フラグは必ず回収される

 これまでの人生において、「死にたい」と思った回数を数え始めると、両手両足の指では到底足りない。寧ろ、「死にたい」と思っていない時間がないくらいには、常時自殺願望を抱いてきたのだが、数ヵ月前の出来事はおそらく「最も私に自殺願望を抱かせた事件」と言っていい。と言うか、あの事件が私の背を飛び蹴りの勢いで押してくれたと言った方がいいかもしれない。思いっきり踏み込んで両足で蹴られた気分。だから私は、今まで以上に非常に前向きに、かつ本格的に自殺の準備を始めようと決意したのだ。

 前回の遠征での出来事を受けたママは、少し町を歩いただけで海兵に捕まりかけるくせに自衛の術を持たない私を面倒に思ったのか、「おまえはもう、万国から出るんじゃないよ」と命じた。その分仕事量が増えたのは辛いが、それと引き換えに私はここへきてようやく念願の一人の時間を手に入れることが叶ったのだ。大臣の仕事がある時は、弟妹から離れて自分の島の自分の屋敷に滞在することができる。私は心の中で小躍りした。これでやっと、「立つ鳥跡を濁さず」の精神に則った自殺プランを計画し、準備する時間ができるようになったのだ。

 私の理想の死は、苦しむことなく死ぬことである。そのため、飛び降りや首吊り、リストカットのように苦痛を伴うものは不可。て言うか嫌。飛び降りはそんな勇気がない──その勇気があるなら、とっととここから逃げている──上に、どうやって死ぬにしても真夜中に決行するつもりなので、そもそも向いていない。
 真夜中を選んだのは、もしも発見が早かった場合、私にめちゃくちゃ執着している弟妹達の命令脅しにより、死ぬ気で頑張った医療班に救われてしまうかもしれないからだ。そうなると、監禁ヤンデレルート待ったなし。まぁ、「万国から出るな」と言われた時点で、ほぼ片足つっこんでるようなもんなんだけど。

 誰にも邪魔されないためには、誰も私に近づかない時間帯が理想的。となると、真夜中の私邸の自室以外は考えられない。
 苦しまないで死ねる系の毒薬──そんな都合のいいモノがあるのかどうか、これまで調べた中では見つからなかった──を飲むのがいいかと、現段階では思っている。自室でこっそり毒を飲み、そのまま一人で死ぬ。翌朝私を起こしに来た侍女が発見するのは、冷たくなった私の遺体……うん。理想的。

 ──…それを知った時の弟妹の反応を想像するのはやめておこう。絶対に地獄。多分、妹達は泣き狂い、弟達は怒り狂うだろう。前者は想像だけで罪悪感で死にそうだし、後者は怖くて死にそうだ。あくまで想像だと言い聞かせようにも、私が海兵達に銃口を向けられただけで、海兵はもちろん通報した住民がいるであろう町まで滅ぼすような彼らのことを思うと、決して私の妄想だとは言い切れない。だから尚更失敗できない。事故だったならばまだしも、自殺だと発覚したら……怖っ。こんなん考えるのやめよ!精神衛生上よくない!

 ぶんぶん、と頭を振って嫌な想像をかき消す。これにつて考えるのはよそう。もっと健全なことを考えよう。…そうだ、小さい弟妹達のことでも考えよう!いつの間にかママ似の怪物になってしまった上の弟妹達をこれまで通り愛でることは難しいが、下の子達は無邪気で、まだ私が庇護するべき存在だ。かつては上の弟妹達に求めた癒しを、今は下の子達に求めようではないか。いずれは彼、または彼女らも上の子達みたいになるのだろうけど、それまでに私は死ぬつもりなので問題なし。臭いものには蓋精神万歳!!今日も今日とて元気にクズな私。

 そう言えば、この前ホールケーキ城であの子達に会った時は、「いつもあそんでくれるねえさんに!」とみんなで──シュトロイゼンの手を借りながら、5歳のコンポ・ラウリンから2歳(間もなく3歳)のスムージー・シトロン・シナモンの三つ子まで──頑張って作ったというクッキーをプレゼントされた。可愛すぎじゃない?心臓止まるかと思ったよね。

