よし。これでいい。モンドールがずっと部屋にいるのなら、私はこのままママの所に行ってもいいだろう。ママにはガレットとポワールを寝かしつけてから行くと言ってあるし、ちゃんと了承してもらっているので、別に待たせている訳でもないけど、気分屋なママのこと、一体何で機嫌が悪くなるかわからない。早いに越したことはないだろう。
だが、そう思ってベビーベットから離れようとした時、先に寝かしつけていたガレットが突然むずかり始めた。……双子あるある過ぎる。時間的に空腹な訳でもないだろうし、着替えたばかりだから不快感でもない。怖い夢を見たとか、そんなところだろうか。放っておけば本格的に泣き出して、最終的にポワールまで起こして二人で泣き叫ぶ未来が見える。あぁ、まだママの元へ行けそうにないな。
私はガレットを抱き上げると、部屋の片隅のソファーに座って本を読んでいたモンドールに声をかけた。
「ガレットを連れてお散歩してくるから、その間ポワールのこと見ててくれる?」
「わかった」
「よく寝てるし大丈夫だと思うけど、もし何かあったらすぐ呼んでね」
「うん!」
弟の頼もしい返事を聞いてから、私は子供部屋を出た。そして、案の定声をあげて泣き出した妹をあやすために、鼻唄──「前世」の母親がよく歌っていた子守唄である──を歌いながら城の中を散歩することにした。
城内は、いつもより慌ただしい。もうすぐ、大規模な遠征が行われるため、城全体がその準備に追われているのだ。ママはもちろん、一人前の海賊として活躍している弟妹達、戦闘員として将来を期待されている子達は、軒並み参加するそうだ。留守を任されているのは、私とペロスペローの二人。万国が建国されてから、おそらく最大規模ではなかろうか。相手はカイドウか白ひげか、はたまたロジャーか。いずれにせよ、ママと肩を並べる化け物達との戦いになるのだろう。まぁぶっちゃけ、私には関係ないけど。それよりもっと大事なことがあるから。
ずっとこの時を待っていた。ママが、上の兄弟達を連れて遠征に出ていく時を。
女王不在の間、万国の全ては実質No.3の私に委ねられる。私は仕事に追われ、弟妹達の世話から離れざるを得ない。…つまり、忙しさと引き換えに、一人の時間が手に入るのだ。その時間に何をするのかは、もう何年も前から決めて、準備してきた。きっかけはくれたのは皮肉なことに、私の愛しくも恐ろしい弟妹である。
生後間もなくからずっと、死にたいと思っていた。訳のわからぬまま気づいたらこの世界に放り込まれていたから、死んだら元の世界へ戻れるのではないかと期待して、さっさと死んでやろうと思っていた。
でもその機会に恵まれず、今まで何だかんだ問題を先送りにして生きてきた。思うところはあれ、仮にも血の繋がった家族を捨てようとしている屑の癖に、平穏を求めて恋をして。さっさと離れなければならなかったのに、自分の一時の欲を優先して、結局恋人を死なせてしまった。私のせいで死んだのだ。私が、家族以外に目を向けたから。
私を通報したかもしれないから。
私が危険な目に遭う可能性を作ったから。
私が好きになったから。
その為に死んだ人の数を数えるのはもう嫌だ。私が生きている限り、その数は増え続けるのだろう。“家族以外に目を向けるな”なんて、この世界しか知らない兄弟にはできるのかもしれないが、「前世」の記憶を持って生まれてしまった私には無理だ。家族も大事だけど、友達も恋人も、仕事仲間も趣味仲間も大事だ。大事に思って何が悪い。家族だけなんて、そんな狭い世界で私は生きていたくない。生きられない。
いつか、ママと見えた時に抱いた決意を思い浮かべる。私を「おれのお人形」と呼び、生き方も何もかも全部決めるママに、心の中で誓ったのだ。絶対に死んで、その支配から出ていってやると。それを実行する日が、とうとうやって来たのだ。
「私って、やっぱり屑だなぁ……」
ガレットの瞼がほとんど閉じかけているのを見下ろして、吐き出すように呟いた。何年も前から思っていたけど、ホント私屑過ぎる。と言うか、全部全部自業自得。
