因果応報、ここに極まる

 床に崩れ落ち、蹴り飛ばされた脛を抱えて蹲る青年を見下ろして、私は静かに尋ねた。

「これは……一体どういうつもり?」

 自分でも驚くほど、私の発した声は抑揚もなく冷たかった。相手もそれがわかったのか、食い縛った歯の隙間から漏れ出ていた呻き声がピタリと止んだ。だが、萎縮する姿に反して、その視線は鋭さを失うことなくこちらを睨み上げてくる。そこに宿った“憎悪”が私を焼き殺そうと逆巻いているのがわかった。この子の、こんな目を見るのは初めてだ。

 いつも物静かで、料理人見習いとして健気に頑張っていると他の使用人達が評価しているのを聞いていたし、私自身もそう思っていた。毎晩飲み物を運んでくる彼は、極めて普通の、どこにでもいる“好青年”と呼ぶに相応しい雰囲気を纏っていたのに。目の前の青年に、その面影はない。この様子だと、事情を話すつもりもなさそうだ。私の暗殺に失敗した以上、死は免れないとわかっているからだろう。
 別にその辺りは至極どうでもいいのだけど。この後の予定が詰まっている私としては、さっさとこの部屋から出て行って一人にしてほしいのが正直なところである。

 だから、青年の口を割らせるつもりで、脅しをかけることにした。普段なら絶対やらない真似だが、何度でも言うけれども忙しいんだよ、今夜の私は。


「話すつもりがないのなら、弟に頼みましょうか。…キャンディを喉に流し込まれたなら、少しは話す気になる?」

 そう言うと、青年が微かに身を震わせた。きっと想像したのだろう。弟の操るキャンディが、己の喉を焼いて息を奪う様を。その苦しみを。私だって、自分で言ったくせに「うへぇ」って内心思ってるし。でも、急いでるし仕方ないよね!!


「私はどっちでもいいのよ。お前が素直に白状しても、キャンディの海で溺れて死んでも」

 どっちでもよくはないがな。死んでほしいなんて思ってないし、出来ればさっさと白状するか、ここから出て行ってほしいがな!!

「…あなたを…殺すつもりだった…」
「でしょうね。そうでなかったら、驚きだわ」

 私は決して賢くはないけれど、真夜中に刃物を持って人の寝室に忍び込んできた人間の目的が何かぐらいはわかる。そんなことが聞きたいんじゃない。

「そんなの、わざわざ教えてもらわなくてもわかってる。誰がどう好意的に見ても、私を殺そうとしたようにしか見えない」
その理由を聞いてるの。
「私に何か恨みでも?」

 わざわざ殺しに来るくらいだから、私への恨みは絶対にあるのだと思う。私の何が青年の恨みを買ってしまったのかわからないけれど、仮にそうだとするならば、人に恨まれるようなことをしといてそれに気づいてすらいないことになるわけで、なおさら申し訳ないとも思う。でも、だからと言って「お詫びの印に私のこと殺していいよ♡」とはならない。死ぬのはいいけど、殺されたくはない。そもそも理由は教えてほしい。内容によっては、謝らないといけないかもしれないのだから。黙って殺されるのもなんか嫌だし!
 しかし、青年が口を割るかどうかは微妙なところだった。だからあえて挑発するように問うた。この子が、例えばペロスペローのような冷静なタイプだったならば、私の煽りにのることはなかっただろう。だが、練りに練ったとは言えない杜撰な計画で私の寝室に押し入ってきたことを見るに、決して長弟のようなタイプではないと踏んだ。どちらかと言えば、二番目から四番目までの弟タイプ。すなわち。

「!…お前のせいで……っ!!」

 案の定、私の言葉に刺激された青年は、一度は伏せていた双眸に再び炎を滾らせて、喉の奥から声を振り絞った。

「お前のせいで、おれの…おれの家族は殺されたのに…っ!」
「!」

 ぐしゃりと、心臓を握り潰されたような気がした。それ・・は、私が今一番聞きたくない言葉だ。同時に、私が誰よりも深く心に刻み付けてきた言葉でもある。鋭く尖ったナイフで肉を抉るように、傷ついて血を流しても、何度も何度も心に刻んだ。決して忘れないために。それでもこんなに辛いのか。こうやって人から、それも当事者から己の罪を責め立てられるのは…

「…いいや、家族だけじゃない…」

 言葉を失くした私を射抜いたまま、青年は続けた。

「おれの故郷…おれの生まれ育った町…全部吹き飛んだ」
理由は何だったと思う?
「お前の可愛い弟と妹たちが、お前を海兵から守るために・・・・・・・・・・・・、町ごと吹き飛ばしたんだ!!」
「…っ、…!」