 そんなことを思い出してホクホクしていると、突然、「カヌレお姉ちゃん!」と弾むような声がした。ビクリと体を揺らした私は、すぐさまいつも通りの自分を装い、部屋の入り口付近に設置されている姿見に近づいた。常時かけているカバーを外すと、笑顔のブリュレと顔を突き合わせることになる。

「どうしたの?ブリュレ」
「ママがお姉ちゃんを呼んでるの!」
「あらら……」

 嫌な予感しかしない。しかし、ママの呼び出しを拒否する選択肢などあるはずもない。

「わかった。連れて行って」

 ブリュレが鏡から差し出した小さな手を握り、私は“鏡の世界”へ足を踏み入れた。



「ハ〜ハハママママ!!来たね、カヌレ」

 通された女王の間で、ママはいつものようにお菓子を食べていた。貪り食っているとも言う。

「お待たせ、ママ。ご用はなぁに?」

 ソファーに腰掛けつつ尋ねると、ママは天気の話でもするかのような気軽さで、「お前の父親の種族がわかったんだ」と答えた。

「!!」

 私はパチリと目を瞬かせる。寝耳に水とは、まさにこのことである。


 ママは、“あらゆる種族が平等に暮らす国”を理想としている。だから、万国はあらゆる種族を受け入れている。そんなママの理想を最もよく体現しているのが、私達家族。すなわち、子供達。ママは、この世のありとあらゆる種族を手中に収めるために、手っ取り早く婚姻という形を取る。子供が生まれれば夫は用済みとなり、ママの手元には“ママ人間と何かしらの種族のハーフの子”である私達が残ることになる。ペロスペロー以下の子供達は、ほとんど全員に何かしらの種族の身体的特徴がある。例えば、父親が脚長族であるスムージー達三つ子には、脚長族の特徴が顕著に現れている。

 そんな中で唯一私だけが、これと言った特徴のない、極々普通の人間だったのだ。…まぁ、自分で言うのも恐縮なのだが、取り柄となるのは“顔”だけ。それ以外は全くの普通の人間の女。背は高さとスタイルの良さはママから受け継いでいるので、ここではカウントしない。

 私の顔を気に入っているママは、以前『お前は髪の色以外は父親似だねェ…』と言っていた。顔も知らない私の父は、非常に美しい顔立ちの人だったらしい。あまりの美しさに、ただの人間と結婚しても意味がないとは思っていたママが、「生まれてくる子にこの珍しい程の美貌が引き継がれればラッキー」程度に思って結婚したそうだ。それを聞いたときは、ママの私への期待値が低すぎて逆に笑ってしまった。きっと私にはまだ秘められた特徴があるのだろうと信じてきたのに、初めから顔以外何も期待されていなかったなんて。ママの期待に添えない顔に生まれていたら、きっと殺されていたのだろう。そんな、ある意味私の命を救った父の正体が、今頃になって明らかになったと言うのか。

 と言うかそもそも、まさかママが私の種族について気にしているとは思っていなかった。顔がチート級にいいから、それでもう満足してくれているとばかり……

「お前の父親の種族は、“ヴィーラ族”。お前は、人間と稀少なヴィーラ族のハーフさ」
「!?」

 顎外れるかと思った。もちろん、そんなみっともない顔、私の顔がお気に入りのママに見せられるはずがないので、目を見開く程度に留めたけれども。


 “ヴィーラ族”。新世界を生きている人間ならば、誰しも一度は聞いたことのある、絵物語やお伽噺、伝説の類い。
 見た目は限りなく普通の人間に近い。首や手足が長い訳でも、目が三つある訳でも、魚人のようにヒレがある訳でもない。ヴィーラ族の特徴はたった一つ。それは、美しさ。老いも若きも、男も女も皆須く美しく、儚く、ただそこに在るだけで人の理性を溶かし、視線一つで相手を惹きつけてしまう魔性の種族。それがヴィーラ族。少なくとも創作上の彼らは悪役──それも大抵悪気のない、リアル「美しさは罪」状態であることがほとんど──として、ヒーローやヒロインを惑わせる存在として描かれている。