そもそもは、私が諦めていればよかったのだ。「前世」の記憶を持っていることも、これまでと全く異なる世界に生きていることも、海賊の娘であることも、ぶっ飛んだ家族のことも。どれも憂いたところでどうにかなるものではなかったのだから。早々に諦めて、家族だけを愛し、家族からの愛だけを食べて、ママに決められた通りの道を、決められたように歩く人生を大人しく選んでいればよかったのだ。そうすれば、誰も死なずに済んだ。
なのに、欲深い私はそれができなかった。死にたいのならさっさと一人で死ねばよかったのに、何かと言い訳してこの歳まで生き延びて。できもしないくせに、何とか抗おうと必死になって、結局こうして一番大事な人を失ったのである。
少し考えればわかったはずだ。死ぬこと以外に逃げ道はないのだと。どこへ逃げたとしても、ママは“去る者は必ず殺す”人で、弟妹は地獄の果てまで追いかけてくるのだから。その執着が一体何に起因するのかさっぱりだけど、これまでのあの子達の言動を見ていれば容易に想像できる。…想像できたくせに、なんで私は彼の気持ちに応えてしまったのだろう。彼は、私が殺したのだ。私と出会わなければ、平和で平穏な日々を送ることができたはずなのに。彼はとてもとても優しい人だから、きっと同じくらい優しくて、素敵な人と結ばれたはずなのに。全部私が奪った。私が生き長らえたせいだ。何もかも、私が…──
「カヌレ姉さん」
はっと我に返ると、中庭の入り口にアマンドが一人で佇んでいるのが見えた。私は沈み込んでいた思考を引き上げて、妹の方へ近づいた。
「ガレットとお散歩?」
「えぇ。今日はどうしてか、なかなか寝てくれなくて」
「そう…ポワールは?」
「子供部屋で寝てるわ」
アマンドは身を屈め、私が抱いているガレットの頬を撫でた。妹とまともに話すのは、随分と久々な気がする。いや、アマンドに限らず、年長の弟妹との接触そのものが久々だ。遠征を前にして互いに忙しいというのもあるけれど、私が意識的に避けていたというのも少しはある。彼らがそれに気づいているのか、気づいていたとしてどう思っているのかはわからない。
「もうすぐ寝落ちしそうね」と呟いた妹は、ガレットから目線を外すと、今度はじっと私を見下ろしてきた。どうかしたのかと首を傾げると、アマンドは微かに表情を歪めた。
「姉さん…少し会わない間に、…痩せた?」
心臓がドキリと跳ねた。事実、あの日から体重は減り続けていた。圧倒的に食べる量が少ないのだから当然だ。しかし、服装や髪型をどうにかすれば、意外と誰にも気づかれないということをこの二ヶ月で思い知ったから、人に指摘されることはないだろうと思っていた。現にこれまで会った弟達は、誰一人何も言わなかった。何かに気づいた節もなかったからすっかり安心していたけど、同性の目は誤魔化せないようだ。まぁ、女性の方が細かい所にまで目が届く傾向にあると言うから仕方ないか。しかし、痩せてしまった理由を悟られても困るので、私はにこりと笑みを作った。
「本当?…だったら嬉しいわ。最近お腹周りが少し気になってたから、ダイエットしてるの。さっそく成果が出たみたいで、よかった」
体重の減少を心から喜んでいる素振りを見せる。アマンドは一瞬何とも言えない微妙な顔をしたが、それ以上は言及してこなかった。
「……無理しないでね」
「もちろんよ。心配してくれて、ありがとう」
優しい子なんだ、本当は。アマンドに限らず他の子達も。皆、家族には砂糖菓子のようにとことん甘い。部下や国民にも家族ほどではないにせよ、それなりに優しくできる。ならばなぜ、私が家族以外に目をかけることを許してくれないのか。どれだけ他人を愛したとしても、一番が家族であることは揺らがないのに。揺らぎようがないのに。何よりも濃い血で結ばれているのだから、どうやったってそこから逃げようもないし、そもそも逃がすつもりもないくせに。
“愛情”や“同情”という名の手枷と足枷で自由を奪って、“誕生日プレゼント”という名の首輪までつけて束縛して、その鎖の先を強く握って逃げ道を全て塞いでいるのに、これ以上まだ何を恐れているのだろうか。
