最早神様に憎まれている

 新世界は万国。
 海賊ビッグ・マムこと、シャーロット・リンリンが築き上げたお菓子の王国。

 正確には、ビッグ・マムの住むホールケーキアイランドを中心とした島と、その周辺海域の総称である。各島にはビッグ・マム海賊団の幹部である実子が大臣として君臨する。現在、ビッグ・マムの子供達は、長女カヌレから、つい先月生まれたばかりの一八女メリゼまでの計41人。大臣として任地を持っているのは、18歳のカヌレと17歳のペロスペローの二人だけだが、いずれ大臣の数は増え、従って島の数も増えていくだろう。因みにカヌレはマーガリン島を、ペロスペローはキャンディ島を治めている。両者共に母からの信頼も厚く、弟妹達からも慕われている、シャーロット家を支える二本柱である ――


 ……なんて、脳内でナレーションを入れたくなるくらい、状況は最悪だった。



「ビッグ・マム海賊団!シャーロット・カヌレだな!?」

 私を取り囲む海兵達。彼らを率いる将校の声。向けられるいくつもの銃口。

「……なーんで私の人生って何一つ上手くいかないんだろうね??」

 私は諦めの溜め息と共に、そう呟く。

 あぁ、そうか。神様は私が嫌いなんだ。だから私に、次から次へと試練を与えるんだ。
 そうとしか考えられない。だって私、お使いついでにちょーっと息抜きしてただけだよ?30分程寄り道して、コーヒー飲んでただけ!こんなとんでもない世界に生まれ変わらせといて、リフレッシュも許されないなんて!!

(死んだら絶対ぶん殴る……!)

 神様とやらが存在するのかどうか知らないが、絶対殴る。そうでもしなきゃやってられない。
 密かに決意を固めながら、私はここに至るまでの経緯を振り返った。



 シュトロイゼンと共にビッグ・マム海賊団を立ち上げたママは、ロックス海賊団として活躍するなど経歴を重ね、ついには一国までも築き上げてしまった。
 万国。あらゆる種族が平等に暮らす夢の国。ママの理想を体現し、どこもかしこもお菓子で造られたお菓子の国だ。「前世」では小さい頃、絵本に出てくる「お菓子の家」が現実にあったら…なんて弟や妹と語り合ったものだが、あの頃の自分に言いたい。やめておけ、と。
 お菓子大好きなママの血を引くシャーロット家の人間にとっては理想郷だろうが、私のように甘いものがどちらかと言えば苦手な人間には、万国はこの世の地獄である。鼻の奥に甘ったるい匂いがこびりついているせいで、食べてもいないのに常時胸焼けを起こしているような気分になるのだ。控え目に言って苦行である。

 …話が逸れたが、とにかく、現在ビッグ・マム海賊団は拠点となる場所に腰を据え、縄張りを広げていく、というスタイルを取っているのだ。
 同時に、ママは女王として万国を治め、長女・長男である私とペロスペローは、それぞれバター大臣、キャンディ大臣として島の統治を任されることになった。そのため万国が築かれてから、私は航海に出ることが圧倒的に減った。

 王国を治めていると言っても、私達の本業は海賊なので、“遠征”という名の海賊行為はこれまでと変わらず行われている。しかし、決定的に違うのは、ママが同行しない、すなわち子供達主導の遠征があるということだ。拠点となる縄張りができた今、私達には守らなければならない場所がある。ママに正面から喧嘩を売ってくる同業者もそういないが、海軍が攻め込んでくる可能性も考慮し、万国は防衛にも力を入れる必要がある。ママが万国に常時不在では困るのだ。そこで遠征の重要性次第ではママは動かず、子供達だけでの遠征が行われるようになった。その場合に指揮を取るのは長男であるペロスペローで、何の戦力にもならない私は万国でお留守番。言わば引きこもり状態だ。おかげで念願の自殺を果たす機会に一向に恵まれず、御年18歳である。年々弟妹が増えるので、いつまでたっても自殺のタイミングが見つからない件について。