 もちろん、ヴィーラ族のことは知っている。この世界を好きにはなれないが、「前世」とは全く異なるお伽噺や伝説には興味があったので、小さい頃からたくさん読んできたし、弟妹へも散々読み聞かせてきたから。だが、ヴィーラ族の実在については、多くの人と同じように、私も懐疑的だった。

 だって、老若男女問わず顔面偏差値天元突破した種族とか存在すると思う?存在したとしても、それは物語に出てくるから面白いのであって、現実にいたら苦労すると思うよ?なに、「美しく、儚く、ただそこに在るだけで〜」って。「人の理性を溶かす魔性」って。そんなもん歩くトラブル吸引機じゃん。ダイソンかよ。絶対100%幸せになれない。「さぁ跪きなさい!」ぐらいのメンタルの持ち主でなければ、悪人達に食い尽くされて終わりだと思う。開き直って、誰かに養われて生きていくのもアリかもしれないが、それはそれでまた新たな火種を生む可能性があるし、「あなたを殺して私も死ぬ!」ルートに突っ込むかもしれない。なんて不幸な種族だ。そして、まさか自分がそうだったなんて。いつぞやのフラグ回収しちゃったよ…


 だが、知らなければよかったと思う反面、知ってよかったとも思う。これでようやく、家族の私への異常な執着の謎が解けたのだから。
 家族が私に執着するのは、私のヴィーラ族としての本性に惹きつけられているだけだったのだ。ママが私を気に入っているのも、弟妹達が私に異常に執着するのも、全てヴィーラ族としての性質がそうさせているに過ぎない。「私マジで役立たずだしただの穀潰しなのに、なんでみんないつまでも私を慕ってくれて、ママも私を殺さないんだろう?」と常々疑問だったものが、これで納得した。みんなはただ、ヴィーラ族の性に惑わされた、言わば洗脳状態だったのである。

 そう思うと、一気に気持ちが楽になった。やはり家族は、“長女もしくは姉のカヌレ”を好いているのではなくて、“ヴィーラ族のカヌレ”を好いているだけ。私が何かをしてあげたから私を好いているのではなく、ただヴィーラが持つ魔性の性に振り回されているのだ。つまり、あの子達にとって私の中身はどうでもよくて、必要なのは私の器。“私”自身ではない。そう考えれば、あの凄まじい妄執も納得である。と言うか、めっちゃスッキリした!


「ママママ!!まさか、伝説でしかねェと思っていた“ヴィーラ族”が実在したとはねェ…」

 物思いから覚めると、私をじっと見下ろすママと目が合った。ママは見るからにご機嫌だった。

「相変わらず美しい子だねェ、カヌレ」
「ふふ。…ありがとう、ママ」
「その作り物のような美しさ、おれに従順な態度。まるで人形のようだね」
「……」

 その通りだ。子供達は誰しもママの言うことには逆らえないけど、私は特にそう。ペロスペローのような賢さも、カタクリのような強さもない私が重宝されているのは、ママがこの容姿を気に入っていて、かつ私がママに従順な子だから。

「お前に種族のことを教えたのは、賢いお前なら、ヴィーラ族の血がどれだけ稀少なものかわかると思ったからだよ」
「えぇ。わかってる。ヴィーラ族でさえ稀少なのに、そのハーフともなれば、希少価値は更に上ね」
「そうさ!お前はおれの大好きな、“珍しい生き物”って訳さ、カヌレ」

 仮にも娘を珍獣扱い、か。まぁ、別に何とも思わない。生まれてから18年間、この人を“生みの親”だとは思っても、本当の意味での“母親”だと思ったことはたったの一度もないから。

「だから、この前の遠征の時のように、一人で勝手にどこかへ行くんじゃないよ」
「!」
「お前はただ、美しく在ればいいんだ」
「…」
「おれの言うことさえ聞いていれば、おまえは幸せなんだ」