「もうすぐ寝てしまいそうだし、あとは私がやるわ。…いつも小さい子達の面倒ばかりみて、疲れてるでしょう?」
「そんなの今更じゃない。子供の時からずっと、弟妹の面倒をみるのが私の仕事だもの。…それに、カタクリ達を越える問題児は未だにいないから、あの子達に比べればどんなワガママも可愛いものよ」
マジであの三人はなんであんな暴れん坊だったんだろうね?5秒と目離してられなかったもんね。
「ふふっ…カタクリ兄さん達に振り回される姉さん、懐かしいわね」
「私はもう二度とごめんだけどね。…じゃあ、ガレットのことお願いしようかな」
寝かしつけが終わったら、ママの所に行かなきゃなの。
「子供部屋で寝かせてくれればいいわ。モンドールがポワールを見てくれてるから、ガレットのことも頼んでおいて」
「わかったわ」
差し伸べられたアマンドの腕にガレットを預け、その小さな頭を一撫でしてから、私は中庭を離れた。目指すはママの待つ女王の間だ。
*
そして迎えた、遠征当日。留守を預かる私とペロスペローは、ママと付き従う弟妹を見送るため、同じく留守番組の幼い弟妹達と共に港に集った。私は足元に足長族の三姉妹を引っ付けたまま、ママの元へ近づいた。
「ママ」
「ハ〜ハハハ…ママママ!!おれがいない間のことは、全てお前に任せるよ、カヌレ」
「えぇ。留守は任せて。ペロスペローと二人、しっかり役目を果たすわ」
ママはご機嫌そうに笑っている。私はそんなママを、複雑な思いを抱きながら見上げていた。
今生の母親。びっくりするほど母親らしくないし、そもそも人間としてどうなん?って言いたくなることもたくさんだし、“食い患い”とかクソほどめんどくせぇなって現在進行形で思ってるし、散々迷惑かけられてきたけれど、それでも何の役にも立たない穀潰しの分際で、20年間衣食住を与えてもらったという恩はある。まぁ、死にたがりが“育ててくれてありがとう”って思うのは何か変だと思うけども。生きていなければ、自分のせいで人が死ぬ地獄を目の当たりにすることはなかったが、同時に生きていたからこそ、彼と出会い、ほんの一時でも穏やかな時間を過ごせたのだ。そこはママに感謝しておきたい。ありがとう。
だがまぁ、結局はこの人も弟妹達と変わらない、子供なのだ。よくも悪くも小さい子供。体は大きくて力も強すぎるぐらいだけど、中身──気紛れさや自分本意の考え方──は幼稚園児並みだ。弟妹達と同じ。今思えば、幼き日に失踪したという“マザー・カルメル”への盲目的な思慕や執着なんて、まさに兄弟が私に向けるそれと同じではないか。あれはママ由来だったらしい。ホント、そう考えるとろくなもんじゃねェな?…でもまぁ、こんな人でも20年間「ママ」と呼んできたのだ。気持ちがないとは言わない。愛情というより、同情というべきか。可哀想な人だと思っている。家族から得られるまともな愛情──特に、全肯定するのではなく、ダメなものはダメと叱ること──を知らないまま大人になり、“母親”になった人だから。
「ママが海軍や同業者に負けるわけはないけど…それでも、気を付けてね」
「おや、可愛いこと言ってくれるじゃないか。ママママ!!もちろんさ。おれが負けるはずがねェ」
自信に満ち溢れた勝ち気で美しい面差しに、にこりと微笑み返す。ちょっとうるっときたのを堪えて、私はペロスペローの周りに集まっている弟妹の方へ近づいた。
日頃特別な感情を抱いてるとは言い難いママにでさえ、もう二度と会えないとなると寂しさのようなものが込み上げてくるのだ。なんだかんだ言っても、可愛いと愛してきた子達を前にすれば、気を抜けば涙が溢れそうになるほどの寂しさを感じる。これが最後なのに、そう言えないことが心苦しい。…いやまぁ、飛び蹴りの勢いで自殺への背中を押してくれたのはこの子達なんだけど。そう単純な言葉では言い表せないからこそ、私は尚更“死”を選ぶんだけども。
「みんな、気をつけてね」
そんな、当たり障りのないことしか言えない。少しでも違和感を覚えられたら、困るのは私だから。