 息が止まった。…あぁ、まさか、そんな。

「…こんなに面白い話があるか、……なぁ?略奪のために襲われたわけでもなければ、戦いに巻き込まれたわけでもない。たった一人の人間を救うためだけに、何千人もの人間を皆殺にして…男も女も、子供から年寄りまで全員…」

 心臓を締め上げられるような感覚に襲われる。このままいっそのこと捩じり切れてしまえば楽なのに、それは許さないとギリギリのところで生かされているようだ。苦痛が絶え間なく打ち寄せてくる。きっとそうやって、私に知らしめているのだ。これが…これこそが、私の罪なのだと。全部、お前が悪いのだと。

「……その、町の名は……?」

 長い沈黙の後に発した震えた声への返事は、私が思った通りの町の名で。
 …2年前、シュトロイゼンの代わりにママ達の遠征に随行した私が、家族との約束を破って一人で船を下りた挙句に海兵達に取り囲まれた、あの町だ。そして、私を失う未来に直面し、ぶちギレた弟妹達が私を危険に晒した町そのものを海兵諸共吹き飛ばした町。…彼は、その生き残りのようだ。だからこそ、ここにやって来たのか。ビッグ・マム海賊団の本拠地に。そして、そもそもの原因であるシャーロット・カヌレの下に。

「…そうだ。…ビッグ・マムや他の子供達を殺すことはできなくても、あんたなら殺せると思った。…もとはと言えばあんたのせいだし、あんたはビッグ・マムの一番のお気に入りだ…あんたを殺して、おれも死ぬつもりだった…」


 青年が語るに、両親――母親は早くに亡くなったらしいが――と、年の離れた姉とその家族と暮らしていた彼は、あの日所用があって町を離れていたらしい。用事を済ませて戻ってきてみれば、己の愛する町は辺り一面焼け野原だった。近くの支部から駆け付けた海軍が懸命に救助活動を行ったようだが、助かった者はほぼゼロに等しかった。殺された者、放たれた火に巻かれた者、崩壊した瓦礫の下敷きになった者…原因は様々だが、大半の町人が命を落とした。しかし、どれほど探しても、彼の家族は見つからなかったという。なぜならば。

「生き残った連中が言ってた。…ビッグ・マム海賊団が、うちの店に押し入るところを見たと。店はその後すぐ燃やされて、…でも、店からは誰も出てこなかったと…」
「……店?」

 そう呟いて、眉を寄せる。
 カタクリの覇王色をまともに食らって気絶していた私は、実は被害の詳細までは把握し切れていない。新聞記事から何が起きたのかはわかっているものの、誰がどこで何をしたのか、何をさせたのかは聞いていない。弟妹に聞けば教えてくれただろうが、嬉々として語ってくるであろうことは想像に難くないので、あえて聞かなかった。聞いてしまえば、褒めてあげないといけなくなるし。…いや、まぁ褒めるように遠回しな脅迫は受けましたけども。一回は褒めましたけども。それ以上聞きたいわけないだろう。頭ぶっ壊れるわ。

 しかし、そんな私でも唯一詳細を知っていることがある。それは、弟妹達があの島でしでかしたことのうち、特に直接私に起因する出来事だ。

 気絶した私を保護した後、弟妹達は部下を率いて町を襲った。しかし、そんな地獄の惨劇の中で、一時的とは言え被害を免れていた場所がある。無論、最終的にその場所も焼き払われたのだが、町の大部分が焼け野原になっても、そこはしばらく無事だったらしい。少なくとも、私が目覚めた時にはまだ無事だった。
 それは、一軒の古びた店。海兵達を片付け、弟妹の命令を受けた部下達が店の商品を根こそぎ強奪した後、中の人間諸共焼き払われた。奪われた物品はクイーン・ママ・シャンテ号を経て、マーガリン島の私の屋敷に運び込まれている。

 思考の点と点が繋がったことで、私は息を呑んだ。普段はポンコツのくせに、こういう時に限って頭は冴えているらしい。気が付きたくなかったのに、と青年の顔を改めて見下ろす。記憶を過った顔と照らし合わせてみるけれど、憎悪に駆られた青年の顔と、記憶の中の顔はどうしても重ならなかった。なぜならば後者は、ほんの短い時間しか接していないとは言え、とても穏やかで、優しい笑みを絶やさなかったから。店の主人も、そこで働いていた従業員も。

「…その店って、…あの・・喫茶店のこと……?」

 青年は静かに頷いた。瞬間、体の軸が大きく左右に揺れた。眩暈に襲われたように視界がぐらついて、立っていられなくなった私はよろめきながら、ベッドの方へ動いた。そのままそこへ、崩れるように腰を下ろす。青年はそれっきり言葉を発さない。私も何も言わない。部屋の中は静まり返っていた。遠くから聞こえてくる波の音だけが、私たちの耳を打っていた。