 私の幸せを、なぜママが決めるのだろう。それは私の幸せではなくて、ママの幸せだろうに。別に、いずれ死ぬ私にはどうでもいいけれど。

「もちろんよ、ママ。私はママの子だもの。全て、ママの命令に従うわ」

 そう言えば、ママは満足そうに笑った。私も微笑み返す。絶対に死んでやると、改めて心に誓いながら。



 ママとの面会を終え、城の廊下を歩いていると、スムージー達三つ子に遭遇した。わらわらと足元に寄ってくる三人は、歳の近い兄弟よりも背が高く、足も長い。

「「「カヌレねえさんっ!」」」

 重なる三つの声と同時に、トン、という三つの衝撃。可愛い。私は、足に飛び付いてきた三人の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「スムージー、シトロン、シナモン。どうしたの?」
「ブリュレねえさんから、カヌレねえさんがきてる、ってきいたの」
「それで会いに来てくれたの?」
「うん!」

 可愛い。三人をまとめてぎゅっと抱き締めると、嬉しそうな歓声が上がった。

「もうママとのおはなし、おわったの?」
「おわったわ」
「なら、いっしょにあそんで!」
「もちろん。なにして遊びましょうか?」

 三人は顔を見合わせると、しばらく考え込んだ。「うー…」とか「あー…」とか言っている様は、控え目に言っても可愛い。……これが、いつか上の弟妹みたいになるのかと思うとショックだ。まぁそれまでには死ぬ予定なので見なくて済むだろうし、今はただただ可愛いからいいか。

「かくれんぼ!」
「おえかき!」
「えほん!」

 やがて見事にバラバラの答えに辿り着いた三人が、互いに己の主張を押し通そうと睨み合う前に──伊達に大家族の長女やってないからね!──、「喧嘩したら一緒に遊ばないわよ」と釘を刺した。途端にふいっと目を逸らし合う三つ子ちゃん達。可愛い。

「いい子ね。…よし。じゃあ、全部やろう!」

 すると三人は一気に顔を輝かせたものの、すぐに私の真正面に立つスムージーが不安そうに瞳を揺らした。どうした。

「ねえさん、おしごとは……?」
「ペロスにいさんが、ねえさんはおしごとがたくさんあっていそがしいんだ、って」
「だから、じゃましちゃダメだって」

 おいペロスペローてめェ…私の仕事量を気遣ってくれているのはわかっているが、敢えて言おう。余計なことするな。私から、唯一の癒しを奪おうとするな。

「気にしなくていいのよ。今日は元々予定もなかったし…ペロスペローは優しいから、私のこと気遣ってそんなこと言ったのだと思うけど」
子供が大人に気を遣う必要なんてないのよ。
「みんなが私を必要な時に呼んでくれれば、いつでも駆けつけるからね」

 「まぁ、本当に忙しい時は無理だけど」と付け加えて、私はスムージーと、姉につられて同じく不安そうな表情のシトロンとシナモンの頬を軽くつまんだ。安心させるように微笑むと、ようやく彼女達は満開の花のような笑顔を向けてくれた。

「やったー!」
「ねえさん、ありがとう!」
「だいすき!」
「私もよ。スムージーも、シトロンも、シナモンも、みんな大好きよ」

 ぎゅーっと妹達をひとしきり抱き締めた後、「…さぁ、行きましょうか」と立ち上がり、子供部屋へと向かった。


【ヴィーラ族】
 銀髪と青い瞳を持つ種族。新世界のどこかにある島に住んでいるが、その正確な場所を知る者は同種族以外におらず、半ば御伽噺的な存在として認識されている。容姿から、「幻のように美しく、儚く、人の理性を溶かす魔性の種族」と蔑まれることが多い。実際に純血のヴィーラは、視線を合わせることで相手を誘惑し、暗示(催眠)をかける。ただし、相手が誘惑されなければ効果はないし、純血でなければ上手く使いこなせない場合が多い。
 故郷を離れる者もいるが、自身に落ち度がなくても美貌に惹かれた周囲のせいでトラブルに巻き込まれることが多いので、大概が戻ってくる。
 元ネタはルサールカ。“ヴィーラ”はハリポタにも出てくる。

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