 て言うか、「いずれ死ぬから〜」ってもう何年も言ってる気がする。死ぬ死ぬ詐欺じゃんね!いやいや、私だってちゃんと死ぬ気あるよ?馴れないもん、この世界!怖いもん、この世界!家族とホーミーズだけで構成されているビッグ・マム海賊団でも十分怖いのに、世界の化け物が集うロックス海賊団時代とか、どれだけ怖かったと思う??
 だから、私はさっさと死んでここからおさらばしたいのだ。昔は守役がついていたから…と諦めていたが、今では守役じゃなくて弟妹が引っ付いてくるし、ママに言いつけられた仕事もあるから、万国から出るどころか一人になる瞬間さえない ――それに関しては昔からだけど ――んだよね。24時間365日。……こんなんで死ねるか!!!


 そういうわけで、遠征に同行しない私は、万国から出ることがまずない。それが、今回はいつもと違った。ママから直々に、遠征に同行するよう命じられたのである。理由は単純、総料理長であるシュトロイゼンが体調を崩し、航海できなくなったからだ。
 ふざけんなよ、とは思った。海賊のくせに甘ったれたこと言ってんじゃねェぞ、と。だが、そうは言ってもシュトロイゼンは今年で69歳。「前世」の世界でならば仕事をリタイアして、趣味に生き余生を楽しむ年齢なのだ。そんな老体に鞭打つような真似は、私にはできなかった。お世話になっているから余計にね。

 そこで、私はシュトロイゼンの代わりに他のシェフ達と共に久々の船に乗り、遠征に同行することになったのである。今回は、ママが赴く遠征だ。ママの代わりに国を守るのはペロスペローとコンポート(一応シュトロイゼンも)で、子供達の指揮はカタクリ達三つ子、と言うか主にカタクリ。彼らの腹を満たし、甘くて美味しいお菓子を提供することが、総料理長代理の私の仕事だ。だから馬車馬のように働いた。あまりの忙しさに目を回しそうになりながら、なんとか、せめて万国に帰るまでママの“食い患い”が起こらないように、あれこれと気を回していたのだ。

 その甲斐あってか、特に何の問題もなく目的地に到着し、私とシェフ達は互いの無事を喜び合った。ママや家族の口に合わない物が一品でもあれば、私はともかくシェフの首は簡単に飛んでしまうから、まさに命懸けの航海だったのだ。感動はひとしおであった。


 船が港に停泊している間、私達は食料の調達に向かった。一人歩きを禁じられている ――ママではなく弟妹に、解せない ――私だが、航海中神経を張り詰めていたからか、ストレスが溜まって我慢の限界にきていた。弟妹達はまるで姑の如く口やかましいが、別にママに外出を禁止されているわけでもないんだし、弟妹達の言うことを聞く義理はない。あわよくば、そのままうっかり私を乗せ忘れて出港してくれればいいのに…なんて思いつつ、買い出しを終えた私は、シェフ達と別れてのんびり町の散策に出掛けたのである。一応、シェフ達には小一時間程で戻るとママに伝えて欲しいと頼んだ。


 一人での外出なんて、この世界に生まれてからは初めてかもしれない。いつも誰かしら一緒だったからだ。一人って最高…と自由を噛み締める。誰を気にすることもなく、少し休憩してリフレッシュしようと、大通りから逸れた横道に店を構えるコーヒー専門店に足を運ぶ。
 甘党揃いの家族は、紅茶は飲むがコーヒーはあまり好まない。だから、ここには誰も来ないはず。そんな魂胆で、小さなお店にお邪魔したのだ。