しかし、弟妹達は特に何も思わなかったようだ。私やペロスペローと一言二言言葉を交わし、下の弟妹達を各々撫でたり抱き上げたりしてから、順番に乗船していった。最後まで残ったのは、カタクリだけだった。
「どうかしたのか?カタクリ」
ペロスペローが不思議そうに声を上げる。だが弟はそれに答えることなく、じっと私を見ている。背を冷たい汗が流れた。
「カヌレ姉」
「んー?」
いつも通りを意識して、私は首を傾げた。…と、弟が膝をついた。2m越えの私より更に2m以上背の高いカタクリは──に限らず、同じくらいの身長のダイフクとオーブンも──何か真剣に話をしたい時は、目線を合わせるためにこうして膝を折ってくれることが多い。とは言え、今はそういう場面ではなかったと思うのだが。この洞察力の鋭い弟の足を止めたのは一体なんだ。
カタクリの手が私の両手を掬った。ぎゅっと、私が痛みを感じない程度の力が込められる。目が合った。そこにどんな籠る感情が何なのかはわからない。17年間カタクリの姉として生きてきたけど、こんな様子の弟は初めてだ。寄る辺ない子供のように、どこか頼りなくて、何かを強く懇願するような…──
「カヌレ姉」
「どうしたの?」
だが、カタクリはやはり口を閉ざしたまま。開いたと思っても、溢れ落ちるのは私を求める声だけ。
名前を呼ばれて、「どうしたの?」と尋ねることを二回程繰り返した後、私は「本当に、どうしちゃったのよ」と苦笑しながら言った。私の足元に引っ付いている妹達も、不安そうにカタクリを見上げている。
「……いや、何でもない。……行ってくる」
「えぇ。行ってらっしゃい。お前の強さはわかってるけど、それでも気をつけて」
「……あぁ」
カタクリは何かを言うでもなく、最後にもう一度私の手を強く握り、離れていった。「にいさん、どうしたのかな?」とスムージーが私を見上げてくる。私自身もわからないので、肩をすくめるしかなかった。
「なんだったんだ、カタクリの奴?」
「さぁ…どうしたんだろうね」
ペロスペローにそう言いながらも何となく、弟は言い様のない何かを感じたのかもしれないと思った。この世には、“虫の知らせ”とか“嫌な予感”というものがある。カタクリは見聞色の覇気を得意とするそうだから、私から何か言葉にはできない違和感のようなものを感じ取ったのかもしれない。ひやりとしたが、何とか誤魔化せたようだ。
私を案じてくれる気持ちはとても嬉しい。でも、私にはもうその優しさを受ける資格がない。
やがて船上が慌ただしくなり、船の錨が上げられた。ゆっくりと、“クイーン・ママ・シャンテ号”が動き出す。私はそれをペロスペローと、幼い弟妹達と並んで見送った。甲板に出ている兄弟達と、すでに船室に入ってお菓子にありついているだろうママを思い、手を振る。
これが最期だ。この世界の、私の“家族”。「前世」の家族と同じとはいかないまでも、みんなのことは等しく愛していた。誰のことも大事に思っていた。でも、もう無理だ。これ以上ここで生きていては、私の心が壊れてしまう。
「さぁ、お前達。城へ戻るぞ。ペロリン♪」
弟が、年少の弟妹を呼ぶ声がする。「いい子にはキャンディをあげよう」と言うペロスペローの誘惑によって、私から離れていく子供達。私は一人、遠くなる船影を気が済むで見つめてから、くるりと背を向けた。
港から城への道を、ペロスペローから貰ったキャンディを片手に子供達が駆けて行く。その後ろを歩く弟は、ご機嫌な様子でキャンディケインをくるくる弄んでいた。
もうすぐ人生の終幕だ。これまでずっと、従順で大人しい“お人形”として生きてきたけれど、それももう終わり。最初で最後で最大に抗ってやる。自ら命を絶って、家族の言いなりにはならないと、私の人生は私だけのモノなのだと、言ってもわかってくれない人達に突きつけてやるのだ。それが私にできる唯一のことだから。
「姉さん?」
前を歩いていたペロスペローが、ふとこちらを振り返った。どうかしたのかと問いかける眼差しに、私は笑って首を横に振り、弟を追いかけた。
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