 私は、床に座り込んだまま俯く青年を見ながら、明らかになった事実を一つ一つ頭の中で並べ立てた。

 目の前の青年は、2年前にビッグ・マム海賊団が壊滅させた町の生き残り。しかも、私が気に入っていた喫茶店のマスターの子供。家族や故郷を失った憎しみに燃えてビッグ・マムへの復讐を誓い、この万国へやって来た。そして、そもそもの原因であり、ビッグ・マムの一番のお気に入りでもある私を殺して、自らの命も絶つつもりだった。そうして仇を討って、家族の元へ行こうとしたのだろう。

 そこまで考えてから、私は我慢できずに噴き出した。そのまま声を立てて笑う。それを自らへの侮辱と解した青年が再び激情に染まった顔を上げ、私の方を見た。だが、怒鳴り声は上がらなかった。

「!…な、んで…あんたが、…泣くんだ…?」

 その問いに答えることもなく、私は勝手に流れ落ちる涙もそのままに笑い続けた。
 だって、こんなにも面白いことってあるだろうか?弟妹達があの事件を引き起こしたのは、私を守るためだったのに、その被害者が私を殺しに来るなんて。私が今夜いつも通りに眠っていたなら、もう私はこの世にいなかっただろう。こんなにも“因果応報”を地で行く皮肉な出来事なんて、これ以上他にない。

 結局、家族の愛情は私にとっては猛毒だったということだ。極上の砂糖を煮詰めて甘いシロップをたっぷりかけた愛情は、他の家族間で共有し合うことはできても、私には重荷だったのだ。どうせ私は、シャーロット家の…いいや、この世界の“異物”なのだから。生まれてきたことが、何よりの間違いだったのだから。

「…さぁね」

 でも、そんなこと彼には関係のないこと。“前世”云々を明かすつもりはないし、明かしたところで私の罪は消えたりしない。私の境遇を知ってもらおうとも思わない。同情をもらっても、どうせ私は死ぬのだから。


「…さて、私の暗殺に失敗した今、…君はどうするの?」

 しばらくの沈黙が過ぎてから、私は青年に尋ねた。青年は答えない。いや、何と答えるべきかわからないから答えられない、と言うべきか。いずれにせよ、青年の今後はノープランというわけだ。被害者になるはずの私が言うのもなんだが、一応失敗した場合のことは考えときなよ〜人を殺すというとんでもない決断を下したくせに、肝心なところは行き当たりばったりだったの??

「……そう」

 でも、そんな意地悪な指摘はしない。後先なんて考えられないくらいに傷ついて、怒りでまともに思考が働かなかっただろうことは想像に難くないから。……この子も、私と同じなのだ。彼は“カヌレを殺す”道を選んだが、それは暗殺の成功如何に関わらず、自らも死ぬということ。方法は違えど、私達は今夜互いに死ぬつもりだったわけだ。ならば、私がやることは決まっている。

「君は、ラッキーね」
「……?」
「たった今、君は私を殺そうとして失敗した訳だけど…わざわざ君が手を汚さなくても、私は今夜、自分で自分を殺すつもりだったよ」
「!?」

 青年は目を見開き、口さえも愕然と開いた。だが、すぐに何かに思い当たったように呟いた。

「……今夜が月命日だから、ですか…?」

 私は笑みを浮かべた。曲がりなりにも私に仕え、亡き恋人ともある程度面識のあった青年にはそれで十分だった。彼は察したのだ。彼が虎視眈々と殺害の機会を狙っていた女が、自分と同じように“死”を望んでいたことに。
 その理由は様々あるだろうが、きっと根本にあって共通しているのは、“罪悪感”だと思う。私は“自分のせいで人を死なせたこと”への、彼は“自分だけが生き残ってしまったこと”への、拭いきれない罪悪感。

 例え誰かが、「あなたのせいじゃないよ」と慰めてくれたとしても、この感情は絶対に消えないだろう。なぜならば、全ての責任が私にあるのも、彼だけが家族の中で生き残ったのも事実。どうやっても変えようがない。でも、私達にはそれを真正面から受け入れて、背負い続けるだけの気力がない。だって、全てだったのだ。私が自分のせいで失った者、彼だけを残して逝った者…いずれも、私達が生きていく支えだったのだ。それを共に失くしたのだから、二人が選ぶ結末が重なるのは至極当然であろう。

「君は、私を殺したくて堪らないと思う。君の家族が死んだのも、故郷が失くなったのも、全部私のせいだから」
でもね、私、今回が初めてなの。
「自分の人生を自分で決めるのは、今夜が最初で最後なの。自分の手で終わらせたいのよ」
「……」
「それに、私なんかのために君が手を汚す必要はない。君が死ぬことを私は止めないし、そんな権利もないけれど、…せめて最後くらいは、私に、私の人生の舵を握らせてほしい」