 レトロな雰囲気の漂う店内に、私はどう見ても不似合いだった。ママの血の影響で2m近くまで身長が伸びたせいもあるが、一番は私の格好である。
 白いティシャツに、黒のスキニーパンツ、黒いサングラスに麦わら帽子という出で立ちのため、レトロなお店の雰囲気から見事に浮いている。
 店主のおじいさんも、若い女性の店員さんも、他のお客さんも、ドアベルの音に顔を上げて二度見してたもんね。その気持ちすごくわかる。私も多分、「すげぇ女入ってきたな」って思うし。でも、これ全然私の趣味じゃないんだ。弟妹がフルコーディネートしてくれたんだっ♡



 きっかけになったのは、万国が出来るよりも少し前、まだ私達が定住していなかった頃のこと。
 ある港町でブリュレとブロワイエと共に、お洒落なカフェを訪れたのだが、そこで雑誌記者と名乗る男に声をかけられた。どうしても写真を撮らせて欲しいと絡んできて、最初はガン無視していたのだが、あまりにもしつこいので、一枚だけならばと応じて撮らせた。「変なヤツがいるもんだ」と思った2日後、朝の新聞を真っ先に手にしたペロスペローが卒倒した。

 なんと、あの時撮られた写真が手配書の写真になっていたのである。あの雑誌記者の正体は、海軍写真部の男だったらしい。クイーン・ママ・シャンテ号は荒れた。ママは「いい写真だねェ、カヌレ」と笑ってくれたし、ゼウスとプロメテウスもナポレオンも「「「可愛いよー!」」」と褒めてくれたのに、弟妹達はそりゃあもう怒り狂った。

 曰く、
「こんな写真が出回ったら、賞金稼ぎより婚約者が殺到するじゃねェか!」
「畜生…!やっぱり町に行かせるんじゃなかった!」
「姉さんに悪い虫がついてしまう!!」
「バカ野郎!!何どこの馬の骨とも知らねェ野郎に写真撮らせてやがる!」
「私達のカヌレ姉さんなのにぃぃぃい!」
「クソッ…こうなりゃ、この写真を見たヤツ全員消すしかねェか……!」
「おれが皆焼き殺してやる!」

 等々。まさに阿鼻叫喚。ヤバない?めっちゃドン引きしたくせに、「生まれたときから海賊なんだから、こうなるのは仕方ないじゃない」とは言えなかった私のチキン野郎!
 だってみんな目がマジだったもん。写真を撮った男より先に私が殺されそうだった。そんなに怒ることじゃなくない?写真撮られただけだよ……?

 結局その場はママが、「海賊なんだ。手配書の一つや二つで騒ぐんじゃねェよ」と言ったことで収まったものの、後日弟妹達に、「次から船を下りる時は変装して!!」と迫られることになった。フルフェイスのマスク ――変態仮面かよ ――か、帽子やサングラスのどっちがいいか迫られ、迷うはずもなく後者を選んだ私は、さらに「出掛ける時は必ずシンプルな服装で行くように!」と厳命されたのだ。おかげで、服装だけはソーシャルゲームの無課金アバター並みにシンプルだ。
 背が高く、「前世」とは比べ物にならないぐらいスタイル抜群なことが救いとなり、クソダサ女子になることだけは避けられたが、これはこれで目立ってないか?現に、店内に入って帽子とサングラスを外すと、近くにいたお客さん達が目をハートにして椅子から転がり落ちたんだけど。
 店主からサービスとして貰ったクッキーを食み、私は息を吐き出した。


 自分で言うのもなんだが、今生の私の顔は頗るいい。ママも美人だけれど、私は髪の色以外はママに似ていないので、恐らく、顔も知らない父に似ているのだと思う。どことなくアンニュイな雰囲気の漂う顔立ちと肌の白さが相まって、儚い美人という感じ。全種族と家族になることを夢見ているママのことなので、私の父親も何かの種族のはずだが、私の見た目にはこれと言った特徴はない。強いて言うなら、めっちゃ顔がいいということ。…まさか、顔だけが取り柄の種族なんて、さすがにこのぶっ飛んだ世界でもないだろうし。…えっ、フラグ??