 そうして徐にサイドチェストの引き出しから、小袋を引っ張り出した。中には、錠剤型の睡眠薬。これが、私の旅立ちの切符である。

 3ヶ月前の出来事以来、ほとんどまともに睡眠も取っていなかった私だが、ある時から、侍女たちにほぼ強制的に睡眠薬を飲まされるようになった。さすがの私も彼女たちの温かい気持ちを無碍にすることはできず、最初の内は薬の力を借りて僅かにだが眠っていた。しかし、時間が経って多少落ち着くようになってからは、与えられた薬を摂取せずにこうして隠して溜め込んでいたのだ。昔から探していた、“苦しまずに死ねる毒薬”が未だに見つからなかったためである。

「…まぁ、君に殺されてもいいのかもしれないけど。でも、もしもママや弟妹達に復讐がしたいのなら、“誰かに殺された”よりも、“カヌレ姉が自殺した”の方が、色々と効果的だと思うけど?」

 青年の顔がドン引きしているように見えるのは気のせいだろうか。…そりゃあドン引きしたくもなるわな。復讐のために殺してやろうと思ってたターゲットが筋金入りの自殺志願者で、しかも自分から効果的な復讐方法を提案してくるんだもんな。やべぇな私。
 しかし、言っていることはきっと間違っていないはず。例えば私が青年に殺されたなら、ママ筆頭に家族は軒並みぶちギレ発狂ルート爆走確定で、“怒”以外の感情は消え失せると思う。でも私が自ら死を選んだと知ったなら。…ママはやはりぶちギレるだろうけど、心当たりのある弟妹達には深く刺さるだろう。心当たりのない弟妹には悪いけど、文句は君たちの兄ちゃん、姉ちゃんに言ってね!!カヌレ姉の背中押したの、あの子達だからね!!!

「もしどうしても手を下したいのなら、私が薬を飲んで眠った後、この部屋に火を放ってもらえないかしら?油がなくても、ここはよく燃えるからね」
「……そこまでして、一緒に死にたいのか…?」
「そこまでするほど、一緒に生きたかったもの」

 恋人の生きた痕跡がこの世から消え去ったように、私も何も残さずに世を去りたい。元々この世界にとって異物だったのだから、残すものなど必要ないだろう。
 それに、死体を残すのも躊躇われるくらいにはうちの家族ヤバいからさぁ…剥製とかにされかねないよね。それはさすがに嫌過ぎる。笑えない。

「どう?」

 気を取り直して、彼の目を真っ直ぐ見つめながら改めて問う。

「私と一緒は嫌だろうけど、…二人で地獄に堕ちるっていうのは」

 歪んでいるとは言え、あんなにも愛してくれる家族を裏切るのは、“罪”と言っていいだろう。少なくともママのルールに当てはめれば、ママの元から去る形になる私は“罪人”だ。そして当然
、ママに弓引いた彼も罪人。罪人の行く先は、地獄しかない。

「……あの男の所じゃなくて、いいんですか…?」

 ややあって、青年が口を開いた。まだ迷いの滲む声音に反して、私を見つめる目は覚悟を決めているようにも見える。

「彼は地獄にはいないもの」

 優しい彼は、天国にいるだろう。クズの私はそこへは行けない。でも、だからって青年を代わりにしようとは思っていない。

「君だけだもの、本当の私を知っているのは。だから、私達は共犯者だよ」
「…きょう、はんしゃ…」
「そう。だから一緒に堕ちていくの。怖くないわ。私達にはもう、失うモノは何もないのだから」

 微笑む私を無言で見つめ、青年は思考を巡らせるために一度目を閉じた。次に目を開けた時には、彼の表情が答えを物語っていた。
 青年はサイドテーブルに置かれたゴブレットを手に取り、私に差し出した。それと交換するように、私はマッチ箱を差し出す。私がゴブレットを、青年がマッチ箱を受け取った瞬間、契約は成った。

 私達は手を取り合って、地獄へ通じる沼に足を突っ込んだのだ。もう後には引けない。

「……ごめんなさい」
「…?」
「それに、…ありがとう」

 大量の錠剤を手のひらで掬い上げて、最後に青年を見た。全てを焼き尽くす怒りの薄れた顔は、記憶にあるマスターの顔にどことなく似ていると思った。

「君が淹れてくれたコーヒー、とても美味しかった」
「!」

 どうしても最後に伝えたかったそれだけを言葉にのせて、私は薬を口に含むと、そっとゴブレットを傾けた。

||
Top