 そんな、くだらないことを考えていたのが悪かったのだろうか。

 30分程滞在し、この店のコーヒーが美味しかったからと、自分用にコーヒー豆を買って、そろそろ戻らないと怒られるだろうかと店を一歩出た時だった。冒頭のように海兵に取り囲まれたのは。

 ほらー…だからこの格好逆に目立つって言ったじゃんよぉ!絶対、店内で帽子とサングラスを外して素顔を晒したことは関係ない!はず!!

 豆の入った紙袋を地面に置いて、私はホールドアップする。なぜだか知らんが、子供達の中で私だけ「お前は戦えなくてもいい」と言われて育った私に抵抗する手段ゼロ。逃走する手段ゼロ。はい詰んだー。神様やっぱり私のこと嫌いじゃねェか!て言うか、私だっててめェのことなんざ大っ嫌いだよ!!!

「あ、あれがシャーロット・カヌレ……」
「手配書でも見たが…」
「……すっげェ美人だ…」
「美しい♡」

 おい、聞こえてるからな海兵共。ちゃんと仕事しろよ。将校も目が合っただけで、顔を赤くするな!なめてんのか!!照れてなくていいからさっさと私を捕まえて、インペルダウンにでもぶちこんでくれ!そしたら非力だから勝手に死ぬと思うし!!

 あぁ!もう!!どうにでもなれっ!

 自棄になった私は、しかし同時に覚悟した。これまで自殺ルートを探ってきたものの、どうにも今日までタイミングがなかったのだ。前向きに考えて、これをチャンスと捉えようではないか。痛くて苦しいのは嫌だけど、ここで銃殺orインペルダウンで獄中死になれば万々歳、結果オーライだ。唯一残念なのは、最期に弟と妹の顔を見られなかっ……

――ドォン!!!!

「!!…何事だァ!?」
「……ビッグ・マム海賊団です!!」
「…まさか、船長か!?」
「ビッグ・マムの姿はまだ確認できません!」
「…船長は不在!…ですが、子供達がこっちに向かってきています!」
「なんだと!?……誰だっ!?」
「ただいま確認中であります!!」
「…准将殿!あれは、次男カタクリ!三男ダイフクです!」
「四男オーブン!四女アマンドもいます!!」

 前言撤回。別に顔見なくていいです。寧ろ見たくないです。一番やべぇ弟妹じゃねェかクソが…ッ!!これ絶対怒られるヤツじゃん!万国を出港する前、ペロスペローとコンポートにも「勝手に一人で出歩かない」って約束させらたの、華麗に破った挙げ句問題を引き起こしたとなれば、ぶちギレられる!!!そんなん怖い!多分ママに怒られた方がマシ!だから、ママーっ!!
  
「助けて……!」 

 ……。

 …人間って本気で焦ると勝手に言葉が口を突いて出ちゃう生き物って認識であってる?心の中で思ったことが、脳を介さずに最悪の場面、最悪のタイミングでそのまま出ちゃう的な。
 心の中でママに助けを求めたはずなのに、口から飛び出したのは「助けて」と言う、切羽詰まった台詞だけ。それを聞いた弟妹達がどうなるかなんて、そんなもん考えるまでもない。

 海兵達を飛び越えようとしたらしい、宙に高く飛び上がったカタクリと目が合う。

 …間、からの――

「カヌレ姉!!!!」

 うわぁ〜、地獄の鬼ってこんな顔してるんだー。みんなガチギレじゃないですかヤダー!もう一回「助けてー!」って言いたいけど、誰に助けて貰えばいいのかわからん!右も左も上も下も地獄じゃねェか!こんなん事故・オブ・ザ・イヤー最優秀賞作品じゃん!!もう!誰でもいいから!はよ殺して!!さっさと死なせて!!
 …そう現実逃避した瞬間、弟の覇王色が発動し、私はその場にぶっ倒れた。

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